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(38) 買われた者達



 ベルリオら経験の浅い冒険者を含むゴブリン討伐隊が、タチリアの町を出発した。


 エリートホブゴブリンのメイジ種が出現するなど、相手がさらに強化されているものの、こちらの態勢も整ってきている。特に、ネームレスの忍者とダークエルフが経験を積んでいるのと、村から派遣されている幾人かが適性を見込まれて専従状態となったために、動きも連携も良くなったそうだ。


 冒険者組が参加すれば、まずは砦での防衛をしつつも、打って出る余力が得られそうだ。川岸に拠点を構築し、川向うに橋頭堡を作る計画も実行に移せるかもしれない。そのあたりは統率役を務めるコカゲが、地勢の把握能力に秀でたモノミらと相談して決めていくだろう。


 ベルーズ伯爵領から避難してきた子どもたちは、ひとまず孤児院に滞在する形となった。一方で、ハンバーガー屋台での売り子と調理に、孤児院から年長組の幾人かを出してもらえるとも決まった。さらには、その話を聞きつけた避難民で最年長の少女にも参加を熱望され、押し切られた。まあ、この地では十歳を超えれば順次手伝いを始めるのが普通のようなのだが。


 俺は、フウカとナギ、それにウィンディを連れて奴隷商の元へと向かった。ナギはともかく、年少の女の子を連れて行くにあたっては迷いがないでもなかった。けれど、本人たちが希望したのと、二人を連れていけば夜伽向きの者目当てではないと説明する手間が省けるのもあって、同行してもらっている。


 きな臭い情勢の影響で需要が低下しているためか、俺も含めて年若の者だけだというのに、小太りの奴隷商は揉み手せんばかりの勢いで迎えてくれた。黒月商会の名を出した影響もあるかもしれない。


 友好的な奴隷商の説明によると、奴隷は役割別に農業奴隷、家事奴隷、力仕事向けの肉体派奴隷、夜伽向けの寵愛奴隷、戦闘奴隷あたりに区分されるそうだ。


 成り手としては自ら身売りした者、親に売られた者、奴隷の子、犯罪者の刑罰としての奴隷化、戦争での捕虜、誘拐されて売られた者、などがあるという。


 魔術によって命令への抵抗は不能、といったえげつない概念は存在せず、特に農業奴隷や家事奴隷は、契約としての関係なのが通常だそうだ。


 有能な者や長年勤めた者なら解放されるのもめずらしくなく、そうなれば一般の領民として扱われるようだ。


 一方で、地域によっては、焼き印を入れて絶対服従を求めるところもあるというし、戦闘奴隷については力で押さえつける必要があるので、素人には勧められないとの言明もあった。


「性格のいい戦闘奴隷はいるか?」


「残念ながら、性格の良し悪しに関わらず在庫はおりません。戦闘奴隷は、紛争時でもないとなかなか出てきませんな」


 まあ、無理もないかもしれない。


 種蒔き前の時期だからか、農業奴隷も在庫切れだそうだ。お勧めされた力仕事方面の者達は、犯罪奴隷っぽかったのでパスした上で、知識や技術持ちの奴隷を要望してみる。


 やや微妙な表情をした商人は、亜人でよければと言ってきた。承諾すると、部下らしい若者を呼び出して別棟に案内される。奴隷商の手には鞭が握られていた。


 そこには、金髪の女性エルフ……、ダークでもハーフでもないエルフとは初遭遇となるが、セルリアが言うところの白エルフらしい二人連れと、こちらはドワーフだという濃茶の髪の男性二人組を紹介された。


「女性の年齢を尋ねるのも何だが、エルフの年齢はどのくらいだ?」


「さて、存じませんが。……若い方がよろしいのですか?」


「いや、できるだけ高年齢の方がいいな。経験が積み重なっているだろうし」


「亜人なぞがどれほど生きようと変わらないと思いますが……。おい、お前たち、年はいくつだ」


「わたくしは二十歳、妹は十九歳です」


 小太りの奴隷商が小さな舌打ちをしたのは、話の展開に合わせて高齢だと偽らない二人への苛立ちからだろうか。


「旅装のようだが、どこで捕らえたんだ?」


「さて」


「柔風里のベルーズ伯爵領からこちらへ……」


「余計なことは言うなっ」


 怒鳴りつけられた白エルフが、表情を変えずに口を閉ざした。人間の奴隷相手には物腰柔らかに接していたのだが、亜人相手だからだろうか。その疑念を察したのか、奴隷商は弁解じみた口調になる。


「連中は反抗的でいけません。こちらのドワーフ共はいかがですか? 何やら手先が小器用らしいですぞ」


 指し示されたずんぐりとした男性たちは、ふてくされた表情で沈黙している。何かの職人だろうか。


 くわしく情報を得ると、逆に価格交渉がしづらくなるかもとの話が事前に出ていたため、ナギとウィンディ主体の価格交渉に入る。一人あたり銀貨十五枚で、交渉は成立した。


 銀貨十五枚と言えば、雑用で雇われる人間が一年で稼ぐ程度の額となる。討伐報酬で言えばホブゴブリン二体分で、俺にとっては大した額ではない。


 話がまとまったところで、姉の方のエルフに他に捕われている亜人がいないかを訊ねたところ、やや思案した末に子どもの奴隷がいるようだと知らせてくれた。


 奴隷商に確認すると、子どもは売り物になりづらいので、部下の青年に一任しているそうだ。それでも扱っているのは、口振りからしてどこかから押し付けられているのだろうか。


 買い取りを決めた奴隷を連れていって売買手続きの準備をするというので、その間に見せてもらう流れとなった。


 案内の青年は、線の細い、いかにもおとなしそうな人物である。奴隷商というと猛獣使いのような人物像を思い描いてしまうのだが、解放ありの農業奴隷、家事奴隷中心の商いだとすると、実際は人材派遣に近い業態なのかもしれない。


「こちらになります」


 案内された先では、檻の中にやせ細ったドワーフの少年と、犬人族の少年少女、それに病気なのか寝込んでいる猫耳の少女がいた。


 青年が客を連れてきても、子どもたちに特に怖がる様子はない。俺は、同行者と小声で相談を始めた。


「なあ、買い取って解放したいんだが、値段交渉を任せていいか?」


 ウィンディは、やや不思議そうに首を傾げた。


「なんのためにですか?」


 問われた俺は、言葉に詰まってしまう。


「強いて言えば、趣味だな。子どもには笑っていて欲しい」


「取り立てて差別をする気はないのですが、人間の子よりも優先されるのですか?」


 俺は、檻の中に視線を巡らせる。亜人に風当たりが強い状況で、痩せ細った子どもを欲しがる者は多くないだろう。需要があるとしたら、ヤバい用途も考えられる。


「この子らは、売れ残って餓死するよな、きっと」


「それは確かに。……幾らまで出せます?」


「今回に限らず、できれば近隣から集めさせたい。その際に虐待を防ぐために、元気な子を手厚くしたいとこだな。金貨一枚までならいいぞ。逆に虐待されてたら、銅貨一枚とか」


 目を見開いたナギが、ささやき声で怒鳴りつけてくるという器用なことをやってきた。


「ダメですって、そんな値付けをしたら、誘拐やら集落襲撃での奴隷化が誘発されちゃいます」


「なるほど。……じゃあ、どうする?」


「相場は、銀貨三、四枚ってところだと思います。元気で、虐待経験がない子は銀貨十枚でいかがでしょう。……タクトさまのことだから、虐待されてても引き取りたいんでしょう? そこをあまり安くしたら、処分されかねません。怪我、病気も含めて万全でなければ銀貨二枚あたりでいかがでしょうか」


「いいだろう。……ところで、商会として奴隷は扱えるか?」


 顔を見合わせた二人のうち、表情を引き締めて応じてきたのはウィンディだった。


「奴隷の商いはちょっと特殊なので、すぐには難しいです。でも、ご下命とあらば」


「忍びも動員して、状況を調べてから考えよう。まずは、この子らの話をまとめるか」


 交渉は、頼りになる年若の商人二人に任せるとしよう。




 おとなしそうな奴隷商の青年にとって、全員買い取りたいとの要望は予想外だったようだ。中でも、病状の重そうな猫人族については本気で驚いていた。


 なんでも、神聖教会による迫害の最優先対象が猫人族で、その生贄的な用途でもなければ、どうにも扱いづらい状況なのだそうだ。


 猫を迫害するとは……。神聖教会め、いつか滅ぼしてやろうか。そう思ってしまうのは、猫好きの血のせいなのだろうか。


 俺の意図を訝しむ気配もあったが、条件がいいのは間違いない。病身の猫耳少女以外は、痩せてはいてもひどい怪我はなく、聞き取りの結果として虐待も小突かれた程度に留まるようなので、健康査定となった。


 部下からの報告を受けた奴隷商もおどろいたようだが、厄介払いができるためか否やはなかった。


 子どもたちは別途回収に来るからと話をまとめて、俺達は奴隷商の店を出た。




 逗留先まで大人の亜人を連れて行く間にも、通行人から非難を含んだ視線が飛んでくる。それも、強面のお兄さんたちというわけでもない、ごく普通の老人やご婦人、子どもたちまでが睨んでくる。迫害の機運は、なかなかに強まっているようだ。


 幸いにして、宿は途中から一棟をまるごと借りる形にしているため、すぐに文句は出ないだろう。それでも、早めに本拠である森林ダンジョンへ送り出した方が無難そうだ。


 こうなると、買い取った子どもたちの運搬にも気を使った方がいいだろう。ジードに指示して、人数を集めて対応するように求めたところ、フウカとセイヤらを動員するとの話だったので、俺も同行して運んでしまうことにした。


 檻から出された子どもたちは、先ほどのエルフ、ドワーフたちよりも栄養面の状態は悪そうだった。売り物にならない存在には手はかけない、との方針なのだろうか。


 ジードやセイヤもそうだが、フウカもそんな状態の子どもたちに抵抗はないようで、幼い犬人族の兄妹をあやしている姿はほほえましい。


 彼らに怖がる様子はなく、むしろ安堵しているようだった。聞き取ってみたところ、奴隷化されてからそれほど時間は経っておらず、売り物扱いでなかったためか、奴隷的なしつけなどもされていなかったようだ。


 俺が抱えて運んだ猫人族の少女は発熱してうなされている状態で、フウカが看病してくれるそうだ。医師に診てもらいたいところだが、獣人は対応しているのだろうか? そのあたりの対応は、ジードに任せるとしよう。



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― 新着の感想 ―
[一言] 戦闘能力を補うために戦闘奴隷を購入しようとすると、戦闘能力を要求されるという…
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