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(31) 会見と温泉



 会談場所は、本来なら食堂の方が親しみやすさが演出できるのだろうが、あいにく宿泊客向けの食事処兼酒場として転用済みである。仕方なく謁見の間を使用すると決まった。


 この謁見の間というのは、おそらく着席した魔王と跪いた臣下が対面するための部屋なのだが、来訪者は臣下ではない。椅子を用意して、着席状態で向かい合えるように整えてみた。


 対面すれば、魔王の性質として威圧してしまうだろう。それは本意ではないのだが、この場合は誰かに中継してもらうのでは、おそらく意味がない上に危険なのだった。


 マチによって案内された五人の冒険者は、用意された椅子の近くに立って待っていた。魔王のもてなしは受けないぞ、と言いたげである。


 俺の背後には、本拠地常駐組のソフィリア、クラフト、サトミに、冒険者対応で戻っているコカゲとセルリア、フウカもいた。椅子に腰を下ろすと、配下たちは左右に侍する形となった。


 忍者とダークエルフそれぞれの統率者的な立場である二人が抜けても、一応は回せるようになっているわけだ。ゴブリン討伐はサスケとジードが仕切っており、融合しつつある輸送と隊商仕事については、ルージュとモノミ、セイヤと年若の商人志願組が中心となっていた。


 慣れてきた配下から、さらに統率役や補佐役の候補を抜擢していこうかと考えていると、冒険者の一人、髪が紺色の治癒術使いの女性が跪こうとしたので、手を上げて制する。彼女はびくっとして動きを止めた。


「訪客が膝を屈する必要はない。椅子に座るもよし、立ったままでもかまわないぞ」


 怯えた様子ながらも、治癒者は椅子に腰掛けた。オレンジの髪の女性槍使いもそれに続き、斥候、男性魔法使いも腰を下ろす。最後まで立っていた男性剣士は、忌々しそうに他の四人に倣った。


「威圧する形になって悪いな。これは、魔王の性質で止められんのだ。……我が名はタクト。魔王をやっている者だ。来訪の用件を聞かせてもらおうか」


 口を開いたのは、意外にも女性槍使いだった。事前の諜報から、てっきり男性剣士が仕切るものかと思っていたのだが。


「あたしはアミシュ。タチリアの町の冒険者ギルドからの依頼で、魔王について調査に来たの。村や商人と交流しているようだから、手っ取り早く話してしまった方がよいかと思って」


 目線こそ合わせないが、怯えて話せないような状態ではない。そこはそれ、戦闘に慣れた冒険者だからだろうか。収まりの悪そうな髪の影響もあってか、活発な印象が強い。


「ああ。何が知りたいんだ?」


「魔王であるあなたの目的と今後の活動について」


 いきなり本題に入るのか。


「目的か。俺自身と配下の生存だな」


「それと、村との交易はどう関係するの?」


「商売も含めて交流していたユファラ村に、オークの脅威が迫った。だから、協力して撃退した。その流れで、近隣の他の村とも交流しつつ、ゴブリンからの防衛を頼まれている。そんなとこだな。……逆に聞きたいんだが」


 頷きによって、女性槍使いが続きを促してきた。


「冒険者ギルドはなぜ、ここらの村からのゴブリン討伐要請を受けなかったんだ? 本来は人間社会内で対応する話だろうに」


「さあ……」


 彼女は、困ったように左右の仲間に視線を送る。男性陣三名はそれぞれ表情は違うが口を閉ざしている。やがて沈黙を破ったのは、先ほど跪こうとした女性治癒者だった。長いまっすぐな髪は、戦闘時に邪魔にならないかと他人事ながら心配になる。


「モーリアと申します。侯爵家はこのところ跡目争いで大変みたいなので、そのせいかもしれません」


「内情を話すんじゃないっ」


 飛んだ鋭い叱責は、少し陰のある男性剣士の口から出ていた。モーリアと名乗った女性の対応が気に障ったのか。険を含んだその目付きには、どこか元世界のタケルを思い起こさせるものがあった。


「ちょっと、偉そうに指示するなら、自分で話しなさいよ」


「知るか。会って話を聞こうと言い出したのはお前じゃないか」


 小声で深刻な言い争いが行われているのを、他の三人が静かに見つめている。この前衛二人はパーティ内で強い発言力を持っていそうだが、連携は取れていないようだ。


「いずれにしても、滞在して調査してかまわない。聞き取りしたい相手がいれば、調整しよう」


「助かるわ」


「ふん」


 前衛二人の好対照な反応で、会見は打ち切られる形になった。




 会見結果を踏まえて情勢分析をしたところ、悪くない展開ではないかとの意見が多かった。特に女性槍使いのアミシュは情報収集に励んでいるため、俺達に好意的な意見に多く触れていそうだという。


 対面時に沈黙を守っていた男性陣二人は、やや微妙な反応を見せているようだ。まあ、全員一致して滅ぼすべしとならないだけでも、よしとすべきだろう。


 会見の後、何人かは畑にも訪れて農作業の様子を観察していたという。現状は、じゃがいもが収穫に近づきつつあり、トマトが背を伸ばして葉を繁らしている最中だった。


 食事と温泉でもてなすのは、計画の根幹である。夕食も準備が進んでいるが、まずは露天風呂の出番となる。


 風呂は、先日のお披露目パーティーで招いた商人や友好関係にある村の主だった面々からも好評で、また入りに来たいとの声も聞かれた。ただ、商人向けの料金設定としていたために、さすがに頻繁には来づらいだろう。そう考えると、近隣の村人向けの優待料金なり、定期的な招待制度なりを考えるべきかもしれなかった。


 冒険者達も入浴しようとなったようで、俺達の入浴予定について質問があったそうなので、主力勢がタイミングを合わせて入ってみようとの話になった。裸の付き合いで、一気に親交を深めようとの狙いである。あ、もちろん、男女別だぞ。


 女性陣の方は華やかだろうが、男性側は俺の威圧効果の件もあって、微妙な展開になりかねない。彼らが入っているところにあいさつ程度に顔を出し、体を洗ったらざぶんと湯に浸かるのみで出るのがよさそうだった。


 風呂部分は、クラフトの趣味で改造が施され、より広くより風情漂う状態になっている。


 男湯では、斥候役と魔法使いは既に湯に浸かっていた。洗い布一枚になった俺は、ひと声かけて風呂場に入っていく。


 村人ならあっさりと威圧されてしまう場面だろうが、さすがは冒険者達でリラックスモードを維持している。こうなると、より高レベルの者たちなら威圧をまったく気にしない可能性も出てきた。まあ、雑魚敵除け程度なのかもしれない。


 かけ湯を済ませて洗い場に向かおうとしたところで、男性剣士が突進してきた。その手には、ぬらりとした紫色にきらめく短剣が握られていた。


 湯船の方から静止の声がかかったが、間合いが近すぎる。固有武器である「黒月」を顕現させる間もなく身をかわすが、左腕を刃先がかすめた。体勢を整えて、剣を実体化させようとする……が、力が入らない。


「毒が回ったようだな」


 にたりと笑った冒険者が、短剣を振り回してくる。後退すると、どんどんと間を詰めてきた。


「なにやってるのよ。やめなさいっ」


 鋭い叫びは、女性槍使いのものだろうか。男性冒険者達も加勢してこないからには単独行動なのかもしれない。


「戦士たる者が毒とはな」


「うるさいっ。魔王のくせに生意気な」


 どうやら、だいぶ沸点が低めの人物であるようだ。けれど、手刀で毒刃に対抗するのは、不可能ではないにしても厄介な事態である。どうしたものかと考えていると、壁を越えて一直線に走ってきたコカゲの小太刀が、冒険者の首を一撃で貫いた。ちょ……、お前ら、風呂になにを持ち込んでいるんだ。


「主さま、ご無事ですか」


 女忍者の細身の裸身が、返り血で赤く染まっている。その姿は、単純に綺麗だった。


「毒を受けたようだが、致命的ではなさそうだ。……殺しちゃったか」


「いけませんでしたか?」


「いや、問題ない」


「ですが……」


「強いて言うなら、平和的な偵察のはずが、殺害を試みた者すら殺さずに送り返す形の方がより理想的だったかな」


「主さまの意向を汲み取れず、申し訳ありません。何なりと処罰を」


「いや、自分の判断で正しいと思う行動を選択するのはとてもよいぞ。その調子で動いてくれ」


 問答している間に、俺とコカゲは他の男性冒険者二人を拘束していた。仮に単独行動だったにしても、目の前で同行者が殺されたにも関わらず、戦機は生じなかった。俺達が会話をしながら、淡々と制圧しているためか。


「それはそれとして、前を隠せ」


「そうでした、主さまは慎ましい女性がお好みでしたね」


「いや、そうじゃなくてな」


 よその男たちに見せるには、惜しい裸体だと感じてしまったのだった。ぬかりなく携えてきていたらしい洗い布で、慎ましい双丘などの重要部位が隠される。


「あー、彼らにも服を」


 慌てて入って来ていたポチルトに頼んだ頃には、辺りはだいぶ騒がしくなってきていた。


「今さらですが、他の者達の口は塞がずによろしいのですか?」


 声を潜めてのコカゲの問い掛けに、拘束された冒険者たちの表情が歪む。


「できれば避けたいところだな」


 そうして、湯けむり温泉魔王襲撃事件は幕を下ろしたのだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 今後は冒険者に対して滞在中の完全な武装解除(帰る時に返す)を要求してもおかしくなくなりましたね。冒険者ギルドが友好路線になるなら賠償も請求できるので、剣士君は良い仕事をしてくれた。
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