(27) 初めての狼煙
しばらく商いと内政方面の手当てを続けるうちに、ジードとナギ、それにセイヤがそれぞれのルートで集めてきた情報が一致した。新たに接触した三つの村のそれぞれで、領主に助けを求める長を中心とした者たちと、俺達魔王勢を頼ろうとする一部とに分かれて、勢力争い状態になっているらしい。
魔王との連携を志向する一派は、いざ戦いになれば武器を取る者たちが中心となっており、それだけに情勢に敏感なようだ。バーサル村でも連携を求める者が出てきていて、他の村まで武器などの買い付けに来ているという。
一方の従来の秩序を重んじる勢力からは、領主へのゴブリン討伐を求める使者が立てられたそうだが、さてどうなるだろうか。
そんな中で、先日ゴブリンの襲撃から助けた商人が、依頼した品々を仕入れてユファラ村に到着したとの知らせが届いた。
早速出向くと、マルムス商会の長ボルームとその娘ミファリアによって丁重に対応された。俺の姿を直視しても、やや震えてはいたようだが取り乱さないあたり、父娘ともに肝は据わっているようだ。
ただ、その状態ではなかなか話が成立しないため、ソフィリアに脳内通話による中継を頼んで引っ込むとしよう。
仕入れられてきた商品のうち、大物としては馬車二両が準備されていた。二頭ずつの馬は献上するとの申し出があったが、謝絶すると決める。
価値や維持費の話もあるが、地竜の方が戦闘力耐久力も含めてだいぶ優位性がありそうなのだった。一方で、馬車の車両部分は状態もよく、すぐにも使えそうで助かる。
作物の苗や種という要望に対して、目立ったところではトマトとメロンの苗がもたらされた。なんでも、領主のお声掛りで設立されていた新規作物の研究施設が閉鎖の憂き目にあって、廃棄対象になったものが流れてきたそうだ。
トマトとメロンの苗の追加発注に加えて、他の作物のものも高く買い取ると伝えたところ、やや驚かれたようだった。魔王が本気で農業をするとは思っていなかったのだろう。
他では、大豆やそら豆などの豆類、人参、大根などの種が手に入った。これは、畑の拡張が必要になりそうだった。
家畜は、鶏、豚、山羊といった顔ぶれで、牧畜経験のある犬人族の一家までついてきた。
ボルーム・マルムスからは、亜人に抵抗感はないかと心配げな質問があったそうだが、まったくないので受け入れを表明した。聞けば、領都方面で起きている亜人排斥の絡みで行くあてがなかった者たちだそうなので、それはもう大歓迎状態だった。
武具については、注文を正確に理解してくれたようで、出来は微妙ながら頑丈そうな剣や槍、防具類などを量優先で仕入れてくれていた。農具も、鍬、鋤から馬用の犁など、雑多ながら数がある。どちらも、クラフトが喜ぶだろう。
クラフト関連では、石炭に加えて、壺に入った石脳油も用意されていた。遠方で産出される燃える液体だそうで、どうやら自然湧出の石油であるようだ。となると、鍛冶の燃料以外にも使いみちがありそうだが、精製は難しそうだ。
短期間でしっかりと揃えてくれたので、当初予定より多めの金貨十五枚を代金として提示したところ、謝礼金は受け取ってもらわないと気持ちが収まらないとの申し入れがあったそうだ。
やや面倒になったので、ソフィリアにまとめてくれるように頼んだところ、こちらの提示金額で取引が成立したとの報告があった。……きつい脅しなどしていないとよいのだが。
ソフィリアに中継を頼みながら、俺は泉のほとりでのんびりと過ごしていた。水遊びでもしたくなる陽気だが、聖剣を隠していた泉であるからには、浸かりでもしたら危険があるかもしれない
草地に腰を下ろして風に揺らされる水面を眺めていると、ソフィリアが脳内通話で問いを投げてきた。
【謝礼金は受け取って、手間賃分を戻すだけでも充分そうでしたが、よろしかったのでしゅか? 話した感じですと、傘下に収められそうに思いましゅ】
【そうだなあ。……俺達は今後、人類社会から排斥される存在になるかもしれん。せっかく商人との縁ができたのだから、独立した存在として、人類側の一員でありながら取引していける存在として期待したい。俺は、そう考えている】
【今後の状況が読み切れないために、外部の手駒として残しておかれるのでしゅか?】
【そう捉えてもらっていい。それに、自前の隊商を整備して商いをするような指向性なのだから、自らの判断で動きたいだろう。その状態にしておいた方が楽しんで仕事するだろうしな】
【楽しみ……でしゅか?】
【ああ。ソフィリアについても、同じことが言える】
【わたくしも、でしゅか?】
【知力面で期待しているがどんな知識を得たい? 得た知識をどんなふうに使いたい? すぐにでなくてもいい。考えてみてくれ】
【……主しゃまは、なにを目指されているのでしゅか?】
【とりあえずは、生存戦略の立案で手一杯さ。……ところで、タクトと呼んでくれないか。対話をするのに、主従関係は必要ない】
【ご命令くだされば】
【そういう話じゃないのは、わかってるんだろう】
【承知しました。……タクトしゃま?】
【それで頼む】
【では、タクトしゃま。商人が娘を差し出したいと申しておるのですが】
【どうしてそうなるっ? 人質などいらない】
【いえ、商いに参加したいらしいのでしゅよ】
くわしく話を聞いたところ、ゴブリンの襲撃の際に積荷を投げつけて奮戦していたという娘が、戦闘込みで竜車での隊商への参加を希望しているらしい。
扱う品々が目新しいのと、新規販路を獲得していく過程に興味があるそうだ。十三歳だそうで、ナギやサスケと同年代となる。この地では、それくらいではもう、社会に出始めているようだ。
コカゲに通話で打診したところ、歓迎だというのでお試しで受け入れると決めた。
……しかし、この世界の魔王についての認識はどうなっているのだろう? 本人が疑問視するのも何だが、あっさりと受容し過ぎな気もしてしまっている。
商人から入手した苗や種は、植え付ける前にドリアードのミノリに祀る一手間を踏む流れにしてみた。うれしげに撫でていたのは、加護の付与のようなものなのだろうか。
森林ダンジョン内の気候が外界よりも緩やかであるにせよ、育て始めるのは夏の盛りになる前の、できるだけ早い時期がいいだろう。となると、畑の拡張と植え付けに人手が欲しいところである。
ユファラ村の新たな長に相談してみたところ、一部の種苗を提供するのを条件に、農夫を派遣する形での協力が得られた。新たな作物を育ててみたいとの欲は、彼らの中でも強いようだ。
農夫たちの受け入れ準備を進めている間に、隊商の方には各村の魔王連携派とでも呼ぶべき者たちから、何人かを同道させてほしいとの申し入れがあったという。純粋に参加したいのか、俺達の行動を監視したいのか。まあ、両方なのかもしれない。
同道を承諾しつつ、各村に危難が訪れた場合には狼煙を上げるようにとの話をまとめてもらった。その件は、当初取引を拒まれた北のバーサル村についても対象とした。ただ、狼煙が上がってから急行しても間に合うとは限らないため、悩ましいところとなる。
まあ、行動を共にしてそのあたりの実情も把握してもらえればよいだろう。
隊商は引き続き、ユファラ村を含めた三つの村を結んで活動している。
ゴブリン対応の観点からは、カバーすべき領域がどうにも広すぎる。少しでも補うため、ユファ湖の北の小高い丘に監視要員を配して、群れを視認したら狼煙を上げることになった。位置の伝達まではできないが、警戒を促す効果は期待できる。
そんな中で、コカゲから上がってきた報告によれば、どうやら領都へのゴブリン討伐嘆願は不調に終わったようだ。そうなると、冒険者ギルドに頼るしかなくなるらしい。いまいち、権力構造がよくわからない。
まあ、現時点で各村の主導権争いに介入したところで、良い結果は生まないだろう。なるようになると割り切って、ゴブリン討伐と隊商での商いをこなしつつ、農作業を進めていくとしよう。
ゴブリンに襲撃されているところを救ったマルムス商会とは、無事に友好関係が構築され、継続して売買を行うようになっていた。こちらから供給している仕立て直した農具や武具、それにハチミツや岩塩などは好評らしい。町や領都に売り捌いているそうだが、引き合いが増えるのはよろこばしい流れだった。
マルムス商会からは、俺達の現状での交易対象である三村のうちのタック村に拠点を構えたとのあいさつがあった。先日、襲撃を受けた際は移転のためにそちらに向けて移動していたのだそうだ。ゴブリンの脅威があるとは把握していなかったにせよ、領都から農村へ本拠を移転するとは、どういう理由なのだろうか。
ただ、タチリアの町、領都との商いも引き続き展開するため、影響はさほど出ない見込みとのことだった。
数日後、初めての狼煙がバーサル村で上がったとき、コカゲが率いる隊商は隣のタック村から南下するところだったという。
救援のために北に向かえば、しばらく南方の手当てが薄くなる。同乗していた連携派の村人たちの了解を得て急行したところ、ゴブリンの大群、五十匹ほどによる襲撃の場面に遭遇したそうだ。
前回の襲撃のあと、バーサル村でも連携派を中心に自衛の取り組みは行われていた。コカゲたちは、農夫らが慣れない手付きで槍や剣を振るっている中での参戦となり、挟撃する形で撃滅に成功したのだった。
ただ、それでもなお危機感を抱いていなかった村人たちに犠牲者が出たほか、若者を中心に軽い気持ちで迎撃に出た者たちがほぼ全滅してしまったそうだ。残念なことではある。
村人も含めた怪我人の治療まで済ませて、隊商は速やかに撤収する形となった。こうなってくると、いつどこが襲撃されるかわからないため、最北のバーサル村にいるのは得策ではないのである。
それぞれの村に幾人かの人員を置くべきなのかもしれないが、戦力分散も危険である。それに、受け入れ側もそういう状態ではないだろう。
一方で、同道していた各村の者たちは衝撃を受けていたようだ。自分たちの置かれている状況の危うさに気づいたのだろうか。