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(22) スルーラ村に迫る影

◆◆◇ベルーズ伯爵領・スルーラ村◇◆◆◆◆◆◆◆



 スルーラ村は、魔王タクトの根拠地である森林ダンジョンからは山を隔てた北西に位置する。


 その村の長老的存在である婆さまに呼ばれていると知ったベルリオ少年は、どのいたずらがばれたのかと顔をしかめながらも、塔近くの広場に向かった。


 薄闇が下りてきそうな刻限だと言うのに、幼い子らの姿がそこにはあった。違和感が濃茶の髪の少年を包む。


「ベルリオや。なにも聞き返さずに、この婆の頼みを聞いておくれ。この子たちを連れて、村を出て、タチリアの町へ向かうのじゃ」


 常と変わらぬ凛とした声に、どこか焦りの色合いが感じられる。


「理由は聞いてもいいかな」


「支度の間ならばな」


 そのやり取りの間にも、女達によってベルリオの身体に手早く背嚢が括り付けられていた。周囲では、特に少女たちの顔に泥が塗られ、服が汚され、嫌がるのを押さえつけるように髪が切られていく。それに携わる大人たちの沈痛な表情が、幼い子らを沈黙させていた。 


「何があったんだい?」


「既にこの村はゴブリンに囲まれておる。本来の小鬼の動きではない、統率された動きじゃ。噂の魔王なのじゃろうて」


「でも……、魔王はまだだいぶ遠くで活動していて、近づいてから逃げれば間に合うって」


「そのはずじゃった。……タチリアの町に最も近いこの村を急襲して、ベルーズ伯領からの出口を抑える気なのかの」


「青鎧はゴブリンを討伐してくれないのか?」


「そうさなあ。我ら地民は、奴らの眼中にはないのではあるまいか」


「蒼槍のワスラムも?」


「ワスラムか……。あの者たちは、武骨者だけに間が悪いからの」


 応じる婆さまの声は硬いが、先ほどの吐き捨てるような調子とは異なっていた。


「なら、おいらたちだけじゃなくて、みんなで逃げれば」


「ベルリオ。これだけの仕掛けできっちりと包囲してくる魔王に、隙は期待できんのじゃ。これまでに襲われた町の惨状から考えてもな。……お前さん達にしても、殺されるやもしれん。けれど、この場合に見逃される可能性があるのは、利用価値の低い幼い男の子や赤子くらいなのじゃ」


「じゃあ、村のみんなは……」


 近くで聞いていた歳近い少女は泣き出していた。そこに、ベルリオにとって見知った人物が登場した。


「婆さま、飛び地はもう駄目だ。それに、村の回りは蟻の這い出る隙も、ってやつだな。飛び地を蹂躙している間に乱れが出てくれたらと思っていたが、望みはない」


「小父さん」


「おお、ベルリオか。すまんな、きつい役回りを押し付けて」


「そう思うなら、小父さんが行ってくれよ。あるいは母さんとか」


「大人が一緒じゃ、見つかったときに見逃される可能性が格段に下がる。すまんが、聞き分けてくれ」


 少年の頭を撫でる手が、小刻みに震えていた。この村で最も頼りにしていた人物の心の揺れを感じて、ベルリオの瞳に絶望の色が浮かぶ。


 老婆が少年にかけた声には、柔らかさが含まれていた。


「ベルリオや。お前さんがよく使っている裏の森への抜け道なら、まだ望みがあるぞ」


「知ってたの?」


「なんの、このお婆にも、村を駆け回っていた幼い時代があったのさ」


「婆さまは? 年寄りなら、目こぼしされるんじゃないのか」


「村の女たちを、殺してやらにゃならん。そのための時間を稼がなくてはな」


「殺すの? でも……」


 言葉を引き継いだのは、偵察から戻ってきた村人だった。


「ああ。男達で引きつけて、その間に女たちを塔に入れて、火をかけるしかないだろう。生き地獄を味わわせるわけにはいかんからな。だが、既に外れに住まう者は間に合わん」


「そんな。殺しちゃうなんて、ひどい……」


「俺達が皆を殺したいと、そして死にたいとでも思っているのかっ」


 信頼する人物から怒声を浴びせられたベルリオが、後悔を胸に唇を噛む。周囲では、より幼い子らもすすり泣きを始めていた。


「ああ……。いや、怒鳴ってすまなかった。お前たちを死地に向かわせることになるのもわかっている。けれど、せめて俺達に、この村の未来に思いを馳せながら死ぬ贅沢を許してくれ。……深く絶望して死ねば、魔物になりかねない」


 この土地では、恨みを残しながら死んだ人間は魔物になる場合があると信じられている。


「ベルリオや。よくお聞き。……信じられない話なのじゃが、各地に魔王が出現しているらしい。であるなら、逃げ延びたとしても油断はできんぞ。背嚢に、使いやすそうな武器とありったけの金目の物を入れておいた。どうにか生き延びておくれ。……さあ、行くのだ。村の女達を殺し、一匹でも多くの魔物を道連れにしてやらねばならぬ。地民の村々に使い魔も送らねばな」


 老婆は若い時分に冒険者として活動した経験を持っており、人生の最後に親しい者たちを手にかけざるを得なくなった皮肉さに自嘲気味な笑みを浮かべていた。


 周囲の大人に促され、ベルリオと幼い子どもたちは半地下となっている古い坑道に向かった。そこを通り抜ければ、裏の森の奥まった場所へと出られる。


 足音を忍ばせつつ、泣き出す子らを叱咤し、あるいはあやしながら、普段は遊びに使っている道を進んでいく。


 スルーラ村の領域外に出るまでには小半刻を要していた。薄暗い森の中で、ようやく一息ついたところで、いきなり周囲の子どもたちが怯えて震えだした。見回すと、遠くに小鬼と呼ぶにはあまりにも大柄な魔物が立っていた。


 薄闇の中でも、やや藪睨み気味の目が明らかにベルリオ達の方を向いていた。絶対に敵わない。そう感じながらも、少年はその魔物を見つめ返した。両者の視線が絡み合う。ベルリオの意識に、そのゴブリンの右頬の傷が深く刻み込まれた。


 ニヤリと笑って、雄大な体格のゴブリンが歩を進め始める。つま先が向けられたのは脱出してきた少年達のいる窪地ではなく、彼らが脱出してきたスルーラ村へ続く小道の方へだった。


 その先には、柵で囲まれた村の境界がある。圧のある視線から解放され、なかば呆けたように立ち尽くしたベルリオだったが、すぐに正気を取り戻して逃避行を再開させる。婆さまと村人たちの覚悟は、彼の胸に正しく伝わっていた。


 以後はどうにか魔物に遭遇せず、森の見晴らしのよい場所までたどりつく。故郷の方を見やると、村の中心にある塔から、猛烈な火の手が上がっていた。


 母さんを含めた村の女たちは、あの火の中で焼かれているのだろうか。せめて、俺が生きていると信じてくれていたらいいのだけれど。


 彼はそう考えながら、つい先ほどまで暮らしていた故郷の終焉を暗然とした表情で見つめている。周囲には、すすり泣く声が重なっていた。


 すがりついてくる少女の手を握り返しながら、少年はつぶやいた。


「魔王がどれだけいようが、おいらが全部ぶっ殺してやる」


 塔の上部までを包んだ炎は、暗くなった空に不気味な色合いを足していた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◇◆◇◆◇◆



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