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(20) 崩れた土、つかんだ手


 まだ上り切らない陽に照らされながらの帰りの道行きは、至極穏やかなものとなった。ゆっくりと戻ると、東方の防衛拠点の辺りに配下達が集まっていた。根拠地だったらしき場所に到達しても敵影は見当たらないので、ゆっくりと休んでいるように指示していたのだが、帰りを待っていたらしい。そして、村からは使者がやってきたそうだ。


 俺達は、警戒のための数人を残して、総勢で村へ向かった。



 広場に集まっていた村人たちが、魔王である俺の姿を見て怯えだす。ただ、逃げ出す者はいなかった。どうも距離による強弱がありそうなので、できるだけ人のいない辺りを通り抜ける。広場の各所には杯や食べ物の盛られた器が配されており、酒宴の準備は整えられているようだ。


 この宴は、本来は麦を収穫できた感謝のための祭事で、オークの出現によって延期されていたものらしい。俺達は、そこに招待される形となっていた。


 村の長とその補佐役らしい老人三人組が、俺達を迎える。腰は引けているが、立ってこちらを見てくるからには、だいぶ覚悟が固まっているのだろう。


 広場の中央には、神棚のようなものが設置されている。聞けば、移動式の祠のようなもので、豊穣の神に感謝を捧げる形になるそうだ。


 乾杯に先立ち、長は自らの引退を淡々と告げると、後継を紹介した。驚いた様子で進み出たのは、昨晩から行動を共にしていた壮年の農夫の一人だった。


 乾杯を終えた俺は、少し歩いてくると言い置くと、配下達を残して泉の方へと向かった。魔王に怯えながらでは、村人たちが酒宴を楽しめないだろう。そして、できれば配下達には村人との交流を進めてほしいのだった。


 いずれ実行するかもしれない隠密攻略作戦に向けて、対人交渉の経験値を得るために……、というのは、さすがに偽悪的に過ぎるかもしれない。仲良くなって、彼らの人生の彩りとなってくれるとうれしいのだが。


 泉のほとりに腰を下ろすと、俺はぼんやりと空を見上げた。小鳥のさえずりが、穏やかな空に響いている。


 この世界に来て魔王を始めて、怒涛のような日々となっているが、改めて考えるとまだ二十日ほどしか経過していない。もしも、人間と協調する方向性を選ばなかったなら、どうなっていたのだろうか。


 ユファラ村を初訪問した直後に、全CPを使ってゴブリンやらオークやらを量産して襲撃を仕掛けていれば、おそらく蹂躙できていただろう。サトミもフウカも、共に戦った村人たちも、全員を殺す展開になったわけだ。


 そうしていたなら、東方から襲来したオーク・ロード達と抗争を繰り広げる事態になっていたのか、それとも吸収できていたのか。


 いずれにしても、好みを考えない場合の初期の最善手と比べれば、やや回り道となっているのは間違いなさそうだ。同時期に各地に魔王が出現しているとしたら、出遅れている可能性が高いだろう。「魔王オンライン」でも再配置後の勢力拡大の定番は、いわゆる蹂躙派プレイのうちの低ポイント魔物を大量に作成しての周辺攻略だったし。


 ただ、実際に選ばなかった未来と比較していても仕方がない。自分のために、この世界に来ているかもしれない歩のために、そして配下のみんなや縁を持った人たちのために、どうにかして生存戦略を練り上げていく必要があった。


 と、広場の方から近づいてくる人物の姿があった。銀色の髪が陽光の下でたなびくと、柔らかな色彩がきらめいた。


「ソフィリア。ゆっくり食事をしてきていいんだぞ」


「サトミもお酒を飲み始めちゃいまして、少し散歩したくなったのでしゅ」


 語尾の可愛らしさとは裏腹に高い知力を持つらしいダークエルフは、どうも他の配下とは行動原理が違うようである。宴を楽しめとの指示は全体に出しているわけだから、自身の判断でその場を離れるというのは本来なら考えづらい。まあ、規格外の存在がいて悪いわけではないけれど。


「この泉は、とても綺麗でしゅねえ」


 両手を広げてバランスを取りながら、泉のほとりを歩き出す。その姿に、ちょっと嫌な感じがした。


 その予感はあっさりと現実のものとなり、銀髪の少女の足元で土が崩れ、転落の危機が発生した。


 あわてて、俺はソフィリアの手をつかむ。どうにか引き寄せたところで、脳裏にいきなり映像が浮かんだ。


 今とは明らかに違ういつかのこと。目の前の泉と同じようだが、どこか重苦しい雰囲気が漂うそこには、真紅の髪の少女が立ち尽くしていた。その顔も体も、血に塗れている。あれはフウカだという想いが心に生じるが、ファスリームなのだとの認識が覆いかぶさる。


 改めてじっくり観察すると、頬が今よりも、出会った頃よりもさらにこけているようでもある。そして、翠眼には絶望の色合いが見えた。


 彼女が、泉に顔と手を突っ込む。水面から顔が上げられ、そして腕が水中から出てきたとき、その手には抜き身の華奢な作りの剣が握られていた。



◆◆◇ユファラ村・広場の外れ◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 翠眼の少女が見つめる先には、陽気な笑みを浮かべるサトミの姿があった。彼女にも親はいないが、孤児院育ちなわけではない。亡き両親が皆に好かれていたため、なにかれと世話を焼いてくれる人が多く、村人との関係は悪いわけではなかった。


 サトミが退任を表明した村の長に疎まれていたのは、縁談を軒並み拒絶したのが主な理由だった。本人は、自分が農家に嫁いでも迷惑をかけるだけだと公言して平然としていたのだが、その言動は年嵩の者達には理解されなかった。


 そんなサトミが生贄として魔王のところに向かったのも、単純に自身が適任だと思ったからだった。もちろん、自分が手を挙げなければ、他の誰が選ばれるかは考えたにしても。


 けれど、ユファラ村が全体としてタクトと共存する未来を選択したために、サトミを取り巻く状況は一変していた。皆が魔王について知りたがっていて、彼女を取り囲んでいる。杯に次々と酒が注がれれば、もともとが好きな方なのであっさりと陽気な状態に突入していた。


 その様子を見て、フウカは改めて実感する。サトミと自分とは違うのだと。


 翠眼の少女には、彼女と同じ年齢となっても、あのように村人たちと笑みを交わせはしないだろうとの確信がある。


 さらに、孤児院の幼い子たちとも、オークの襲撃を防いだあの一件から顔を合わせられていない。目の前で怯えられでもしたら、耐え切れない自信があった。


 彼女は、心細さを抱きながら魔王の姿を探していた。コカゲもセルリアも、その他のタクトの配下達も、主命を守って村人との交流を持とうとしているし、クラフトなどは一緒に戦った農夫たちと酒を飲みながら、子どもたちに絡まれている状態である。本来は、フウカもこの村の一員であるはずなのに、彼らよりも居場所がないのが実情だった。


 タクトだけではなく、ソフィリアの姿も見えなかった。少なくとも見かけ上は年の近い彼女のことを、フウカはやや意識している。探しに行こうかと歩き出したところで、彼女の影に近づいてきた人物の影が絡みついた。


「ファスリーム……。いえ、今はもうフウカなのよね」


 そう呼びかけられてしまっては、無視するわけにもいかない。フウカが声のした方に顔を向けると、胸の鼓動が速まり始めた。そこにいたのは、亡きトルシュールの妻である人物だった。


「ちょっと、話をしてもいいかしら」


 覚悟を決めて、真紅の髪の少女は頷いた。少し歩こうと言われて向かった先は、孤児院に続く小道だった。かつての戦闘が思い出され、胸が苦しくなる。やがて、目をつむっていた女性からフウカに声がかけられた。


「あの日の全般的な経緯は、どれくらい聞いてるかしら?」


「ほとんど、なにも」


「そうよね。……あの日、魔王が守る地域を大回りしてきたオーク達が、自警団の持ち場に現れたの。最初に見つけたのはクルート、……以前あなたが剣の稽古で打ち倒したあの若者だった」


 フウカの脳裏に、鮮やかな金髪の若者の姿が浮かんだ。もっとも、顔は思い出せなかったが。


「クルートは、すぐに剣を捨てて逃げ出したみたい。つられて他のみんなも逃げたんだけど、間が悪いことにあの人は偵察に出ていたらしいのよね」


「あー」


 トルシュールの間の悪さは昔からなかなかのもので、周囲からからかわれているのを彼女も知っていた。


「で、追いかけた先が、この辺りだったみたい。そこで、あなたと会ったのよね」


「うん。孤児院を守るように言われて」


「でも、もうオークが侵入していたのよね」


「扉でアクラットが抵抗していたけど、中に入られちゃっていて。こちらに後退してきたトルシュールが、それに気づいて」


「剣を投げ渡したのよね。ほんとに、あの人らしいというか、なんというか」


「ごめんなさい。私のせいで……」


 夫を亡くしたばかりの人物が、力ない笑みを浮かべてゆっくりと首を振る。


「謝らないで。あの人の剣の力量は、あたしも知っているから。もしもあなたに剣が渡らなければ、あなたが戦ってくれなかったら、孤児院の子たちも守れず、そのまま村の中央にオークが向かっていたわ。村人の大半は殺され、女たちは奪われていた。……そう思うでしょう?」


 フウカはその言葉をどうにも否定できなかった。トルシュールの剣があのとき自分の手に渡らなければ……。素手でも数匹なら渡り合えたかもしれないけれど、エリートオークに対抗するのは難しかっただろう。


「でも、タクトが……、魔王が来てくれなかったら、とても勝てなかった」


「ええ、そうよね。トルシュールと、あなた、それに魔王タクトの誰が欠けても被害はひどいものになっていたでしょう。身を捨てて村を守ったあの人を、誇りに思う」


 言葉を切って、彼女は高く蒼い空を見上げた。


「でも……、でもね。……本当は、どんなにかっこ悪くてもいいから、自警団の他の連中みたいに、まっすぐ家に逃げ帰ってほしかった」


 そうなっていたら、孤児院の下の子らは皆殺しにされ、村も蹂躙されていただろう。そう思いながらも、フウカはその言葉に心から同意していた。


「そして、扉を閉め切って、息子と抱き合いながら震えていてほしかった。……そのとき、あたしは畑に出ていたから、殺されるか、もっとひどいことになっていたかもしれない。……でも、それでも、あの人には息子と一緒に生きていて欲しかったの」


 肩が細かく震えていても、彼女に泣きわめく気配はなかった。この人に、トルシュールは強く深く愛されていたのだ。フウカはそれを痛感し、兄的な存在が家族から悼んでもらえるのかと心配していた過去を恥ずかしく感じていた。


 ゆっくりと吹き抜ける風は、あの日と同じ風向きだった。なにか話すべきなのだろうか。焦りの色合いを浮かべたフウカが、無理やり話題をひねり出しにかかる。


「あの……、お礼を言えてなかったの。差し入れをありがとう」


 トルシュールは生前、孤児院にこまめに差し入れをしてくれていた。家族には黙ってのことかとフウカは思っていたが、この人物と話をしてみて、それが夫婦で同意の上での行為だったと確信できた。


「ああ、魔王の軍勢への炊き出しの話ね。あたしが関わってたって知ってたの? あれは、古馴染みに無理やり付き合わされたの。夫を亡くしたばかりの友人に、ひどいでしょう? ……でも、あの子も夫を亡くしているから、なにかしていないと壊れかねないのがわかったのね」


 フウカは、炊き出しの食事の一部がこの人物によって作られていたとは、まるで把握できていなかった。


 そちらについても感謝すべきではあるものの、彼女が伝えたかった謝意はその件についてではない。誤解を訂正しようとしたところで、軽やかに近づいてくる影があった。


「おかーたーん、だいじょーぶー?」


 とてとてと小走りに登場した小さな男の子が、警戒の視線を翠眼の少女に向ける。その面立ちにトルシュールの気配が感じられて、フウカの頬が思わず緩む。まだ赤ん坊の頃に、父親に連れられてきたこの子と対面したのが、ひどく昔のように思える。あの頃のしわは見当たらなくなっている。


「この人は、お父さんの志を継いで、村を守ってくれた、立派な剣士なのよ。あいさつなさい」


 少しもじもじしながらも、幼児がぺこりと頭を下げる。そして、頭身の関係で前に倒れそうになって、母親に支えられた。


「この子には、トルシュールの名を継いでもらうつもりなの。父さんからもそうするように言われているし、あたしもそうしたい」


 トルシュールとは、「お人好し」との意味である。この子は、どんな大人になるのだろう。優しげな顔からは、とても戦闘向きには思えない。


 その頃には、この子が戦わずに済むようになっているといいのだけれど。……いいえ、そうできるように、私が力を尽くすべきなのかも。フウカの想いは、少しずつ形になりつつあった。


 彼女が思考を巡らせていると、さらにもう一つ近づいてくる影があった。こちらの気配には、フウカも覚えがあった。今朝の偵察行で、トルシュールの最期について訊いてきた壮年の農夫だった。


「じぃじ!」


 抱きついてきた孫を見つめる農夫の……、新たな村の代表となった人物の瞳は、慈愛に満ちたものだった。うら若き未亡人が、二人に穏やかな視線を向ける。


「今、フウカにお礼を言っていたの。村を守ってくれてありがとうって」


「ああ。トルシュールのときの判断もそうだが、昨日の戦いも見事だった。……なあ、あんた。こいつの嫁にならんか?」


「ちょっと、父さん。いくらなんでも年の差が」


「そうか? 十やそこら、大した年齢差じゃないと思うがな。なら、養女でどうだ?」


 魔王タクトと行動を共にしているフウカは、彼らにとってひどく危うい存在に映っているのだった。純粋でまっすぐな心配の念が、翠眼の少女の胸に突き刺さる。


 フウカはずっと、孤児院以外の大人たちをひとまとめにして、自分たち孤児院組を疎外する存在だと捉えてきた。けれど、その一人ひとりに生活があり、想いがあり、守りたいものがあるのだというのが、初めて実感できていた。


 できれば孤児院の子たちも、その内側に入れてあげてほしい。そう、フウカは望む。けれど、裕福とは決して言えないこの村では、それは望み過ぎというものなのかもしれない。


「私は、魔王であるタクトと一緒に生きていく。それがこの村を、トルシュールが大切にしていたものを守ることにもつながると思うから」


 亡きトルシュールの義父と妻とがフウカに向ける視線には、少々の苦さが感じられた。幼子は、もちろん話についていけていない。


 一礼したフウカは、ゆっくりと歩みだした。その足取りは、しっかりとしたものだった。



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