(40) 慰労会
思えばセルリア達は、だいぶ長期にわたって戦い詰めの状態が続いている。砦を整備してできるだけ居心地の良い状態は目指しているものの、単純に戦場にいるだけでも気が休まらないだろう。今日のところは、奴隷商からの購入の形で新規加入した四名には別行動としてもらって、慰労会の開催を決めた。
会場は、拠点としている宿屋の離れ的な建物となる。ここには簡単な厨房も付いているし、キッチンカーと化した竜車も横付けすれば、多人数での宴会にも対応可能なのだった。
俺たちの中で、酒を好む者はそう多くない。エルフは体質もあって酒をあまり飲まないそうだし、忍者でもモノミやジードあたりの年長組がたしなむ程度だった。
タチリアの町に初訪問となった面々に、屋台で出しているハンバーガーは好評だった。町の市場で入手した食材の串焼きに、ハンバーガーにも使っているソースを使った濃厚な味付けのシチューなんかも、連戦で疲労が溜まっていたらしい面々には喜んでもらえた。
飲み物については、セルリアが氷結魔法を使ってその場でフローズンジュースを作っていて、特に女性陣が歓声を上げた。俺の隣でフウカが、手渡されたぶどうシャーベットをシャリシャリとつつき始める。
「すまんな、セルリア」
「いえ。魔法は使い込むほど練度が上がっていくようですので。細かな調整は意外と難しいのです」
冷静に返した彼女は、手近にあった最後の串焼きを静かに食べ終え、そのままの流れで食事の追加を取りに立つ。その様子を見つめていた配下の女性が、うれしげに口を開いた。
「セルリアさま、だいぶご機嫌ですね。やっぱりタクトさまと久しぶりに会えたからでしょうか」
ダークエルフの中でも色黒の弓使いは、コカゲとセルリアに続いて忍者とダークエルフ三人ずつ、六人を生成したうちの一人の、可愛らしい風貌の人物である。同じ遠隔支援系で、初期メンバーというのもあり、ずっとセルリアに付き従う形になっている。
「変わりなく見えるがな。それに、定期的に脳内通話はしているぞ」
「全然違います。わたしだったら道路の真ん中で奇声を発して踊りだしてるくらいの状態ですよ。ねえ?」
「はい、俺もそんな感じに見えます」
応じたのは、同じく六人生成時の忍者の一人で、ジードとモノミの同期となる忍者の青年だった。
近接戦闘能力では三人で一番上なのだが、特徴のある二人に名付けで先行されている。けれど、まったく腐った様子なく、最初の印象のまま朗らかに務めてくれている得難い人物である。また、武具の手入れに長けていて、砦でも皆の武具の整備を買って出ているそうだ。
「セルリア様もそうだけど、コカゲもちょっとタクト様成分が不足してる感じよね」
目の細いダークエルフの言葉は、ちょっとからかうような口調である。そして、コカゲには様は付かないようだ。まあ、本人が柄じゃないと拒絶しそうではあるが。
こちらは、先の二人からすれば次の世代となる、サスケやルージュ、ソフィリアと同じタイミングで生成された女性個体となる。剣に加えて魔法が使えるが、いまいち威力が低く、今後に期待という状態である。
「コカゲには、生成以来ずっと重い役目を担わせている。激務が続いていて、不満が溜まっている感じか?」
「いえいえ、そういう話ではなくってですねー」
まぶたにほぼ隠された細い目は笑っているようだ。この三人は、セルリアの配下の中でも仲の良い三人組らしい。レベルは8から9のあたりで、主力級に次ぐ高さとなっている。最上位のコカゲ、セルリアはレベル13に到達していた。
「あなたたち、タクト様に余計なことを言っていないでしょうね」
両手に串焼きを積んだ皿を持ったセルリアが、三人に冷静な視線を向ける。それぞれのやり方で否定する様子からして、単に怖がられている状態ではないようだ。
「ああ、色々と役立つ話を聞いているよ」
「それでしたらよいのです。タクト様、フウカ、どうぞ」
「ああ、ありがとな」
「ありがと、セルリア」
礼を言ったフウカは、早速皿に手を伸ばしている。わずかに表情を緩めて、ダークエルフの隊長格は他の机にも皿を運びに行った。全体に目配りするのが、既に習性になっているのだろう。隣の卓では、火炎魔法使いのルージュが、比較的新参の面々の世話を焼いているようだ。
「セルリアさま、フウカのことをかわいがってるわよね」
「やっぱり、そうなのか」
「ええ。それはもう。エルフには母性がほぼ皆無というのが通説なのですが、否定したくなってきます」
赤ん坊をあやすセルリアを想像してみたが、うまく像を結べなかった。
「うん。セルリアは、子どもの世話が上手みたい。孤児院にいたら、きっといいお姉さんになるわ」
さも当然という風情で、フウカが評する。そして、彼女にとって孤児院で小さな子を世話するのは先輩孤児の役割のようだ。
「確かに、目配り力は高いものね……」
「あの口調も、冷たいのではなくて丁重なんだと考えたら、子ども対応に向いているのかもな」
「タクト様、いっそ宿屋だけでなく託児所でも始めますか? ルージュもおそらく適任ですし」
この三人の話は、どこまで本気なのかわかりづらいが、まあ嫌な感じではない。そして、ルージュも世話焼き気質なのは間違いなさそうだ。
「いずれ子育て中の働き手が増えてくれば託児所もあっていいが、セルリアやルージュは回せないだろ」
そりゃそうだと納得顔の三人は、息が合った取り合わせであるようだ。
この三人のステータス画面には、セルリア配下という表示がある。魔王の手勢は全員が同列なわけではなく、指揮系統でグループ分けされつつあるようだ。
ようだというのは、俺が意図したわけではないためだった。
手勢をひとまとめで活動させる場合には、コカゲ、セルリア、サスケにルージュあたりが指揮する場合が多い。だれが率いても機能するのが理想だとの考えから、配置は固定しない傾向にあった。
一方で、ステータス上の配下、指揮役という関係性は、その時点の指揮命令系統に即時に更新されるわけではないようだ。セルリアにつく場合が多いこの三人であれば、一時的にコカゲの指揮下に入ってもすぐに所属が切り替わるわけではない。
しばらく一緒に行動していなくても所属がそのままの場合もあれば、あっさりと切り替わることもある。所属表示なしの、俺の直属状態の者もまた多かった。
まあ、食卓を一緒に囲んでいる面々がセルリアに懐いているとはいえ、他の指揮役の下で働けないわけでもないからには、気にする必要もないのかもしれない。
他愛のない会話が重ねられたあとで、俺はふと以前ソフィリアにした話を持ちかけてみた。
「お前たちも、戦闘以外にやってみたい役割があったら言ってみてくれ」
「戦闘以外……ですか? 私たちの戦闘力は不要なのでしょうか」
細目のダークエルフがさらに目を細めて、やや心配げな声音で反問してくる。
「そうじゃない。お前らには期待している。俺達の生存戦略において戦闘はもちろん優先事項だが、交易的な商いも、ハンバーガーやポーションの販売も、森林ダンジョンの宿屋での接客も、どれも大切なんだ。戦闘に向かない者には、そちらへの専従も考えるが、兼任でもいいと思っている」
「考えたこともありませんでした。料理や農業仕事の適性を探っておられたのは、てっきり駐屯先での補助的な役割の話かと」
「それもあるが、より本格的な形でできないかなとも考えている」
俺の言葉に、忍者の青年の瞳が輝いたように見えた。
「それでしたら、クラフト殿に武具の補修を本格的に習ってみたいですな。武具作りにも興味はあります」
「えー、それならあたしは、ハンバーガーの売り子をやってみたいな。ってゆーか、あの服を着たいのです」
「似合いそうね。私は何かな……」
そこにセルリアが戻ってきた。こちらに意味ありげな視線を送ってくるので、首を傾けて問い掛ける。
「現状では、手練れの者達を別の仕事に回す余裕はないように思うのですが」
「いや、すぐにではなくって、将来的にだな」
「ようやく連携が深まってきたところでして、現場を預かる身としては慎重にご検討願いたいところです」
「わかった。今後は他の者達に訊く際にも、将来的な話だとの前提にしよう」
確かに、ちょっと配慮不足だった。そして、セルリアとこういう話ができるようになってきたのもうれしいところである。一方で、統率役のダークエルフは三人に対して、希望が出てくれば配慮するから考えておくようにと告げた。
「ね、世話上手でしょ」
ポテトフライをつまみ上げながら微笑む翠眼の少女の頭を、セルリアがくしゃくしゃと撫で回した。最近はさほどの接点はなかったはずだが、かつてのユファラ村東方での戦闘を共にしただけに、仲が良いのだろう。
俺は信頼するダークエルフの統率役を脳内で呼び出した。すぐに脳内通話がつながる。
【セルリア。名付けの件なんだが、この三人にはもう名を与えてもよいように思うんだが】
【名付けができるだけの余力があるのですか? それでしたら、人数を知らせていただければ、コカゲの配下と併せて候補者を選定致しますが。……この者達は、確かに連携も深まって頼りになりますが、今も最前線にいる中にも、見どころのある者がおりまして】
【そうか……、そうだな。わかった、別途人数を知らせよう。コカゲとセルリアに人数を割り振るのがいいか? それとも、相談して決めるのがいいかな】
【そうですね……。正直、二人の視点がまるで異なりますので、相談させてもらえると助かります】
となると、少し先の話になりそうだ。まあ、焦る必要はないだろう。
【さて、隣のテーブルにも顔を出してくるとするかな】
【ルージュが喜ぶと思います。よろしくお願い致します】
俺は手洗いに立ったついでに、別の配下とも話をするために場所を移った。宴は遅い時間までにぎやかに続いた。
ゴブリン討伐組のコカゲに、伯爵領に向かう白エルフを護衛する件を伝えたところ、冒険者ギルドから統率役として派遣されたうちの亜人組が同行を希望してきたという。
魔王に率いられたゴブリンが闊歩しているらしいベルーズ伯爵領の状況からして、同族の者達の様子を確認し、できれば救出したいのだという。
先代までのベルーズ伯爵は、所領である柔風里に住む亜人に対して融和的だったそうで、徐々に亜人排斥の機運が高まっている帝王国内にしては、比較的多様な種族が暮らしているという。彼らの集落が人間の村のある土地に混在しているからには、穏やかな土地柄だったのだろう。
コカゲは、ゴブリン討伐チームの統率役の面々には事情を伝えたものの、勇者候補であるベルリオには今回の話はしていないという。彼女の見立てでは、まだ経験不足は否めないところで、平静を保てそうにない故郷付近に赴かせるのは時期尚早だろうとの判断だった。確かに現段階ではまず、集団戦でゴブリン討伐をこなしておいた方がよさそうだ。
竜車でやってきた二人の亜人のうち、頬に三本傷のあるドワーフの戦士を目にして、奴隷として購入された同族二人は色めき立った。どうやら、彼はドワーフの中で伝説めいた有名人らしい。サイクロプスの工房に行きたがっていた彼らまで、同行すると決まった。
こうなると、投入戦力についての考え方も変わってくる。俺とフウカにサスケも参加し、留守中の商いの方は年若の商人志願二人とセイヤに任せる形となった。