(28) 砦のあるべき姿
数日が経過し、三つの村の新たな代表が、ユファラ村に集っていた。
事前の諜報によれば、領都から追い返された討伐嘆願の使者は、タチリアの町の冒険者ギルドにも対応を断られてしまったそうだ。
襲撃が現実の脅威となった状態で、討伐嘆願に時間を費やして成果が得られなかった長たちは、厳しい立場に追い込まれたのだろう。長の座を明け渡したわけではないにしても、魔王への庇護要請の邪魔立てはしないとの妥協が成立したようで、今回の会合が行われている。
俺は一応、代表者と顔合わせはしたものの、怯えられた状態では対話にならないので、今回もソフィリアに仲介を依頼した。ただ、彼女の意図せぬ暴走を防ぐために、サトミとナギ、そしてセルリアとコカゲにも同席してもらっている。
申し入れの内容は、ユファラ村を含めた四村連合として、庇護を正式に依頼したいというものだった。
本来なら、歓迎すべき内容なのだろう。けれど、俺はその話を断ると決めた。
その代わりに提案したのは、防衛はあくまでも村の有志が行う形として、そこに俺達が傭兵的に参加するという枠組みだった。具体的には、ユファラ村の東方に設置したような砦を要所に配して哨戒を行い、ゴブリンを発見したら竜車で急行しようとの構想となる。
【はっきりとした関係性は望まないとの理解でよいか、と聞いてきていましゅ】
交渉の現場にいるソフィリアの問い掛けが、俺の脳裏に反響する。
【今後の展開によって、いつでも関係性を断てるようにな。俺が討伐されるとなったとき、村の住人達が連座する形となるのは本意ではない】
【申し伝えたところ、ご配慮に感謝すると、ユファラ村の代表二人が礼を述べました。他は戸惑っているようでしゅ】
【報酬は、討伐に参加する者たちへの食料供給だ】
【それだけでよろしいのでしゅか?】
【砦に詰める人員を村から出すのなら、人手としてかなりの痛手となろう。その上では多くは望めまい。ただ、商いは継続させて欲しいところだな】
その後、セルリアにも脳内通話をつなげて様子を確認してみた。俺の指示から大筋は外れていないものの、アドリブも多めなソフィリアの独演会は、ユファラ村の面々からは愉しげに、他の村の代表からは目を白黒させながら受容されていたようだ。
当然のように指揮系統の一本化を主張し、コカゲを統率者とする方向性でまとめてしまったそうで、やはり暴走させると危険であるようだ。いや、一本化は必須だとは思うけどもね。
◆◆◇バーサル村◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ラーシャ侯爵領の南方四村が魔王タクトとの連携方向に舵を切ったために、立場を失った者は少なくなかった。
バーサル村に移住してきて日が浅い金髪の若者、クルートもその一人となる。
自警団としてオークに遭遇して、すぐに逃亡したのをきっかけに、彼はユファラ村での立場を失ってしまった。けれど、亡き母親の出身地であるバーサル村では、南方に出現した魔王への警鐘を鳴らす者として、一定の存在感を示していた。
クルートのあでやかな金髪はこの地ではややめずらしい色合いで、整った顔立ちと合わせて初見での信頼感を増幅させる効果があった。それもあって、彼の語ったユファラ村の中心人物が魔王に籠絡されるまで……、配下の魔物を使って襲撃し、それを撃退してみせる自作自演の手法で騙す、との筋立てを信じる者も少なくなかった。バーサル村が当初、タクト配下の竜車との通商を拒んだのは、彼の言説の影響が大きい。
一方で、クルートは当初のゴブリンによる襲撃の際には、味方を犠牲にしつつも活躍を見せた。オークよりもゴブリンの方が与しやすいと考えたためもあるが、実際のところ彼の剣技はそこそこのレベルには達しており、ノーマルタイプのゴブリンやオークであれば、討伐は可能だった。もしも孤児の少女と手合わせしていなければ、彼の未来は別のものになっていたかもしれない。
襲撃は、魔物の脅威を村に強く印象づけた。魔王の意趣返しで意図的に防がなかったのだとの主張は、元々の自作自演説とは矛盾する面もあるのだが、そこに関心を持つ者はいなかった。
けれど、他の村で襲撃が防がれた話が伝わり、バーサル村からも魔王との連携を求める者が現れ始めた。そして、領都からもギルドからも討伐隊は来ないらしいとの話が広まると、雲行きが怪しくなった。
他の村が魔王からの通商で得ている商品の話が、徐々に伝わってきたのも大きかった。搾取を狙っているのだと言っても、町からの商人が買い叩いていく村の産品をいい値段で買ってくれるとなれば、通じなくなる。
この星降ヶ原の商人の総てが、とにかく買い叩こうとするわけでもないのだが、利益を得ようとするのは当然である。一方のタクトは、継続した商いのために買い取るものを積極的に探して、収支を合わせようと動くのだから、だいぶ方向性は異なるのだった。
バーサル村に入ってくる魔王勢力の商品は、元値からすれば割高なのだが、それでも町から同等商品を仕入れよりも魅力的な価格となっている。さらに、一部の商品については、町からの商人に転売すれば利ざやが出る状態だった。
連携派と呼ぶべき勢力が生じると共に、とにかく自衛をとの動きも出て、空気が変わりつつあったところで、ゴブリンの五十匹規模の群れが襲来した。
絶望的な戦いとなり、気が逸った若者たちが迎撃に出て全滅するという事態もありながら、魔王一味の来援でどうにか撃退できた。
クルートは防衛戦に参加し、何匹かのゴブリンを倒していた。称賛されるべきだと考える彼をよそに、村の空気は一気に魔王との連携に傾いた。撃退を済ませた一味の竜車が、すぐに警戒のために出立したのも大きかった。
村の状況が変化すれば、クルートの置かれる立場も変わる。当初は、村の長の知恵袋的な存在として重宝されていたのが、間違った情報で村の舵取りを誤らせ、少なくない犠牲者を出した原因だとみなされるようになった。
そうなれば、容姿に色めき立っていた村娘たちも、あっさりと距離を置くようになる。
ただ、そうなっても彼の心境にさほどの変化はなかった。この場での立場を得ようと仕掛けて、失敗したという程度の認識である。
魔王が打倒されるべき存在である以上は、糾弾を続けていればいつかは勝利側に立てる。それが彼の計算だった。
ゴブリンとの戦闘経験も得られ、魔王のやり口をさらに把握できたという意味では、バーサル村での滞在は悪くなかった。クルートはそう結論づけ、将来設計に修整をかけた。
次に向かうのは、タチリアの町である。旅支度はすぐに整った。
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砦を築こうとの話になって、俄然として張り切りだしたのは意外にもサトミだった。図書室には戦時建築関連の書物が多くあったそうで、城砦やら防壁やら塹壕やらが即席版から恒久対応まで図入りで描写されていて、すっかり魅せられていたらしい。魔王の図書室のはずなのだが、人類勢力攻略のための参考書的扱いなのだろうか。
砦のあるべき姿について熱く語る彼女に呼応したのはクラフトで、工業方面を一手に担う彼が乗り気になった以上は、本格的な話となりそうだった。
ただ、二人の関心は建築面に集中していて、立地には興味がないように見える。地勢把握の能力が必要そうだが、正直なところ俺はそちら方面にはさほどの知見はない。建設場所については、配下から意見を集めてみた。
幾つかのざっくりとした提案の中に、なかなかに緻密な地図が一つだけ紛れていた。遠見や忍び足などの斥候、隠密行動系スキルを持つ、鋭い目つきが特徴的な男性忍者が書いたものだった。
ユファ湖から北東へと流れる川の西岸から三地点が選ばれていて、どこも川向うまで見渡せそうな位置となっている。川岸近くには六つの小さな丸が書き込まれ、さらには東岸にも幾つか印がつけられていた。
呼び出して説明を求めたところ、当初の三地点に砦を築くのが最善で、できれば川のこちら岸に簡単な櫓を建てつつ、対岸に橋頭堡的な設備を、との構想のようだった。偵察方面の特技を持つ上に、湖の北の丘に監視拠点を設置する提案をしたのも彼だったそうなので、そのあたりを得意分野としているのだろう。
なお、目付きは鋭いものの特にきつい性格というわけではなく、むしろ劣等感を抱いていたらしい。きりっとしてかっこいいと思うのだが、忍者としてはジードのような朗らかな印象である方が、情報収集のしやすさの点で有利だという事情があるようだ。
提案内容をコカゲとセルリアに諮ったところ、概ね賛同が得られたので、この案をベースに進めると決めた。そして、それに先立って提案者である斥候系スキル持ちの忍者への名付けを実施した。
仲間内で使っている名前を使うのと、新たに俺がつけるのとどちらがよいかと訊いたところ、名前をつけて欲しいとの答えだった。少し迷った末、斥候、偵察系との連想から「モノミ」としてみた。ログを覗くと、名付け分のCP、創造ポイントは即座に消費されていたので、これまでの交流や戦闘を共にした経験などで友好度は上がっていたのだろう。
一方で、彼に部隊運用について問うてみたところ、はっきりした答えは返ってこなかった。総てに通じているわけではないのは、むしろ当然だろう。運用については、コカゲら竜車組と、サトミ、クラフトの砦検討組にソフィリアとモノミも含めて検討していくとしよう。
そのあたりのやり取りの中で、新たに名を与えたモノミのステータス値をじっくりと確認したのだが、射手向けのスキルがいくつか目についた。当初からあったのなら、弓矢使いとして育成しようとしていただろうから、レベルアップなどの際に付与されたものなのだろう。
本人に聞き取りをしたところ、主に剣で戦ってきたという認識で、弓矢や投擲を中心にしてはいなかったそうだ。となると、生成後の行動によるものではないわけだ。
ただ、弓や投擲には興味を持っていたそうで、そちら系を中心に経験を積んでいこうかとの話になった。近接向きの投擲武器は、クラフトによって手裏剣と投げナイフが準備されつつある。砦を築こうとするからには、より遠距離向けの投擲兵器も検討してみようか。
モノミは砦がらみで交流したから把握できたのだが、他の面々についても同様に適性や興味のある分野があるのに、違う方向を押し付けているケースもありうる。そう考えた俺は、配下の習得スキル、本人の好み、適性の棚卸を実施したくなった。
スキルに関しては、視界の入る状態で【圏内鑑定】を実行すれば把握できるのだが、本人の好みと適性については、聞き取りに加えて実地で試す必要がある。
近接武器として、刀、剣、槍、槌あたり、弓矢に投擲武器、魔法、書物の読解、料理、農業、動物扱い、鍛冶、工芸といったあたりが当座の選択肢となろうか。
志望の聞き取りと、各分野をどう試すかについては、サトミが統括しつつ、ソフィリアとポチルトが共同して主導する形とした。もちろん、俺も随時参加するのだが。
試しに実施してみると、本拠地に滞在する一部だけでも、強面系のダークエルフがおそるおそる料理に初挑戦したらなかなかの腕前だったり、体術系の忍者が畑仕事を得意だったりと、意外な一面がぽろぽろと出てきていた。
もちろん、好きで得意だからといって、その役割だけとはいかない面もある。けれど、適材適所はできるだけ実現した方がいいだろう。
そこそこには配下の人となりを見られているつもりだったが、まだまだだったと実感した俺は、人材棚卸活動を推し進めていこうと決めた。