(26) 意趣返しとは
定時確認のためにコカゲを呼びかけたところ、変事が生じたとの報告を受けた。商人一行が仕立てた馬車三両がゴブリンの群れに襲撃されているところに遭遇、救助したのだそうだ。
その商人たちは、自前の護衛がほぼ討ち果たされ、馬車にもゴブリン共が迫り、年若い娘が積荷の商品を投げつけて抵抗する状態に陥っていたらしい。大柄なゴブリンも数体いたとなると、かなりのピンチではあったのだろう。
そこにコカゲが率いる隊商がどうにか間に合って、ゴブリン達を撃退し、ようやく難を逃れた形となった。
隊商を率いていた商人は、もしも助けが来なければ、自分の家族を、従業員たちを全滅させるところだったと悔いて、泣きながら感謝の意を示してきたらしい。
そして、ひとまずの謝礼として手持ちの全額である金貨十枚もの大金を押し付けられそうになって、コカゲが困り果てていたところに、俺からの脳内通話での連絡が入ったというのが事態の流れだったようだ。
結果として、その金銭を使ってこちらが希望する品々を仕入れてもらい、より高い値段で購入する形で話はまとまった。当初提示の金貨十枚という額自体は魅力的だったが、それよりも縁を結べた商人とは継続して付き合った方がいい。
仕入れ対象の商品としては、扱いやすい家畜とめずらしい作物の種や苗、金属製の農具、質の低めな各種武具を多数に、馬車の車両部分などをリクエストした。また、クラフトから要望のあった石炭と石脳油と呼ばれる油も頼んでみている。
経緯を聞いたところ、どうもバーサル村で、ゴブリンは出ているけれども大したことはないとの情報を得ていたらしい。こちらでつかんでいる状況を伝えたところ、誤った情報を信じてしまったと猛省していたそうだから、有害な状態ではある。
ともあれ、商人の馬車の救出という、なんとも好都合な展開となったのは間違いのないところだった。
謝礼金は、一度は受け取った形と判定されたのか、CP、創造ポイントの獲得として500ポイントが計上されていた。CPは現状では三千超と余裕がある状態だったが、先々を考えれば非常に助かる状況である。
せっかくなのでその分は有効に活用させてもらうことにしよう。使途については、勢力ボーナスがありそうな精霊から、ドリアードを生成すると決めた。いや、精霊の場合は召喚と称した方がいいのかもしれない。
戦力増強も考えたのだが、村々の東方に出現しているゴブリンの上位個体が、対処できる範囲に収まっているとの事情もあった。
脳内ウィンドウで生成を選択すると、境界結晶付近に出現したのは、十歳くらいの外見の、髪と瞳が緑色の女性個体だった。そこはかとなくおしゃまな印象が漂う。
「魔王の眷属となったからには、そちを主と呼ばせてもらおう。されど、悪いが我は戦闘には向かんぞ」
「承知している。農作物の実りがよくなるよう、手助けしてもらえると助かる」
緑髪の少女はゆったりと頷いた。穏やかな表情には、貫禄めいたものが感じられる。
「それは我が本分だ。任せるがよい。……それにしても、魔王が農業とはな」
「まだ小規模だが。畑を見てみるか?」
再び頷いたドリアードは、とことこと俺の後をついてきた。畑を目にすると、その瞳が輝いたようだった。フウカの翠眼とはまた違う色合いの、濃いめの緑となっている。
「精霊は、食べ物は口にできるのか?」
「供物は大歓迎だぞ」
「肉は?」
「遠慮しておく」
より深く確認したところ、だし的に使う分にはOKだそうだ。それならば、いろいろとやりようはある。供物を捧げるための作法を調べてもらった経緯から、ソフィリアにその実践もしてもらうよう頼んだ。
歓迎の宴向けの料理として、野菜のてんぷら、ホワイトシチュー、ポテトフライに果実水などを準備したところ、うれしそうに楽しんでいた。最初から感情がはっきりしているあたり、通常の生成とはやはり違うのかもしれない。
そして、デザートのアイスクリームとシャーベットには感激したようだ。食べ物が冷たい状態は、この地ではあまり想定しづらいのかもしれない。
さらに言えば、熱いものを熱いまま食べる習慣もないようで、常温が基本線のようだ。ただ、熱いもの冷たいものを振る舞えば歓迎される場合が多いので、まったく受け容れられないわけでもないらしい。
すっかりくつろいだ様子で膝を抱えている木の精霊に、俺は質問をぶつけてみた。
「なあ、名前はどうしたい?」
「ドリアードと呼んでもかまわんが、呼びたい名があるなら、つけてもいいぞ」
「俺の故郷の言葉で、豊穣をあらわす「ミノリ」でどうだ」
「良い響きだな。受けよう」
あっさりと名付けは完了した。作物の実りに期待しよう。
ダークエルフのソフィリアは、木の精霊から気に入られたようで、なんとなく世話係的な立ち位置に収まった。とは言っても、本来は食事を摂る必要もないようで、暇つぶしに呼び出されるような関係性らしい。
ミノリは植物と対話ができるのか、作物の要望をざっくりとではあるが伝えてくれて、水やりなどが効率化される形になった。まあ、求める通りでいいのかという話はあるが、塩トマトのようなケースを除けば意図的に負荷をかける必要はない。
さらには、森林ダンジョン内の草木からの要望なども把握して、できるだけ対応しつつ農作業を続けていった。そんな中で、ジードから一つの情報がもたらされた。
バーサル村を十匹ほどのゴブリンの群れが襲撃したのだそうだ。
コカゲが助けた商人が帰路に立ち寄って警告したため、多少の心構えはしていたようだが、それでも幾人かの犠牲者が出た模様である。漏れ聞こえてきたところによると、どうやら上位個体はいなかったようだ。もしも確認されている大柄なゴブリンがいたなら、全滅まではいかなくとも、蹂躙され逃げ散る事態になっていたかもしれない。
軽微な襲撃だったのを感謝すべきだろう。だが、村の中では魔王である俺が取引を拒まれた意趣返しとして、襲撃を察知しながら対処しなかったとの見方が出ているようだ。さすがに自作自演説は退けられつつあるらしい。
しかし、意趣返しとは……。守られるのが当然だとでも思っているのだろうか?
ユファラ村をオークから防衛した際には、俺単体は恐れられつつも商取引はできていたし、まず守る姿勢を見せるのには意味があった。
けれど、新たに接触した三つの村に関しては、無条件に守る必要があるとは感じていない。商いを受け入れた二つの村については、守るように努める意味はあるが。
現状での優先順位としては、ユファラ村、交流しつつあるタック村、ソイト村の順で、北のバーサル村については余力があれば、くらいの感覚でしかない。だからといって、ゴブリンをけしかけるつもりもまたないけれど。
特に対応はしないでいたのだが、タック村とソイト村でも、取引を拒まれこそしなかったものの、やや微妙な空気になってきたらしい。北の村での遭難が伝わったのだろう。
そうは言っても、俺達はこの星降ヶ原南部の領主でも、元世界での警察でもない。ゴブリンと遭遇すれば討伐するが、隊商が拠点に戻っている間などは対応できない旨を明言するように指示した。
もしかすると、ユファラ村から伝わっていた話とずれがあったのかもしれない。馬車行程となる複数の村を、竜車一両で商いをしながら防御するというのは、元々からして不可能な話だ。気にせずに取引に専念したところ、売れ行きが鈍る商材も目立つ中で武具の売れ行きが一気に上がった。