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(35) 商会の娘


 続いて、俺達は商業ギルドに向かった。商取引自体はギルドに加入しなくてもできるのだが、色々とメリットが期待できるらしい。


 窓口に来意を告げると、ギルド長室に通された。迎えてくれたのは、チェラルと名乗った気品のある老婦人だった。その目元には、やや疲労の影がある。


「この情勢で、新規登録のご希望とはおめずらしいですね」


「荒れた時期にこそ、商人が果たすべき役割があると思うが」


「それは確かに。……有望な若者の多くが、冒険者になろうとするのです」


「まあ、商人が人気になる時代ではないかもしれないな。ただ、すまん。俺達も冒険者と兼業の予定だ。商業活動としては、既に南の村で隊商を運用している」


「南でですか。なにか目ぼしい商材はありましたか?」


「岩塩とはちみつ。それにその加工品ってとこだな。他では、農具や武具を、ありものを仕立て直す形で販売している」


 チェラルが納得顔なのは、どれも需要が高まっている品々だからだろうか。この地での商売の慣習などを教えてもらったところで、俺は別の方向に話を向けてみた。


「ところで、飲食店も商業の範疇かな?」


「飲食店とは、酒場のようなものでしょうか?」


「いや、屋台での食べ物の販売を考えている。もしかしたら、その周囲に仮設の席を設置するかもしれん」


「その形でしたら、商業ギルド扱いになるでしょう。酒を出すと宿屋扱いになります。お酒を供する予定はありますか?」


「いや、今のところその予定はない」


「なら、ほぼ問題ないでしょう。概要が固まったら、窓口にお知らせください」


「店を出すのにも、ギルドに届け出が必要なんだな。あとは、農具や武具防具の販売はどうだ? 店に卸す形なら問題ないか?」


「農具は商業ギルド扱いで、卸売りでも商店を開くのも問題ないです。武具防具は鍛冶ギルドとの協調が必要ですが……、現状は、ドワーフの方たちが不在なので」


「鍛冶として活動している者まで迫害されるのか。人間の鍛冶職人は?」


「いるにはいますが、経験が浅くてですね」


「まあ、ドワーフとじゃ、積み重ねが違ってくるだろうからな。そのあたりも、迫害、排斥の一因か。寿命が違う生物が同じ土俵に上がる方が間違っているとも言えるが。……神聖教会とやらは、何を求めているんだ?」


「天帝教が目指すのは、人間のみの清浄な社会、らしいです」


「人間以外は不浄だってのか」


 微苦笑が、この御婦人の立場を表しているようだった。


「商会の名はいかがしますか? ご自分の名から取ってもかまいませんし、動物の名を使う場合などもあるようです。定着するまででしたら、変えられます」


「ならば、仮に黒月商会と」


 こうして、この世界に新たな商会が発足した。こちらのギルドでは、エルフやドワーフでも商会員としての登録が可能だという。そうなると、同道しているセイヤだけでなく、セルリア達もひとまず商業ギルド登録としておくのがよいかもしれない。


 商会の長は俺で、ナギ、セイヤ、ジード、コカゲを当面の参加者としたのだが、ここで異議を唱える者が出た。マルムス商会の長の娘であるミファリアが、名付けを受けた上で加入したいと要望してきたのである。


 マルムス商会が老舗だという話はなんとなく聞こえてきている。その一人娘を眷属化した上で黒月商会に加入させるのは、正直なところ気が進まない。否定的見解を示すと、その日の夕刻になってミファリアが父親を宿屋に連れてきた。


 端整な顔立ちの商家の長、ボルーム・マルムスは俺の前で跪いた。魔王であるとしてもそういう柄ではないので、着席しての会談とした。


「ミファリアは跡取り娘なのだろう? 客分として修行がてら商いに携わってもらうのは問題ないが、完全に所属替えした上で名を与えるとなると、話が違うと考える。どうだ?」


「タクト様の側室としてで構いませんので、受け入れていただけませんか? マルムス商会は傘下に組み入れていただければ」


「嫁にする気はないぞ。マルムス商会との連携は歓迎だが、別所帯としてやっていきたい。……自分の代で畳みたい事情でもあるのか? 老舗だと聞いているが」


「残すべきかどうかは迷うところなのです。……マルムス商会の成り立ちを聞いていただけますか?」


 俺が頷くと端整な顔立ちの商会の長は、ゆっくりと口を開いた。


 マルムス商会の祖は、ハーフエルフを父に持つクォーターエルフだったという。そこからの数代でエルフ系と子を成した者はおらず、妖精族の血はだいぶ薄まっていった。


 ボルームが亡き父から商会を受け継いだ頃には、エルフの血を受け継いでいるという事実は特にマイナス方向の意味を持たず、むしろこの地で暮らす亜人たちから親しまれてきたそうだ。


 けれど、帝王国の国教である天帝教が勢力を増し、亜人への風当たりが徐々に強くなった。それが加速したのは、ここ星降ヶ原の西隣の地に天帝騎士団という実力組織の拠点が置かれてからだという。


 当代のラーシャ侯爵が倒れて、その弟たちが神聖教会と天帝騎士団の後ろ楯を得ようと亜人排斥合戦を始めてからは、状況は悪化の一途をたどった。亜人の血は薄まっているにしても、創業伝説として売りにしていた面もあるマルムス商会は、侯爵家との取引から締め出され、商人仲間からも色々と難癖をつけられるに至り、本拠移転を決めた流れとなる。


 さらには魔王が多数出現したとなると、魔物と亜人を同類として排斥する神聖教会が勢いを増すのはほぼ間違いない。そう考えると、将来に期待するのは難しい。……それが、現在のボルームの心境なのだそうだ。


「だからと言って、魔王勢に接近するのは危険なんじゃないのか?」


「新たな商会を築く流れに触れられれば、どのような形であっても娘の糧となるでしょう。親の欲目かもしれませんが、あの子は私などよりもよほど商才がありそうですので」


「しかしなあ」


 なおも渋る俺に、ボルームはにやりと笑ってみせた。


「それに、魔王であるあなた様は、実力を蓄えたとしても人間や亜人の排斥まではされませんでしょう?」


「まあ、そういう趣味はないな」


「魔王が同時期に複数出現している以上、この世界は荒れるでしょう」


「他にも魔王が登場しているのは確かなのか?」


「潜龍河流域でも、複数の魔王が同時に出現しているようです。どうやら、それ以外の土地でも……。戦乱になるのなら、できればタクト様にこの地の覇権を、さらに言えば天下を取っていただきたいのですが」


「そういう趣味もないが。……ただ、配下達への責任がある以上は、放り出すわけにはいかんなあ」


「その末席に、我が娘もお加えください。お許しをいただければわたくしも」


「別所帯は維持してほしいと思っている。だが、弾圧があまりにも厳しくなったら、また考えるとしよう」


 こうして押し切られる形で、ミファリア・マルムスは俺の眷属に加わると決まった。


 名はフウカやナギと同様に風方面からという希望だったので、ウィンディとしてみた。元の名はミドルネーム的な扱いとして、ウィンディ・ミファリア・マルムスというのが、彼女の新たな名乗りとなった。


 タクトの名を家名として授けてほしいとも言われたのだが、それは個人名だからと全力で拒否する形とした。本当はシバタという家族名があるのは、伏せておいた方がよさそうだった。




 夕方には、ゴブリンの討伐部位を携えたサスケが、地竜のスルスミに乗ってやってきた。肩にはハヤブサのカゼキリを止まらせていて、有能な忍び風の雰囲気を醸し出している。いや、実際のところ有能な忍びなんだが。


 早速ギルド登録を済ませて、まずはホブゴブリン五体分の討伐確認を依頼したところ、事情を知らない周囲からは驚嘆の声が上がっていた。冒険者稼業は順調な滑り出しとなっている。


 ギルド近くの宿に落ちついた俺達は、今後の取り組み方についての相談を行った。


 まず、南部の村の東方に出現しているゴブリン討伐については、従来の枠組みを維持していくと固まった。


 そちらはセルリア、サスケ、ルージュに、ヘルハウンドのシュヴァルツ、シャドウウルフ達が担当する。クエストの達成確認は、定期的に討伐証明部位をハヤブサのカゼキリの足に袋を括り付けて運搬し、受け取った誰かがギルドに持ち込む形となりそうだ。


 タチリアの町での商売は、ジード、ナギ、ウィンディ、セイヤを中心に、俺も随時参加する形とした。


 情報収集、調査については、そちら方面のギルドからのクエストと併せて、ジードやナギに加えて、砦の守備から呼び寄せるモノミも参加してもらおう。


 冒険者ギルドからの討伐を中心としたクエストへの対応は、俺とフウカ、コカゲ、ジード、セイヤあたりでこなすとしよう。まあ、こちらは本筋ではないので、様子を見ながらになるだろう。


 また、商売の一環として、冒険者ギルドの近くでキッチンカーを運用してみるとも決めた。


 狩りで得られる肉をひき肉にして、ハンバーグ状に整えて冷凍状態で運搬し、焼き上げたところでタチリアの町で得られるパンに挟んで提供する、というのがざっくりとした計画である。


 セルリアは拠点に常駐していないが、氷室を設置済みなので冷凍対応は可能な見込みである。


 ハンバーグだけでなく、ソースは野菜の煮込み汁と肉汁を使ってそれらしくしてみよう。それに、トマトの第一弾がそろそろ収穫できそうなので、輪切りにして挟むのもいいかもしれない。ソースにも使えそうだ。


 添え物としては、ポテトフライと果物ジュース。別に、氷菓乗せジュースや、トマトの物量確保が間に合えばミネストローネも用意するとしようか。


 ミネストローネは、元世界で亡き父が好きだった料理で、よく作ったものだった。にんにくやローリエ、オレガノなどの調味料に、隠し味にしていた昆布だしも手に入らないが、まあ、トマトと干し肉があれば、じゃがいも、キャベツ、豆類を具材にして成立しそうだ。


 他に売り物としては、革袋入りのポーションも試してみようとの話になった。こちらは、薬屋に話を通す必要がありそうだ。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] >~~クエストの達成確認は、定期的に討伐証明部位をハヤブサの~~ 証明になる部位が消えずに残るのでしょうか。 それともゴブリンは死んでも消えない?
[気になる点] ポイント関連で縛りがある為仕方ないにしても、 ぎりぎりの人員で人足りないと言いつつ、気分で仕事増やす主人公。(宿しかり屋台しかり)
[一言] 魔物かどうかの判別は死体が塵になるかどうかで簡単に判別できるのに、なんで亜人を魔物扱い出来るのだろう
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