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(34) タチリアの町


 砦の待機要員との交流と対ゴブリンの連戦をこなして、竜車はタチリアの町に到着しようとしていた。


 ゴブリン関連で言えば、オーク・ロード的な存在こそ出現していないものの、ホブゴブリンの中でも強そうな個体に、上位個体のメイジ、アーチャー系も増えて来ており、油断できない状態となっていた。武装面でも、群れの最上位個体はなにがしかの武器を所持していて、ほぼ素手だったオークと比べると高度な状態にあった。


 砦が落とされると、魔王勢の人的損失もそうだが、農村の監視要員から犠牲者が出るわけで、非常にうまくない展開となる。そう考えると、砦に取りつかれた場合は、とにかく守りを固めるべきだと言えそうだ。


 そして、砦から狼煙が上がった場合にはバーサル村で二筋の狼煙を上げてもらう手筈としておいた。状況によっては、俺達もタチリアの町から急行することになるだろう。


 ゴブリン討伐を重ねるうちに、冒険者の男性組の二人、魔法使いと斥候も戦闘に参加してくれるようになった。


 モーリアによる治癒魔法は単純な感嘆案件だったが、斥候の技や考え方はだいぶモノミへの参考になったようだ。そのモノミを含めたゴブリン討伐組とは既に別れ、こちらの竜車には帰還する冒険者と、冒険者ギルドを訪問する俺の同行者とが顔を揃えていた。


「あれが、タチリアの町です」


 モーリアが指差す先に、囲壁なのだろう、なかなか立派な建造物が見えた。


「村とは別世界だな」


「そりゃあ、ねえ。一旗揚げようと思えば、町に出る感じだから」


 アミシュの声にはやや感慨がこもっているようでもある。彼ら冒険者達にも、どこかの村から町へと向かった過去があるのだろうか。


「入域審査はあるのか?」


「あるけど、よほどのお尋ね者や怪しい風体でもなければ、入域料が取られるくらいよ」


 伸びをしながら応じるオレンジ髪の剣士の口調は軽い。


「お尋ね者は、どう判別するんだ? 魔法とかか」


「真否魔法なんて、いちいち使えないって。あ、ただ、どこかのギルドに登録するなら、そのときには真否魔法を使って、身元確認をするけどね」


「ほう。俺は登録できるかな?」


 首を傾げた女槍使いは、視線で治癒術士に問い掛けた。


「見かけ上は角もしっぽもないわけですから、本人が信じている回答について、ギルドが問題ないと判断すれば、登録できるでしょう。……あの、ホントに魔王なんですか?」


「それこそ証明は難しいがな」


 威圧感を【隠蔽】スキルで隠してしまえば、実感しづらいのかもしれない。


 そうこう言っている間に、竜車は門に接近していった。




 案内された冒険者ギルドでの報告会は、軽い紛糾の渦中にあった。任務を終えて帰還した冒険者達が説明した経緯は、特に飾ったものではなかったのだが。


 彼らの報告の概要は次のようなものとなった。


 魔王タクトは、周辺の村と良好な関係を築いていて、村の防衛のためのオーク、ゴブリン討伐に従事している。


 商人や村人達も出入りしていたため、拠点を訪問した。洞窟状の入り口の中には森林が広がっていて、そこにあった館は商人ら向けの宿として運営されており、露天風呂まで開放されていた。


 面談を申し込むと、友好的とまでは言えなくとも、敵対色は薄い状態で対話が行われた。


 会見後に風呂に現れた魔王を、男性剣士が毒刃をもって襲撃し、返り討ちにあった。


 帰路は、魔王の手勢と同道し、ゴブリン討伐を手伝ってきた。


 そして、連れてきたのは、魔王一味である。


 ……こうして改めて並べてみると、冒険者ギルド側からしたら、確かに理解し難い内容かもしれない。


 すっかり混乱してしまった渋い中年男性の窓口係が上司に助けを求め、現れた副ギルド長だと名乗った切れ者風の若い男性が、さらに責任者たるギルマスに問い合わせつつある、というのが現状だった。


 やがて登場したのは、銀色にも見える白髪を束ねた、そこはかとないダンディーさを漂わせながらも頑健そうな老紳士だった。


 別に若い美人女性職員を期待していたわけではないが、通好みの男性職員が中心であるようだ。ライオスと名乗ったこの場の責任者は、ちらりと俺達に目線を寄越した上で若い部下に問いを投げた。


「人間を配下に従える魔王なのか。その娘は?」


「ユファラ村の出身だそうです」


 白髪の紳士は腰を落とし、椅子に腰かけているフウカと目線を合わせる。不躾とならない距離は保たれており、その点は好感が持てる。


「訊いてもいいか? なぜ魔王に従う」


 翠眼の少女は、臆した様子なく応じた。


「オークの襲撃から、村を守ってくれたの。今も、近くの他の村に押し寄せるゴブリンを討伐している。だから、一緒に戦おうと思って」


「魔王とか?」


「うん。守ってくれない領主様より、守ってくれる魔王の方が頼りになるから」


「ふーむ」


 フウカの淡々とした口調に、偽りの気配は感じられない。同感だったのか、礼を言ったギルマスは部下たちに指示を出した。


「いずれにしても、すぐに攻撃してこないなら後回しだ。南方でゴブリンを抑えてくれるのは、実際のところ助かる」


 ひとまず、即時の討伐開始は避けられたようだ。やや安堵した俺は、問いを投げてみる。


「こちらも訊いてもいいか? どうして、南方のゴブリン討伐を実施しないんだ?」


「候領都ヴォイムで内輪もめが繰り広げられている上に、西の伯爵領では暴虐な魔物が荒らし回っていてな。儂らではそこまで手が回らないのさ。情けない話だ」


「伯爵とやらにも手勢はいるんだろ? 任せられそうなもんだが」


「伝統的にベルーズ伯爵とこちらのラーシャ侯爵とは仲が悪くてな。この機に乗じて攻めてくるとまでは思わんが、魔物をこちらにわざと追い込むくらいはやりかねん」


「ほう……」


 苦渋に満ちた口調でそう言われてしまうと、南部の村は見捨てるのかと言い募る気にはなれなかった。


「もう一点。魔王の一味は、ギルドに登録できるのか?」


「魔物でなければ、かまわん。頼んだぞ」


 言い置いた老紳士が去っていく姿はそこはかとなく美しく、何らかの武術の達人であろうことが窺われた。




 冒険者たちはクエスト終了扱いとなったようで、退出していった。アミシュとモーリアは、その際にこちらに手を振っていた。フウカあたりと仲良くなっていたのだろう。


 責任者からのお達しがあったので、早速ギルド登録処理が行われる運びとなった。実際のところ、俺達が冒険者になれば、南方の村のゴブリン守護がここの冒険者ギルドの実績になるわけだから、彼らにとって損はないのだろう。


 アミシュたちの報告を最初に受けて混乱した、中年の男性職員がそのまま対応してくれるようだ。


「エルフは登録できるのか?」


「いえ、現状では亜人の方々はお断りしております。本来であれば、広めにお受けしているのですが」


 亜人圧迫の空気は、ここにも及んでいるようだ。魔王に対抗するためには、揉めている場合ではなさそうに思えるが。


「それと、冒険者ランクですが、規則通りにFランクからとなります。既にゴブリン討伐をされているとのお話ですが、現時点からの算出とさせてください」


「それはかまわんが、どう算出するんだ?」


「ゴブリン討伐は、ただいまより常時クエスト扱いとします。討伐部位である右耳を持ってきていただければ、報酬を支払います」


「ゴブリンはいくらだ?」


「銅貨十枚です」


「エリートゴブリンは?」


「銀貨一枚です」


 ホブゴブリンは、銀貨八枚。エリートホブゴブリンというのもいて、そいつは銀貨三十枚だそうだ。


「オーク・ロードというのを見かけたんだが、ゴブリンにもロードはいるか?」


「はい。どちらも概算になりますが、金貨三枚ほどです」


 金貨は一枚あれば数日豪遊できそうな一財産で、元世界の金銭感覚で言えば、百万円近い感じだろうか。先日マルムス商会から押し付けられそうになった謝礼額は、金貨十枚だった。


「さらに上位の個体もいるんだよな」


「はい。ここから先は半ば伝説ですが、ゴブリン・ジェネラル、ゴブリン・キングなどがいるとされています」


 できれば、お目にかかりたくはないものだ。


 俺の他には、フウカ、コカゲ、ジード、ナギがまず登録を行う。登録によって得られるギルドのメンバーカードは、事前に聞いていた話の通りに真否魔法を使用していて、本人確認ができる魔道具のようだ。虚偽だと判定されると、赤い光が生じるらしい。


 登録項目は、種属、名前、出身地、他地区ギルドの所属有無となっている。出身地については、今回はユファラ村近くで統一した。本人の認識とずれた内容は登録できないそうだが、弾かれた者はいなかった。


 俺は魔王ではあるが、初期設定で人間タイプを選んだからには、人間としての性質も持っているだろう。そのはずだった。


「ここにいない何人かもゴブリン討伐に参加させたいが、問題ないか?」


「後日登録でかまいませんよ。従者扱いにして、登録外の人がクエストに参加するのも禁止はしていません。代表者のみを登録している方もいらっしゃいます。お勧めはしませんが」


 意外と緩い枠組みのようだが、とりあえず名付け済みの忍者組であるサスケやモノミあたりは、身分証代わりに登録させた方がいいだろう。登録料が銀貨三枚というのは、駆け出しの冒険者にとっては大金だろうが、それだけの価値はありそうだ。




 ギルドとのやり取りを終えた俺達は、副ギルド長に紹介された酒場に向かった。まだ昼の時間帯だが、食事処も兼ねていて、早朝から深夜まで営業しているらしい。


 シチューや肉焼き、パン、茹で芋といったあたりがよく頼まれる料理だそうで、人数も多いので一通り持ってきてもらう。


 見かけは食欲をそそるものだし、特に肉焼きなんかは濃いめの味付けでそこそこなのだが、同行者の反応はいまいちだった。


「その……、あまり出された食事にあれこれ言うのはどうかと思いますが、タクト様考案の料理を食べた後だと、見劣りしますね。以前なら、たぶんおいしく感じていたのだと思うのですけれど」


 美食にありつく機会が多そうなマルムス商会の娘、ミファリアがそう言うのだから、この地の料理のレベルはさほど高くないのだろう。


「まあ、ここが町で一番の料理屋というわけではないかもしれんが。……都の料理が絶品だったりはしないのか?」


「都と言いますと、帝都でしょうか。皇都でしょうか。帝都に赴いた際の経験からすると、わりと大雑把……、いえ、素朴な料理が好まれるようでした」


「宮廷料理とかはないのかな」


「そのようなものに触れられる立場ではありませんが、帝王家は代々武骨な料理を好むとされています」


「ところで、都が二つあるというのは、この辺りに国が二つあるのか?」


「この地では大国二つが組み合う形となっていまして、ここは帝王国の領内になります。星降ヶ原を含む潜龍河流域は、かつての帝皇戦争で神皇国から組み入れられたそうです。祖父の時代になるようでして、くわしくは存じませんが」


「ほう……。しかし、このパンは意外といいな。単体だと食味はそんなに良くないが、ハンバーグを挟む分にはいい感じだ。もうちょっとだけ発酵させてくれるといいんだが」


 出されたパンは、ユファラ村あたりで食べられている堅パンよりはふっくらしているが、ふわふわとは言えない状態だった。それだけに、バンズとしては向きそうである。


 料理は、少し手を加えればめっきりおいしくなりそうなものが多い。それならば、胃袋蹂躙作戦をこの地でも展開する選択肢もありそうだ。


 食事をしている間にも、ジードとナギが商材の確認などに回ってくれている。二人が戻って食事を終えたら、再始動するとしよう。



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