(33) 治癒術士の立ち位置
襲撃の翌日に、俺達は森林ダンジョンを出立した。各村の東に設置した砦を巡って要員の交換をしつつ、できるだけのゴブリン討伐を済ませてから町へ進みたい。タチリアは、四村の最北であるバーサル村の北西に位置するため、大きな弧を描く道程となる。
ゴブリンを押し込むのが目的であるため、見つけたらすぐに捕捉撃滅を図る。コカゲの指揮ぶりはすっかり安定していて、シャドウウルフを駆ってのサスケの急襲ぶりも凄まじかった。
ユファラ村近辺に現れたオークは、どの場面でも猛進に近い襲撃ぶりだった。対して、ゴブリンは様子見をしながら隙を突いてくるとの話だったのだが、遭遇した群れは確かに狡猾さが窺える戦いぶりだった。戦場が見通しの利かない森だったら、もっと苦労していただろう。
遭遇した群れのボスらしき上位個体は、黒い刀身の剣を振るっていた。こちらも報告通りで、確かに魔王の武器庫にあった初期装備と同じものに見えた。
ノーマルタイプらしきゴブリンは、緑色の皮膚の小柄な体躯の魔物である。オークほどではないが口許には牙が覗いている。
上位個体としては、人間ほどの大きさのものと二メートル級の二種類が見られた。その他に、大きさは標準タイプ相当ながら、牙がやや大きく全体的にがっしりとした印象の個体もいた。
二番手組でも問題なく討伐できただろうが、主力組が当たればほぼ瞬殺状態となった。倒したゴブリンを【圏内鑑定】したところ、所属は空欄状態となっていた。所持している剣の色から、別の魔王の配下なのかと危惧していたのだが、そういうわけではないようだ。
上位個体については、それぞれエリートゴブリンとホブゴブリンと表示された。オークで言うところのエリート個体、マスター個体相当だろうか。
がっしりとした個体の表示は「ゴブリン<オークとの混血>の死体」となっていた。オークのゴブリン混血個体とは容姿がだいぶ異なり、ゴブリン寄りであるように見える。通婚しているのか、抗争の結果として虜囚とされた女性個体から生まれてきたのか。
ユファラ村方面に侵攻してきていたオークと勢力圏がぶつかっていたとしたら、抗争を重ねて両勢力が鍛えられていった可能性もありそうだ。もしかしたら、捕食し合う関係だったのかもしれない。あまり想像したくはないが。
その後もいくつかの群れを捕捉撃滅していくにあたって、同行している冒険者のうち、女性陣の槍使いと治癒士は積極的に協力してくれた。魔王との連携がどうかというよりも、村に向かうゴブリンを退治しているのがポイントのようだった。
俺達の勢力では負傷対応はポーション頼みとなっており、治癒魔法は物珍しい。治療を施す様子をじっと観察していると、モーリアが少し気恥ずかしそうな表情になった。
「どうかされましたか?」
「いや、治癒魔法は俺達にとっては稀少でな。見て何かが盗めるわけではないにしても、今後の参考にしたいと思って」
「そうなのですか。……冒険者の間では、治癒術士はあまり尊重されていません」
「ほう……、どうしてだ?」
「ポーション切れの場合を除けば役に立たない存在を、パーティに加えるべきではないとの考えが強いのです。攻撃の役には立たずに、乱戦のときに自衛も出来ないとなると、軽んじられまして」
「組みたがる者がいないわけか」
「ええ。報酬の配分を減らしてもなお……。系統は違うものの、治療効果としては同様の役割を果たす神官ですと、多少の自衛ができる上に神聖教会の目があるため、やや話が変わります」
「教会が、パーティの意思決定に介入するってのか?」
「町での治癒を握っていますので……」
元世界で言えば、病院が権力を握って私企業に医師を送り込んでいる感じだろうか。……それはつまり、産業医ってやつか? いや、あれにはきっともうちょっとましな意味があるはずだ。たぶん。
「治癒術士で互助会でも作ればいいんじゃないのか?」
「教会に睨まれて、異端認定でもされたら厄介ですし」
ふうっと息をつきながらも、次の患者であるシャドウウルフに治癒を施し始める。魔物相手でも、抵抗感はないようだ。
「冒険者業界も、いろいろ大変なのよ。今回みたいに、ギルドの指名依頼とあっては断りづらいし」
いつの間にか近づいてきていたアミシュが、わざとらしく両手を広げてため息をつく。どうやら、お調子者気質らしい。
「なかなかの活躍だったな」
「いーえー、統率しながら戦うコカゲもすごいけど、あのフウカって子は筋がいいわね。感心しちゃう」
誉めたのは決してお世辞ではなかったのだが、彼女が名を挙げた二人に比べれば実力的に見劣りしそうなのは確かだった。もっとも、ギルド内では中堅メンバーだそうだから、更に上がいるのだろう。
「ギルドが俺達をその場で討伐するぞとなったら、勝負になると思うか?」
「あんたの実力次第だけどねえ……、ギルマスが本気になったら、厳しいかも。ただ、交渉に乗り込んできた相手を騙し討ちにするような人じゃないと思う。人使いは荒いけど」
少し戸惑いを含んだ口調なのは、魔王である俺との距離感を測りかねているためだろうか。
「そうか……。伝えておきたいんだが、フウカは本来なら魔王とは何の関わりもない人間だ。ユファラ村の危機に共同で対応した流れで一緒に行動しているが、魔王の手下ってわけじゃない」
「わかった。もしも手切れになったら、彼女については討伐対象から外すように進言する。……けど、本人が納得しなきゃ、意味がないんじゃない?」
「まあ、そりゃそうなんだがな」
そう言っている間にも、モーリアによる治療はあっさりと完了していた。
「……しかし、いい手際だな。なぜこの能力があって重宝されないんだ?」
「手際……、よいですか? 周囲からは、今回の選抜に含まれたのもギルマスのゴリ押しだと評されましたが」
「今回は、情報の収集と分析の手腕を買われたんだろうがな。……自衛手段を持たないと言っていたが、戒律でもあるのか?」
「闇の精霊が、武具防具のたぐいを嫌がるとされていまして」
「精霊に聞いたのか?」
「いえ、直接にではありません。交信する術は失われています」
ちょっと待ってくれと告げて、俺は脳内通話でソフィリアを呼び出す。のどかな調子でサトミとポチルトとお茶中だったと応じてくるからには、変事はないのだろう。
【ソフィリア、闇の精霊への儀式は伝わってたか】
【はい。闇と、あとは光も】
【治癒術者が、闇の精霊が嫌うから武具防具のたぐいを装備できないと言っているんだが、そういうものかな?】
【過去の書物では、治癒術を使う騎士団についての記述がありました。でしゅが、内部で役割分担をしていた可能性もありましゅ。質問だけなら、新月に合わせて祭壇を作ればできそうでしゅが】
【なら、急がないので、試してみてくれ】
脳内通話を切ると、俺は治癒術使いの女性に向き直った。
「今度、闇の精霊に確認しておくよ」
「はい、期待せずに待っています」
冗談だとでも思われただろうか。そう言えば、精霊であるドリアードのミノリ、ノームのアーシアとの顔合わせの機会はなかったのだが。