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(39) 黒と白


 年少奴隷対応を済ませるともう昼時だったために、屋台でハンバーガーと付け合せを買い求めて宿舎に戻る。


子どもたちの方はフウカに任せて、俺達は大人との対話を始めた。


 提供した食事を、彼らは抵抗なく食していた。なんとなくエルフは肉食を厭うかと思ったが、そうでもないようだった。


「さて、奴隷として買ったわけだが、無理を強いるつもりはない。適性と希望を踏まえて、何らかの働きをしてもらう。買取額はこの辺の小者の収入にして一年分だそうだから、それくらいの期間を想定しているが、稼いだ金額が購入額を超えれば前倒しで解放しよう」


「タクト様。それでは、あまりにも条件が良すぎると思いますが」


 意見してきたのは、マルムス商会から加入したウィンディだった。商人の娘だけに、そのあたりには厳しいのかもしれない。


「そうなのか? まあ、しかし、いいんじゃないか」


「あの……、発言してもよろしいでしょうか」


 声を発したのは顔つきの鋭い、妹の方のエルフだった。俺が頷くと、比べると少し柔らかみのある顔立ちの姉の方が懸念を込めた視線を向ける中、はっきりとした口調で要望を告げてきた。


 見目麗しいエルフの娘が言うには、現段階で一度解放してほしいのだそうだ。ベルーズ伯爵領にある故郷の近くに魔王配下が出没し、退避先を求めてこの地に来たところで捕らえられてしまったので村が心配だ、とのことだった。


「不躾なお願いになりますが、族長にこの地の状況を知らせたいのです。もちろん、姉だけでかまいません。戻らなければ、私は終生奴隷として生きましょう」


 エルフの終生って何年くらいなんだろうと思いながらも、俺は答えを返すために口を開いた。ウィンディとナギが目線で必死に何かを訴えかけてきているが、あえてスルーさせてもらう。


「そういう話なら、二人とも解放するが……、無事にエルフの村まで行けるのか? このタチリアの町に近いスルーラ村という人間の集落が、ゴブリンに襲撃されて全滅したらしいぞ」


「まさか……、伯爵領がまるごと蹂躙されたのですか?」


「いや、おそらく、侯爵領に近いスルーラ村をまず制圧して、出口を塞いでからその間を攻めようとしてるんじゃないかな」


「なんですって……」


 蹂躙戦では有効な戦術と言えるだろう。まあ、外道の策であるのは間違いない。


「エルフの族長は、お前らが持ち帰った情報をもとに、どう判断する?」


 俺の問いに答えたのは、姉の方だった。落ち着いた声が室内に響く。


「退避先を探すでしょうが、あてがあるかどうかは……」


「タチリアの町の南方に、村が四つある。その辺りであれば、亜人への風当たりもまだきつくない。受け入れ交渉はできると思うぞ」


「それは助かります。……ですが、ゴブリン魔王が彼の地を制圧しているとなると、退避は難しいですね」


「ある程度の護衛はつけられる。だが、特に一族で退避してくるとなったら、守りきれるかはわからん」


「そこまで頼ろうとは思っていませんが、人を出していただけるのなら助かります」


「まあ、護衛につくとしても、その者達がまだ戻ってないからな。詳細はそれから詰めるとしよう」


 東方のゴブリン対応をコカゲに任せたからには、サスケかセルリアに頼むしかないだろう。タチリアの町では活動しづらそうなセルリア達は、今回の隠密行動に向いていそうだが、さて……。


「あ、ところで、言い忘れてたけど、俺も魔王だぞ。退避先を選定するのなら、それも踏まえて考えるようにな」


「魔王……?」


 呆けたように、エルフ姉妹に見つめられてしまう。綺麗な存在に凝視されると、照れるじゃないか。


「魔王と言うと、あの、勇者によって打ち倒される?」


「勇者候補なら、そこにいるぞ。聖剣も持ってる」


 看病の途中なのか、たまたま桶を持って通りかかったフウカを指し示すと、何ごとかとやってきた。事情を話すと、鞘に収まっていた聖剣をすらりと抜き放ち、俺に向けてくる。細身の剣が、挑戦的な威圧感を放出した。


「お、おま……、冗談でもやめろって」


「ごめん。反応がおもしろくって、つい」


 にこりと笑ったフウカによって聖剣が収められてもなお、俺の鼓動は早まっていた。なんか、フウカの性格が変わってきているような。


 それでも二人の思考停止が続いているようなので、俺は簡単に状況を説明した。


 魔王が大量に出現しているらしいこと。俺はその中で人間社会と共存しようと、ラーシャ侯爵領南方の村々と協力関係にあること。共存対象としての人類勢力には亜人も含むことなど。


 言葉を噛み締めていた姉の方のエルフが、やがて呟いた。柔和そうな面差しに、やや深刻げな表情が浮かんでいる。


「虐殺されるよりはよいです。……虐殺しませんよね?」


「ああ、そのつもりはないな」


 姉妹は視線を合わせて、頷いた。俺の立場でなんなんだが、いいのか、それで。




 白エルフの姉の方はミアル、妹の方はファムと名乗ったが、どうやら仮の名前のようだ。エルフは、真の名を隠す習性があるらしい。


 と、そこで、むすっとしたままだったドワーフの長髭の方が初めて声を発した。野太いようだが、低音が心地よくもある。


「ちょっと待ってくれ。エルフ共が解放されるのなら、儂らはどうなる」


「どうって……、彼女らは勤務開始がずれるだけで、待遇を見直すわけじゃない。だから、変わらないさ」


「その間、儂らも解放してくれ。エルフだけが優遇されるのは我慢ならん」


 状況が違うのに、同列に扱えと言われてもなあ。


「……俺の根拠地には、鉱山区画があって、そこにはサイクロプスが仕切る鍛冶場がある。そして、精霊であるノームが顕現していて、加護を受けている」


「なんじゃと?」


「これは、ありものを仕立て直したものだが……」


 ミスリルを使った試作品である一つ目印の小太刀を見せると、ドワーフ二人が飛んできて食い入るように凝視した。


「ドワーフというからには鍛冶仕事ができそうだから、彼らと一緒に働いてもらおうかと思ってたんだけど、嫌なら仕方がないなあ」


「ま、待て。……解放してくれれば、一年間無給で働く」


「それって、奴隷と何が違うんだ?」


「エルフだけが優遇された形ではなくなるだろう?」


 まあ、そうかもしれないが。




 年少奴隷たちは、本拠に移送する形とした。亜人への風当たりの強いこの地にいるよりも、ダークエルフも多く魔物までいる森林ダンジョンの方がのびのびできるだろう、というのが理由となる。


 猫人族の少女についても、診察してくれる医者は見つからなかったため、あちらで療養した方がいいとの判断だった。


 なついていたフウカとは離れてしまうが、サトミやソフィリア、マチらになら安心して任せられるだろう。 


 翌日の夕方になって、セルリア達が到着した。それに伴って生じた事態は、ある意味で当然の展開だったのかもしれない。


「黒エルフが同行するですって?」


「白エルフを護衛しろとおっしゃるのですか?」


 妹白エルフ、ファムの強い視線がセルリアのそれとぶつかり、激しい火花が散ったように見えた。姉の方の白エルフ、ミアルと、補佐役的立場のルージュは、仕方ないわねえ、といった風情でそれぞれの連れを眺めている。


「あー、セルリア。俺は、人でも亜人でも、他者を尊重できるならとの条件は付けるにせよ、見放された存在は受け容れようと思っている。白エルフも例外ではないと考えていたんだが、除外すべきだろうか」


 正面から問うたところ、信頼するダークエルフが姿勢を正す。


「いえ、白エルフがどれほど忌むべき者達であろうとも、救おうとするタクト様の心根は素晴らしいものと存じます。ご命令とあらば、個人的な好悪は捨てて従います」


 冷ややかな口調だが、まあ、それほど機嫌が悪いわけではなさそうだ。


「で、そちらは、俺が信頼する部下との同行は拒絶する、との理解でいいのかな?」


「いいえ。……他にいないのであれば、邪悪な存在と同行するのもやむを得ません」


 再びにらみ合う姿に、つい吹き出しそうになってしまう。まじめ一方のセルリアが、ここまで感情を剥き出しにするのも、俺の指示に即応しないというのも、初めての事態となる。


 セルリアが連れているのは、ゴブリン討伐に従事していたダークエルフや忍者達で、タチリアの町に到着してすぐに逗留先に入った形となっている。


 その際にもあまり人目に触れぬよう注意したくらいに、タチリアの町での亜人排斥の動きは強まっている。


 加えてエルフの中には、尖り耳を隠すのは屈辱だと考える者が多いようだ。気にせずに隠す魅了魔法の使い手のセイヤや、フードを愛用するハーフエルフ冒険者のリミアーシャは少数派であるらしい。


 そうなると人間社会では活動範囲が限られるわけで、エルフの村へ向かうのはダークエルフ中心の部隊とするのが効率的な選択となる。


 しかし、セルリアが白エルフに対して思うところがあるとは知っていたが、これほどまでとは思わなかった。


 幸いにも、セルリア以外のダークエルフの面々はこの対峙をおもしろがっているようだし、姉エルフも少なくとも表面上は悪感情を露わにはしていない。今回の件を任せてもよさそうだろうか。そのあたりは、予定している慰労会で、確認してみるとしよう。



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