(45) 脳内に響く告知
増援組の奮戦もあり、東方戦線では順調に討伐が重ねられているようだった。相変わらず散発的な襲来が続き、いわゆる戦力の逐次投入が行われているからには、やはり「魔王オンライン」出身魔王の勢力ではないのだろう。
伯爵領の状況を考えれば、地盤固めを急ぐ必要があった。鍛冶方面については、ドワーフ達の協力を得て武具や農具の生産を加速させている。防具方面では金属製の手甲や脚絆に、既存の鎧の補強具なども手掛けてもらっている。農具では、シャベル、つるはしの試作が進んでいた。
ただ、ドワーフは必ずしも鍛冶だけを得意としているわけではないらしく、工芸を手掛けたいとの要望も出たので、居館の一部を作業スペースとして提供すると決めた。宝石を使った装身具づくりなどをやりたい者がいるそうだ。
エルフからは秘伝のレシピの提供を受けて、ポーションの高度化、増産を行おうとしており、犬人族からは牧畜への参画の話が出ている。まあ、いずれの話もすぐに効果は上がらないかもしれないが。
そんな中で、地の精霊であるアーシアから、ゴーレムを所望する声が上がった。ドワーフやコボルトらを動員する各種の工事を計画していて、その助けになりそうだというのである。
その流れで提案された工事は、農地の開墾と、周辺の村を結ぶ道路整備に、防柵の構築あたりだった。CP、創造ポイントには余裕があったため、まずは一体を生成してガイヤーと名付けた。ゴーレムは、死体から創り出されるアンデッドとは別の概念の存在だが、当初の能力が高い代わりに成長力に乏しいとの特徴は共通であるようだ。
戦いが得意かどうかとなると未知数だが、足止め役としては有用かもしれない。そのあたりも、アーシアと相談していこう。
勢力としての戦闘力の強化は急務だが、方向性については考える必要がある。悩んでいた頃に、新たな事態が生じた。
久しぶりの脳内アナウンスで告げられた内容は、未接触魔王の配下が、拠点内に侵入したというものだった。こちらについても、いい声でのアナウンスは初回のみで、次回以降は脳内ウィンドウでの通知のみとなるそうだ。
現状の我が拠点には、商人はもちろん、避難民らも含めて入域についてはほぼフリーパスである。ゴブリン魔王のタケルが斥候を送ってきたとしても、まったく問題なく入ってこられるわけだ。
防衛向けの配下に声をかけると、俺は侵入してきた者達の元へと急行した。向かった先の宿の窓口では人間らしき個体が三人、物珍しげに辺りを見回しながら、宿泊手続きを取ろうとしているところだった。
雰囲気からすると、忍者だろうか。すっかり忍びに詳しくなりつつあると苦笑しながら、警護役の忍者、ダークエルフらと取り囲むと、一瞬で殺気が沸き起こった。それを察した窓口係が、すぐに退避路に向かう。確か、ユファラ村から採用した人物だったが、よく訓練されているようだ。
「待て。どこかの魔王勢の偵察だろう? 魔王自らあいさつに来たんだ。殺す気はない」
「排除はしない、というのか?」
「ああ。……所属を聞いてもいいか?」
「話してもわかるまい。東方に根拠地を持つ魔王様の配下だ」
どうやら、タケルの配下ではなさそうだ。そもそも、あいつならこんなまどろっこしい動きはしないか。
「そうか。では、特に行動は制限しない。探られて困ることはないしな。……ただ」
「ただ?」
「招待したわけじゃないから、宿泊するならお代は普通にもらうぞ。避難民の村に行きたければ案内も出すが、住人や客人に害は為すな」
「承知した」
「まあ、食事くらいはおごろうか。楽しんでいってくれ」
そう言い残すと、俺は窓口係を呼び戻すために、居館の奥へと向かった。
東方の魔王の配下だと自称した忍者たちは、温泉宿を堪能して、第一層を諸々探索して帰っていった。魔王の手勢との平和的な接触は初めてとなるが、どういう結果を生むだろうか。まあ、攻められた場合には、彼らが未侵入の二層が本番となるわけだが。
通商面では、タチリアの町に置いた拠点の活動を本格化させたために、商いは順調に進んでいた。マルムス商会との連携は進んでおり、馬車と竜車を共用する関係となりつつあった。
拠点での各種生産拡大も続けているが、四つの村での産業育成も目指して、手先の器用な村人を選抜してのポーションづくりも試していた。そちらは、サトミたち三賢女とソフィリアが指導のために巡回してくれている。かつて配下達で試したときと同様に、手先が器用なはずの者がうまく作れない場合があるようで、やはり知力面での制限があるのかもしれない。そうであるなら、知力選抜の道具として利用できるかも、とは少し先走った話だろうか。
物資不足はタチリアの町だけでなく、北方の候領都ヴォイムでも顕著なようで、クラフトが打ち直した武具と各種食料及びポーションは準備するだけ売れていく状態だった。得られた金銭で、素材としての薬草や質の低い武具を購入していく。村相手の取引と違って、現状では収支を合わせる必要はなさそうだ。存分に儲けさせてもらうとしよう。
DP、魔王ポイントにも余裕ができているため、自分の強化用に【精霊加護】や攻撃力、防御力増強に結びつきそうな幾つかのスキルを獲得するとともに、第三階層の設置も行った。今回は水路のあるダンジョンで、防衛のためもありつつ、ウンディーネを召喚して水関連の強化を図りたいとの思惑があった。
というのも、治癒魔法とポーション作成は、闇だけでなく水系も影響する概念らしく、エルフ族から打診があったのだった。ウンディーネを始めとする水の精霊がいてくれれば、ポーション作成がより高度化できるらしい。
同時に、外のユファ湖で採れる魚の稚魚や川エビを放流して、養殖に近いことをしてみる計画もあった。元々は虫もいなかったダンジョンの中で、魚の餌になるものがあるかという疑念もあるのだが、小鳥や多少の虫、それにプランクトンあたりは既に第一階層には入ってきているようでもあり、試してみてもよいだろう。
守勢を強いられてダンジョンに籠城するとなった場合、友好関係にある亜人避難民や周辺各村からの住民を収容する展開もありうる。食料確保のための手段は持っておきたいのだった。
準備を整えて召喚したウンディーネは、おしとやかな感じの女性だった。アクアスと名付けて、すっかり精霊対応を任せてしまっているソフィリアと、他の精霊であるドリアードのミノリ、ノームのアーシアらと交流を図っていく形にした。
火の精霊であるイフリート、風の精霊であるシルフィードももう召喚してしまった方がよいのだろうか? 迷うところではあった。
そうそう、ソフィリアにはいつの間にかサブ職扱いで「ドルイド」が追加されていた。書物で知識を得て実践したためもあろうが、気ままな精霊に呼び出されても嫌な顔をせずに対応しているあたり、巫女としての適性があったのかもしれない。本人は、精霊との対話から得られる知識を貴重なものとして捉えているようでもあった。
他に主要メンバーのサブ職としては、サイクロプスのクラフトに付与されていた鍛冶がある。しかも、一つ星が付いていた。サブ職で経験を積むと星が積み上げられていくのだろうか。
そんな中で、東方のゴブリン討伐ではやや動きがあった。ロード的な上位ゴブリンが出現し、フウカを中心に打倒したものの、一体だけでは終わらずに次のロード的個体も発見、討伐したというのである。
現場で状況を把握するため、俺は前線へ向かうと決めた。拠点は、クラフトとサトミ、ソフィリアらに預ける形にして、いざとなれば各種族と共同して対応してもらおう。
俺としてはサトミに勢力全体のまとめ役になるように期待している。けれど、本人はソフィリアが気質的に統率者向きだと感じているようで、そちらは任せて図書室に引きこもりがちとなっている。まあ、脳内通話が使えるからには、ソフィリアの方が都合がいい面もあるのだが。
生贄出身者のうちのマチは、料理の試作と魔法についての研究に携わってくれている。
各種の戦いに目のないトモカは、ゴブリン討伐への参加を望んでおり、せめて護身術程度はと戦闘訓練を受けているところだった。そして、三人ともが空き時間を見つけては、図書室で興味のある書物に読み耽っているようだ。うらやましい。
新参の二人が自分の興味に沿った書物を手に取っている中で、どうやら濫読派らしいサトミは、俺が必要としそうな知識を先回りして調べてくれているようでもある。そう考えると、遊軍的立場に置いておいた方がいい面もあるかもしれない。
砦までの竜車での道行きは、往来が重なって轍が刻まれつつあるのも影響して、だいぶ安定したものとなっている。この経路も、ノームのアーシアが計画中のゴーレムを動員する土木工事の対象となっている。まずは近隣の避難民集落と、四つの村を結ぶ道から進めているため、着手までには時間がかかりそうだ。ただ、途中まで整備された道を今回通った感じからすれば、前倒しして進めてもよいかもしれない。
今回の道連れは、奴隷として購入したエルフ姉妹が率いる耳長の同族達となる。名付けとしては、治癒術使いの姉にはキュアラ、弓使いの妹はシューティアとそれぞれ定めた。実際には、それらは通り名のようなものとなり、名乗りはエルフ本来の名を使うのだろう。
やがて、目的の砦が見えてきた。南北に三つ連なるうちの真ん中に位置するそこは中央砦と通称され、ゴブリン討伐部隊の本部のような位置づけとなっている。避難民の志願者らの新兵訓練もここで行われていた。まだサトミとクラフトの考える理想形には程遠いだろうが、だいぶ立派な姿となりつつあるのは間違いない。なんだかちょっと感動してしまう。
程なく迎えがやってきて、合流を果たした。若い冒険者が言うには、東方にまたロード的ゴブリン率いる一群が出現して、迎撃に向かったそうだ。それならばと、砦を素通りして直接向かってみた。
到着すると、既に戦闘が始まっていた。我が勢力が誇る精鋭たちが軒並み参加しているだけあって、戦いぶりに危なげはない。「黒月」を現出させて向かうと、大ゴブリンに対峙しているのはフウカだった。
こちらを見て表情を緩ませたものの、すぐに戦闘に意識を戻したようだ。さすがに一対一だと、一刀両断とはいかないようなので加勢してみる。隣で戦ってみると、翠眼の少女が振るう聖剣の勢いがさらに強烈になり、ほのかな水色の残像が生じているのがわかった。俺に向けられていなくても、ちょっと肝が冷えた。
伯爵領からの帰還時に街道で見せた、怒り任せに思えた攻撃ぶりからすると、だいぶ落ちついているようだ。周囲では、ホブゴブリンらが続々と打ち倒されていく。
やがて上位個体は地に倒れ、戦闘は終結した。【圏内鑑定】スキルを発動させると、推測通りのゴブリン・ロードで、今回も所属欄は空白となっている。
「よくやってくれたな」
「でも、ロードあたりに手こずっているようじゃ、さらなる強敵には太刀打ちできないから」
彼女の仮想敵は、ベルーズ伯爵領にいる魔王ゴブリンなのだろうか。一方で、こちら東方でもロードが複数出現しているからには、さらなる上位種が登場しても不思議ではなかった。
「しかし、領主様は何をしているんだ」
そう呟いた俺は、まもなく一帯の領主である侯爵家筋と接触することになるとは思っていなかった。
今回までで第二章が終了となります。第一部は五章構成の予定となっております。
今後の予定なのですが、感想コメントで助言いただいた、レベルや各種ポイントの数値があった方がよいのではという件の盛り込みをかけてから、次に進もうかと思っております。
なるべく早く再開させたいのですが、書き溜め分への反映も含めて一週間程度かかってしまうかもしれません。元々数日の間隔を取るつもりではいたのですが。なるべく早くとは思っておりまして、再開のタイミングは活動報告でおしらせいたします。
なお、盛り込んだ概要は活動報告でご案内する形にして、読み返す必要のないようにしたいとも考えています。
↑2021年8月7日深夜26時頃に反映処理を行いました。修整内容をまとめた活動報告は、別途アップしておきます。







