(23) あでやかな金髪の若者の旅立ち
◆◆◇ユファラ村◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ユファラ村を旅立とうとする青年を、見送る者はなかった。
強い風があでやかな金髪をなでつける。その色合いは、この地ではややめずらしいものだった。
彼の名はクルート。オークがユファラ村を襲撃した際に、自警団の一員として南方を守備していて、真っ先に剣を捨てて逃亡した人物である。
その際の彼の判断が間違っていたかと言えば、微妙なところだった。もしも自警団が一致して防戦を務めていたとしても、エリート個体を含めたオークを犠牲なく倒せていたかと言えば、それは不可能事だったろう。
ただ、防戦を早々にあきらめたために村への到達が早まり、剣を渡したことでフウカの苦戦とトルシュールの戦死を招いた面はあろう。
そう考えた者はユファラ村に一定数おり、その分クルートの道は狭くなった。
彼が向かうのは、亡き母の生家のある北の村、バーサルである。そこで生活を立て直すというのが、修整された彼の将来設計の第一歩だった。
あでやかな金髪は、人の目を引くには充分な迫力を有しており、整った顔立ちもあって初対面の人からは高評価を得られる傾向にある。幼い頃からのそうした体験の積み重ねは、彼に実力以上の自己評価を与えていた。一方で、容姿がどこか作り物めいて映るのは、表情の乏しさのためか。
彼が認識するケチのつき始めは、孤児院に住む真紅の髪の少女との模擬仕合いで敗れた件だった。本人としては油断しただけと捉えているのだが、騎士志望との言葉で幻惑されていた周囲が疑念を抱くきっかけとなってしまった。
侯爵家の正式な臣下である赤鎧にいきなりなるのは無理でも、その従士になって手柄を立てて、いずれ……というのは、この地の若者の夢見る未来像の一つとなる。けれど、棒のような少女に完敗してしまうのは、いかにも印象がよくなかった。
冷ややかな一瞥を投げて、金髪の青年はユファラ村を後にする。魔王との連携を模索しようとするこの村に、クルートは未練を抱いてはいなかった。
オークの襲撃に際しての撤退を、彼は正しい判断だと認識している。大柄なオークを相手に、村の自警団が勝てるはずもない。とっさに狼煙を上げただけでも、褒められるべきだというのが金髪の若者の考えだった。
それなのに、村の者達の同情は死者へと向かい、逃走した自警団の面々への視線には冷たさが込められた。ならば、あのどんくさい孤児上がりの代わりに、無駄死にすべきだったというのか。奴が犠牲になる方が、村としてはよかったはずだのに。
クルートの婚約者とその両親も、そこまではまだ優しかった。彼が生きて戻ったことを喜んでくれた。
雲行きが変わったのは、夜の襲撃のときだっただろうか。
より強力なオークが出現したからには、逃げ出すべきというのが彼の判断だった。
しかし、婚約者の父親が戦うと言い出して、状況は一変する。クルートが拒むと、特に無理強いされはしなかった。そして、同世代の農夫と、一緒に逃亡した自警団の幾人かと一緒に無謀な戦いに挑んだのである。
結果として魔王がやってきて、共同でオークを退ける形となった。だが、それはたまたまだと彼は認識している。実際、自警団組からはけが人も出ていたそうなのだから。
そこまでならまだよかったのかもしれない。婚約者の父親ともう一人が魔王のオーク討伐に同行し、戻ってきたときにはすっかり洗脳されたような状態になっていた。少なくとも、クルートにはそう見えた。
彼らは魔王との協力関係を築くように村人を説き伏せ、ついには長までもが屈服した。こんなものは、形を変えた侵略ではないか。ましてや、あの孤児の娘がオーク討伐の功労者として魔王の傍らにいたのでは、浮かぶ瀬はもはやない。
クルートがこの村を見切るのが先だったのか、周囲が彼を見切るのが早かったのかは、微妙なところである。いずれにしても、彼はよそよそしくなった婚約者に別れを告げ、旅支度を整えたのだった。
自分の立場を失わせた孤児の娘と、そして魔王の下につくわけにはいかない。
決意を胸に、あでやかな金髪の若者は故郷を旅立ったのだった。
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