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(30) 五人の来訪者



「いやはや、どうなるかと思いましたよ」


 執務室にやってきたマチが、大きく息を吐く。応じたのは、隣のコボルトだった。


「ハイ。だいぶきつかったデス。力不足を痛感しました」


 ポチルトの人間語はすっかり流暢になっていて、小綺麗な服装もあって魔物めいた印象はだいぶ少ない。


「よく凌いでくれたな。概ね満足して帰っていったんじゃないか?」


「破綻を防げたのはよかったですけど、破綻しかねないポイントがいくつもあったのは、問題ですよねえ」


 ほんわかとした笑みを浮かべる生贄として加入した女性の言う通り、料理や飲み物の提供でも、人の誘導や風呂とそのあとの氷菓の振る舞いなどでも、想定通りいかなかった点は多かった。


 魔法に興味を持つ未亡人との触れ込みで加入したマチは、料理が得意なために参加してもらったのだが、実際には気が回る人物だったので、全般の仕切りをお願いした形である。


 想定段階で食事については考えていたのだが、もてなしの部分の意識が薄く、対応がしきれなかったのが実情だった。


「動ける人材が思ったより少なかったのが敗因かな」


「ハイ、そのようデス。宿屋での対応については、気の回る者が他のスタッフに指示をしてなんとかこなせましたが、宴となりますと」


「同時多発的に、手がかかる場面が生じたわけか」


「ええ。しかも、商人対応も必要でしたしね」


「そうなると、スタッフを確保して育成していかないとだな。マチやポチルトを張り付かせるわけにもいかないし。……料理やデザート、温泉はよろこんでもらえたようだったな」


「それはもう。揚げ物やグラタンといった料理が特に好評でした」


 肉類はある程度味の想像もつくだろうから、カツやてんぷらにグラタンといった、この世界では目新しい食事に注目が集まるのも当然だった。氷菓は、今回招いたあたりの人々は既に体験済みとなっている。


「気が回る人材としては、セルリアが思い浮かぶが、ゴブリン討伐も目処が立たないしなあ」


 ダークエルフの統率者にスタッフを鍛えてもらえれば、どうにか陣容が整うかもしれない。ただ、貴重な人材であるために、戦闘方面から離脱させるのも難しかった。


 今回限定でセルリアを呼んで、使えそうな人材を見繕ってもらう手もあったのだが、拠点にいる顔触れでどうにか凌げるだろうと踏んで、敗北しかけたのが実情だった。破綻はしなかったものの、ポチルトとマチにはだいぶ負担をかけてしまった。


「そういう話でしたら、適性のありそうな人が何人かいらっしゃいましたよ」


「ほうほう」


 話を聞いてみると、戦闘能力がいまいちな忍者、ダークエルフの中に、ある程度気が回りそうな人物が三人ほどいたらしい。本人の志望も踏まえる必要はあるが、専従させてみるのもいいかもしれない。


 ともあれ、宴を頻発させる予定はない。商人相手の宿屋として考えれば、現状の配置でも回せそうだとの結論で、振り返りは終了した。


 ログを確認したところ、多数の外来者のダンジョン滞在によって、なかなかのCP、創造ポイントが獲得されていた。これまでの訪問者はほぼ単独行動だったわけで、多人数の来訪でそういう結果となったのだろう。


 本来は、ダンジョン攻略を図る冒険者や軍勢を滞留させてCPを確保する仕組みなのだろうが、これだと人を強制移住させて稼ぐのも可能そうだ。ユファラ村から来てもらっている農耕援軍の長期招致が実現すれば、同様の効果が生じるかもしれない。


 宴の準備が整い実行される間にも、東方から接近するゴブリンの撃退と通商とは継続しており、CP、創造ポイントの獲得と配下の育成は順調に行われていた。各村から出される見張りとの連携も、進展しているようだ。


 そんな中で、冒険者達がやってくるとの知らせが入った。




 魔王について聞き込む冒険者の一団の存在については、マルムス商会からの急報とバーサル村からの連絡とが一致して、早々に把握できた。


 前衛役らしい男女と、斥候らしい男性、支援系の男女という五人組は、案内役らしい軽装の人物と一緒にユファラ村方面を目指しているという。


 急襲するつもりならば、企図を隠しそうにも思えるが、この地での常識はどんなものだろうか。


 対応については、コカゲらと脳内通話で相談した上で、諜報系を得意とするジードとモノミによって、行商人を装っての接触が行われた。


 やがて入ってきた報告によると、どうもエース級冒険者なわけでもなさそうで、やる気面でもメンバー内で温度差があるようだというのが二人の見立てだった。


 構成は、前情報通りに男性の剣士、女性槍使いの前衛コンビに、男性の斥候、女性治癒者、男性魔法使いという五人組で、案内役っぽかったのは剣士付きの従卒らしい。魔法の使い手の確保に苦労している状態なので、その構成は正直なところ羨ましい。


 馬車を使うつもりはないようで、村に泊まったり野宿をしたりの行程となる。特に迎える準備があるわけでもなく、到着まで観察を続ける形となった。


 


 冒険者達がユファラ村に宿泊した晩の深夜には、より詳しい情報がもたらされた。距離を考えれば、直接こちらに来てもよさそうなものだが、魔王の本拠に近づくと考えれば、常識的な選択なのだろうか。


 剣士付きの従卒は途中で離脱したらしいので、単なる道連れ的な感じだったのかもしれない。


 五人の中でも、調査対象に対する認識はさまざまなようだ。魔王が村人たちに友好的で、物資売買や防衛協力などの交流があるとの話に対して、安堵している面々と懐疑派とに分かれているらしい。


 また、彼らは元々の仲間なわけではなく、今回の任務のために編成された急造パーティーであるようだ。魔王の情報収集という危険な依頼だったために、忌避する者を除いた中堅メンバーといったところか。


 冒険者たちにとっての、領内に現れた魔王への対応よりも優先すべき事柄が何かは不明だが、そこは考えても仕方がない。


 そして、ついに冒険者が我がダンジョンに侵入する日がやってきた。久しぶりにシステムボイスが聞けるかと身構えていたのだが、一般ビジター扱いのようで特にアナウンスはなかった。


 冒険者であろうと入り口は変わらず、入域を妨げる者はいない。森林ダンジョンであるからには、進路は自由に選べるわけだが、進入してすぐに旧居館、現宿屋が視界に入るため、そこに向かうしかないだろう。まして、今日は滞在していた商人が出立の準備をしていた。


 居館の玄関で待ち構えるのは生贄出身のマチで、彼女が五人を案内しつつ意向を確認する手筈となっている。やがて届けられた報告では、対面の要望があったそうだ。


 受けるのはよいとして、すぐに応じるのはうまくないというのが、ソフィリアの見解だった。事前にこちらの状況を把握させた方がよさそうなのは確かで、まずは食事でもてなしておいて夕刻に会う約束をした。




「それで、五人の様子はどうだった?」


「女性のお二人は、食事を楽しまれていましたね。チキンカツとグラタンにパンと果物という献立でしたが、特にグラタンがお気に召したようです。男性陣は二人はそこそこに、一人はまったく手を付けず、持ち込んだ糧食を口にしておいででした」


 食べなかったのは、敵意をあらわにしているらしい男性剣士だろう。そう考えると、魔王の勢力圏で出された食事に口をつけるのだから、他の四人はだいぶ気を許しているようだ。


「それと、域内にいるモンスターは攻撃しないようにと言い渡したのですが……」


 ポチルトらのコボルトもそうだが、森林ダンジョン内にはシャドウウルフやハッチーズなども住んでいる。商人が攻撃する状況は考えづらかったが、冒険者が訪れるとなると戦闘の可能性が出てきてしまう。


「どういう反応だった?」


「だいぶ不服そうでしたが、承知いただきました。食事を召し上がった四人は、森を散策しておられたようです」


 モンスター側には、従来から来訪者への攻撃禁止を言い渡してあり、シャドウウルフやハッチーズも仕掛けたりはしない。結果として、外界の森よりもよほど安全な散策となるだろう。


「宿には、今は他に客はいるのか?」


「隊商二つが滞在中です。ひとつはマルムス商会ですね」


「支援に入ってくれてる感じか」


 冒険者がやってくる件を知らせてくれた経緯もあるし、タイミングを合わせて逗留して友好ムードを演出してくれているのだろう。まあ、ありていを伝えてくれれば問題ない。そのあたりは、彼らの裁量に任せてよさそうだ。


「では、会談は予定通りでよさそうだな」


「はい。後ほど、謁見の間にお連れします。先触れを出しますので、ご準備ください」


 そう告げたマチは、おおらかな笑みを浮かべている。本来なら魔法研究に時間を費やしたいのだろうが、ついつい頼ってしまっている。


 やはり、内向きの人材を確保する必要がありそうだった。



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