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(3) 外の世界


 森林ダンジョンから出ると、そこはまた林だった。とりあえず木の少ない方に歩いてみると、森林ダンジョンの中との雰囲気の違いが強く感じられた。音の響きがまるで違うのである。


 鳥や虫の気配が感じられるだけでなく、森林ダンジョンとは何かが根本的に異なっているように思えた。まあ、その検証は後回しにするとしよう。


 初期装備である布の服にはポケットが付いていて、そこには革製の財布が入っていた。貨幣が何枚かあるので、人里さえあれば食料を恵んでもらうくらいはできるだろう。


 窪地にあった池に自分の姿を映してみると、どうやら元の容姿から変わっていないようだった。角なども特に見当たらない。


 元世界では人畜無害が売りだった俺なだけに、魔王だと気取られたり、怖がられたりする可能性は低いだろう。いっそ、ダンジョンを放棄して旅に出てしまった方がよいのだろうか? そうそう、魔王はダンジョンや魔王城の付属物ではないので、拠点が攻め落とされても即座に死亡とはならず、放棄も可能であるようだ。


 歩いているとうっすらとした道が出現して、やがて村と呼んでよさそうな集落に到達した。逆側には、畑が広がっているようでもある。


 簡素な柵こそあるものの、特に境界というわけでもなく、すんなりと入れてしまう。魔物を数十体も生成して攻め込めば、あっさりと蹂躙できてしまいそうだ。……いかん、思考が魔王になっている。


 意識してへらっとした笑みを浮かべて、通りかかった村人に声をかけてみる。と、ものすごい恐怖の表情を浮かべて、回れ右をして走っていった。後ろになにか怪物でも出たのかとつられて走り出すと、村人はうわごとのように叫びながら速度を上げ、建物の中に飛び込んだ。そして、他の村人も同様に駆け去っていく。


 後方を確認すると、特に化け物などは現れていないようだ。だとすると、俺に恐怖して逃げ出したと考えるしかない。売りだった人畜無害さがここでは効かないらしいことに、わりとマジでへこんでしまう。


 すごすごと撤退しようかと考えていたところで、右手の家屋の扉が開いた。幼子の手を引いて出てきた若いご婦人が、俺を見て腰を抜かしたように倒れ込む。束ねられた緑色の髪は、もっふりと柔らかそうだ。


 特に睨んだわけでもないのだが、彼女はへたり込んだ状態のまま、後ろ手に子どもを中へと押しやった。


「ど、どうか、息子の命ばかりは……、お願いします」


 ものすごく深刻な表情で哀願されてしまう。俺は、幼子を虐殺するような存在に見えているのだろうか。まあ、魔王とはそういうものかもしれない。強い拒絶に暗然としながらも、声をかけてみる。


「子どもに手を出したりはしないから安心しろ。ところで、なにか食べ物を分けてくれないか?」


「は、はい! パンでよろしければ……」


 恐怖の表情の中に、希望の光が灯ったようでもあった。そして、少なくとも話は通じているわけだ。


 持って来られたパンが、こわごわと差し出される。受け取ると、財布から取り出した貨幣を差し出してみる。


 手を出さずに首を振られたが、さすがに奪う形はうまくない。膝を屈めて玄関に置くと、俺はパンを手にその場を離れた。


 歩いていくと、あっさりと村の中心部に到達する。人が現れないのは、情報が伝わったためだろうか。


 途方に暮れていると、やがて老齢の人物が腰低くやって来た。震えながら、数歩先で平伏する。


「魔王様とお見受けします。どうかご容赦を……」


「心配せずとも、害を為す気はない。食料を提供してくれれば、なにか対価を支払おう。どうだ?」


「生贄を献上しますので、どうかご容赦を……」


 その後も問答を展開しようと試みたものの、その老人は気力を振り絞って、事前に思い定めてきた言葉を口にするのが限界らしく、会話が成立しそうにない。あきらめて撤退しよう。


 しかし、これだけ怖がられてしまうと……。俺は単純にへこんでしまったが、いい気になって無体な要求をしたり、蹂躙したりする者も出そうだ。ましてや、人間を虐殺するのが基本スタイルだった「魔王オンライン」の蹂躙派ユーザーらが大挙魔王化し、同時期に一気に出現しているとしたら……、多くの惨劇が発生しているのかもしれない。


 そして、拠点を畳んで人間社会に紛れて生きていく案を実行するのは、どうやら難しそうだ。村の老人にすら、魔王と見破られてしまったのだから。


 ……いや、待てよ、あれは風俗街の呼び込みが誰彼かまわず社長サンと呼びかけるという風習のように、強そうな魔族っぽい相手を、魔王様と呼んだだけなのかもしれないか。


 ただ、いずれにしても、ここまで怖がられた状態で人間と交流するのは無理がありそうだった。


 とぼとぼと来た道を戻ると、ダンジョンの入口が見えてきた。洞窟に入るとまた森が広がるというのは、なかなかに不思議な情景だった。


 その事象の検証をする気力は、正直なところ今の俺には残っていない。居館に戻り、寝台へと倒れ込んだ。コボルトの姿は見当たらなかった。


 村人にああして怖がられるからには、蹂躙するにせよ支配を目論むにせよ、魔物による軍勢を整えて攻め込むしかないのだろう。だが……。


 寝床でかじったパンは、酸っぱくて堅かった。せつなかった。



 窓からは朝の光が入り込み、柔らかな雰囲気の中で俺は二度寝を決め込んでいた。すると、唐突に脳内にいつもながらいい声のアナウンスが響いた。


<1番ゲートから、最初の侵入が感知されました。なお、アナウンスは初回のみで、次回以降は告知のみとなります>


 ていねいなことである。意識を集中させると、脳内にウィンドウっぽい映像が浮かんでいるのがわかった。


 そこには、一人で歩いている女性の姿がある。無造作に束ねられたくすんだ茶の髪が、ぽすんぽすんと揺れている。村人たちがあれだけ恐れていた存在の勢力圏に入っているというのに、臆する様子は見られない。


 脳内に浮かぶダンジョンマップでコボルトの現在位置を確認すると、居館の裏の森を歩いているところだった。散歩中だろうか。


 入り口から居館が見えるためか、侵入してきた女性は迷わずにこちらに向かってくる。また怯えられるのだろうと考えるとやや気が重いが、出迎えるしかないだろう。


 対峙は、玄関に至る階段のところで実現した。


「用件を聞かせてもらおう」


 見上げてきた若い女性は、すぐに怯えの色を見せて目線を落とした。垂れ気味の目を、長いまつ毛が覆っている。


「あたしはメルイリファ。生贄としてやってきたの」


「ほう……。もてなしの用意はできてないが、入るがいい」


 おとなしくついてくる人物を、食堂へと案内する。謁見の間で話すってのも、気詰まりだからね。


 視線を交わらせずに済むよう、左の斜め横の席を指定すると、素直に腰を下ろした。けれど、その椅子を引いた手はかすかに震えているようだった。村人たちと同様の恐怖を感じているとしたら、強い自制心を発揮しているのか。


 年の頃は二十歳そこそこだろうか。顔立ち自体はほにゃっとしているのだが、緊張感で引きつっているようでもある。


「生贄という概念をよく知らないんだが、具体的にはどういうものなんだ?」


「えーと……、喰われるかもと聞いてきたけど」


 魔王は人を喰うと思われているのだろうか。


「喰わないし」


「そうなの……? じゃあ、えーと。貞操の方? 一応、初めてなんだけど、その……、壊れない程度にしてもらえると助かるな」


「いやいや、そっちの意味でも喰わないし」


 もじもじして顔を赤められても、正直困ってしまう。再度の否定に、メルイリファと名乗った女性が不思議そうな表情を浮かべる。首が傾げられると、その勢いで束ねた髪が跳ねた。


「じゃあ、あたしは何のために来たの?」


「こちらが求めたわけじゃない。帰ってもいいぞ」


「うーん、あたしはあの村にとって不要な存在だから生贄として送り込まれたの。だから、返されても困ると思うのよね」


 激しい内容を口にしている割には、さばさばとした口調である。


「不要というのは?」


「不必要なことに興味を抱き、縁談も断って嫁ぎ遅れた行かず後家だもの。厄介払いなのよ」


「身寄りはいないのか?」


「うん。両親は他界したし、他にあたしがいなくなって悲しむ人はいないかな。孤児の子が懐いてくれてたから、その絡みくらいで。だから、帰る場所はないの」


 そう聞くと、なんだか自分の境遇と重なってしまう。


「それに、あたしが戻れば……」


 他のだれかが、代わりに送られてくるわけか。


「なら、行く場所が決まるまでいるといいさ。俺が滅ぼされるまで、ここを家だと思ってくれていい」


「……ありがとう」


 礼の言葉を口にしながらこちらに目線を向けると、やはり彼女の顔に怯えの色が走った。間の悪いことに、そのタイミングで俺の腹が鳴る。


「やっぱり、食べちゃう?」


 そう言いながら、自分を指差している。


「いや、喰わんし」


 そうは言っても、腹が減ったのは確かである。そのとき、扉の外でことりと音がした。


 見に行くと、床に置かれているものがあった。何種類かの果物のようだ。小粒のぶどうらしきものも含まれている。


「あら、おいしそう」


「食べられるものか?」


「ええ、この辺りで一般的に食べられている果物よ。あなたの他にも誰かが住んでるの?」


「コボルトが一人。……食料を持ってこいと命じておいたわけじゃないんだけど」


「気が利くのね」


 まったくだ。犬の顔をしたモンスターだけに、忠犬感が漂う。


「せっかくだから食べるとしよう。……そのコボルトも呼んでいいかな?」


「もちろん」


 居館の食堂に来るようにと念じてみると、コボルトは時間を置かずにやってきた。一緒に食べようと言葉をかけると、なにやらくぐもった声での反応が返ってきた。否やはなさそうだが、体型的に椅子に座るのも無理がありそうだ。


「問題なさそうだ。いただこうか」


「あ、その前にあいさつしてもいいかしら」


 頷くと、彼女はコボルトに向き直った。


「こんにちは。あたしはメルイリファ。今日から、ここで暮らすことになりそうなの。よろしくね。……この果物、あなたが取ってきてくれたのよね。ありがとう」


 モンスターを間近にしながら、明らかに俺に対するよりも恐怖心がない。また少しへこみながらも、まんざらでもなさそうなコボルトの反応は微笑ましく感じられる。


 メルイリファは、俺を直視するのがどうにもきつそうなので、椅子を背中合わせにしてみる。コボルトは、当然のように床に腰を下ろした。不思議な食事が始められた。


 果物は現代日本で食べたような甘いものではなかったが、なかなかに瑞々しく、とてもおいしく食べられた。空腹のためもあっただろう。


 食事を終えて去ろうとするコボルトに、俺は声をかけた。


「食べ物をありがとうな。コボルトと呼びかけるのもなんなので、名前をつけるぞ。……そうだな、ポチはそのまますぎるから、ポチルトでどうだ?」


 コボルトのしっぽの反応を見ると、どうやら喜んでくれたようだった。



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