(37) 討伐の理由
翌朝、宿に冒険者ギルドのギルマスからの呼出状が届いていた。昨日の今日だけに、【隠蔽】スキル解除の余波だろうか。
仕方なく赴くと、相変わらず老紳士然としたライオスが登場し、配下も含めて執務室に招き入れられた。まとめて相手できると余裕をかましているのだろうか。
「単刀直入に問おう。南方に出現した魔王の狙いはなんだ。どうして魔物を討伐する」
問答無用でないからには、俺が魔王であるとの確信までは持っていないのかもしれない。
「人間に協力的な姿勢を見せて、生き残ろうとしている。そう承知している」
「魔王が人間と協力するなど、儂は聞いたことがないが」
「なら、魔王が同時期に多数出現するって事案は、過去にもあったのか? こちらでは把握できていないんだが」
「そちらも聞いたことがないな。……他にも魔王がいるのか?」
「昨日、新たにこのギルドに加わったベルリオは、ベルーズ伯爵領で魔王らしき大ゴブリンに故郷を襲撃されたそうだぞ。……マルムス商会によれば潜龍河流域だけでも複数の魔王が出現しているらしいし、これからもっと表舞台に出てくると考えている」
老ギルマスは、きつく腕を組みながら黙考している。俺は、先に仕掛けてみることにした。
「で、ものは相談なんだが、その新米少年冒険者も含め、ギルドの戦力を南方の対ゴブリン戦線に投入するってのはどうだ?」
「ゴブリンの出現は止まらんか」
「ユファラ村での展開を考えると、ゴブリン・ロードかそれ以上が出てくるかもしれん。いずれにしても、あんたの手駒を参加させれば、より深くこちらの魂胆を把握できるんじゃないか」
「ギルド主力は動けないぞ。侯爵領の軍勢が内戦含みで対立している今、タチリアの町を守る戦力は他にない」
「主力を欲しいとは言っておらんがな。……この町を、何から守るんだ?」
「先の話にも出た通り、西方の柔風里……ベルーズ伯爵領の情勢が不穏でな。玄関口であるこの町には、本来なら軍勢が駐屯して然るべきなのだが」
どうやらこの人物はきつい重荷を背負っているようである。腕組みを解いて、ふっと息を吐いた。
「若手を行かせるのはかまわん。むしろ、現状で経験を積めるのなら助かる。……できるだけ死なせずに戦わせてくれるか?」
「ああ、損耗皆無とはいかないだろうが、まず問題ないと思うぞ。ただ、そうなると、経験不足の冒険者を指揮統括してくれるメンバーにも参加して欲しいところだな。魔族の下につくのをよしとしない者も多いだろう」
「確かにな。……亜人でもかまわないか」
「こちらは歓迎だ。ダークエルフもいるし、抵抗はない」
「ならば、早急に人選する。ちょっと茶でも飲んでいてくれ」
ギルマスと入れ替わりに入ってきた年配職員は、ていねいな手付きで薬草茶を入れてくれた。
柔らかな香りを楽しんでいると、やがて連れてこられたのは、クオルツと名乗った黒髪のドワーフ戦士と、リミアーシャという赤茶の髪のハーフエルフ女魔術士だった。続いて、既に顔なじみの女性槍使いアミシュと治癒士のモーリアも登場した。
自らもドワーフとハーフエルフである二人から、総指揮は亜人ではなく人間の方がいいとの勧めがあったからには、いよいよ亜人排斥の機運は高まっているのだろう。それを踏まえて、総指揮はセルリアではなくてコカゲに頼むと決めた。
セルリアらダークエルフの主力とサスケは、冒険者勢と入れ替わりにこの町に呼び寄せる形とした。サスケについては、同年代の商売系の子らと交流させようとの思惑もあった。
ドワーフの黒髪の戦士であるクオルツは、頬の三本傷が特徴的な戦斧使いだった。腕の太さは凄まじく、手合わせをしたところサイクロプスのクラフトに劣らぬ斬撃を披露してくれた。
一方の赤茶色の髪のハーフエルフ魔術士のリミアーシャは、口数が少なく無表情な人物だった。フードを目深にかぶっていて、どこか儚げな……、あるいは眠そうな印象が漂う。風魔法の使い手で雷撃辺りを得意とするそうだが、ギルマスにこうして選ばれるからには腕は確かなのだろう。
ベルリオがギルドに顔を出したので、冒険者の統率役四人を紹介した上で改めて参戦の打診をすると、応諾の返事が来た。支度金をどうにか受け取らせたので、彼が連れている子どもたちは当分の食事を確保できるだろう。ただ、正直なところ、その場しのぎ感が強い。
ベルリオを送り出したところで、亜人冒険者のクオルツとリミアーシャには、俺が魔王である旨を告げた。最初は冗談だと捉えられたが、同席するアミシュとモーリアの目の泳ぐ感じもあり、ようやく信じてくれたようだ。
その上で、少年冒険者について、いつか勇者になるかもしれない見どころがある存在だから、目をかけてやってほしいと頼む。
勇者なら、いつかお主を倒しに来るかもしれんぞと言われたので、それもいいなと返すと苦笑されてしまった。
ぶっちゃけついでに、ベルリオの連れている子どもたちの扱いを相談したところ、リミアーシャが孤児院で一時預かりに対応してくれるかも、と呟いた。
口数の少ないハーフエルフと一緒に孤児院を訪問した俺達は、まとまった額の寄進をした上で相談を持ちかけてみた。ベルーズ伯領から避難してきた子どもたちを、しばらく預かってはもらえないかと。
この町の孤児院は神聖教会の運営で、実務を取り仕切っているのは若い修道尼だった。
今回の依頼は、原則的には受けられない話だったようだが、寄進額が影響したのかどうにか承諾してもらえた。
その上で雑談に持ち込んだところ、セイヤの活躍もあってシスターの態度がやや緩み、悩みを聞かされる流れとなった。孤児院出身の者達が仕事を得るのが難しい情勢で、条件の悪い徒弟職や、不向きなのに冒険者になるなどの、望ましくない状況が生じているのだという。
農村で働きたいなら、村も含めて紹介できるし、ハンバーガー屋台での販売や調理の補助員については、気の利く人材なら孤児院在籍中にも、と水は向けてみたが、いきなり深い話をしても何なので、セイヤやナギらを中心に交流を深めるとしようか。
帰り道、同行してくれたリミアーシャに礼を言うと、彼女は鋭い視線を向けてきた。そうすると、いつものやや眠そうな気配が完全に消え去るから不思議である。フードからこぼれた赤茶色の髪が、西風に揺らいだ。
「孤児を道具に使うつもり?」
「ああ、そうさ。廉価な労働力が得られるのは大きいし、活性化しつつあるユファラ村や他の村に人を供給できれば恩も売れる」
「魔王的ね」
「おお、人間なんて利用して使い潰すための存在だ」
「……他の魔王に故郷を奪われた子どもたちの生活を心配するのも、利用するため?」
「ああ。慈悲深い魔王となれば、それが装われたものでも印象が強いだろうしな。そうだろう?」
ふっと微笑んだ魔術士は、人手が欲しいならと奴隷商会の名を告げたのだった。