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(18) 桶から柄杓で


 互いに牽制している間に、周囲に味方の姿が目立ち始めた。弓矢を始めとする遠隔攻撃によって、側方や背後から削ってくれる動きはなかなか頼もしい。


 前衛が防御し、遠隔攻撃で相手を徐々に弱らせるというのは、「魔王オンライン」での幼馴染の歩が得意としていた戦い振りとなっている。そう思い至ると、親しい存在の柔らかい笑顔が脳裏に浮かんだ。元世界に残っていても、ここに来ていても、とにかく無事でいてほしい。


 やがて、目に見える範囲から動くオークの影が減っていった。相次いで到着したサスケとコカゲが、直衛的なマスターオーク達を次々と屠っていく。その動きはなんとも頼もしかった。


 大オークの正面に立つのはフウカと俺だが、サスケとコカゲも側方から隙を窺い、削っていく段階に突入した。弓での攻撃も、大柄な上位個体の頭を狙えば誤射の可能性は低く、少なくとも相手の行動の妨げにはなっていた。


 こちらは負傷をすれば、背後に控えるフウカとソフィリアからポーションが浴びせられる状態で、負けはほぼなくなった。その状態でもすぐには仕留められないのだから、やはりなかなかの強敵である。


 セルリアは健在な面々を動員して、周辺の残敵掃討を進めてくれている。周囲に転がっている死体の中には、やや牙が小さい個体も混じっているようだ。基本的には、上位個体になるほど牙が立派になる傾向で、フウカが相手にしていた大オークなどは、かなり立派な牙の持ち主である。そんな中で、ノーマルオークよりも牙が小さめというのは、成長しきっていない個体なのだろうか。


 一方のユファラ村では、引き続きルージュ達が警戒を続けており、はぐれエリートオーク程度なら対処してくれるだろう。ここまで来れば、目の前の戦いに集中できる。


 と、そのタイミングで先ほどとはまた違う響きの、低く圧力のある吠え声が大オークの喉から発せられた。


 弾かれたように、生き残っていたオーク達が踵を返して去っていく。数拍置いて、吠えた上位オークも走り出した。意外と機敏な動きである。


 罠なのか、単純に逃げているのか。フウカに目配せで待機を促しつつ、脳内通話でコカゲ、セルリア、サスケに意見を問う質問を投げて、次の回りで意見を聞く。全員が、追撃すべきとの見解だった。


「追うぞ」


 叫んだ俺は、まっすぐに走り出す。狼達にも、脳内通話で追撃の指示を発する。言葉が通じないために、明確なイメージを伝える必要があるのだが、今回はシンプルな内容なので問題なく通じるだろう。


 単純に撤退しているのなら、ここで逃せば先々への大きな禍根となりそうだ。けれど、万一後詰めがあるとしたら。追い抜いていく大柄な狼の背に、サスケが乗っていた。それを見たフウカも、手近な個体に飛び乗った。


 さすがに俺の体格では、狼に乗るのはきつそうだ。やむなく、駆け足で後を追う。高めに設定されたステータス値の影響か、元世界よりも速く長く走れるのは確認済みである。


 薄桃色の月光の下で、反転して向かってくる雑魚オークの姿が目に入った。足止めの意図なのだろう。こうなると、本気の撤退であるようだ。


 空からカラスの鋭い鳴き声が響く。次の瞬間、オークの抵抗で団子状になった先頭集団が林を抜けた。



 視界が開けたために、オーク達の狙いが単純な撤退行であるとはっきりした。そして、シャドウウルフを駆るサスケが大オークの足止めを試みている。


 狼達が先に回って退路を塞ぎ、俺も持久走を終えて敵将と対峙した。


 それでも付き従っていたマスターオークが、追いついてきたコカゲ、クラフトらによって次々と狩られていく。


 そんな中でフウカの剣先は、まっすぐに大オークに向けられていた。


「そろそろ仕掛けるぞ」


「うん」


 手の合図でタイミングを合わせ、一気に攻勢に入る。戦闘を重ねてレベルアップしている影響もあってか、翠眼の少女の剣勢は目に見えて勢いを増しており、見ていて頼もしい。それでも相手の斬撃は凄まじいもので、決着はすぐにはつかなかった。


 俺の「黒月」のゲームめいたエフェクトは、さらに激しくなってきているようだ。振るたびに生じる音は、某大作宇宙叙事詩のビームっぽいサーベルのように響く。ただ、残像は黒色の中にわずかな光のきらめきが混ざる程度なので、夜闇の中ではさほど映える感じとはならない。


 一方で、フウカが振るうやや華奢な作りの剣は、大オークの鉄棒の打突を受け流すたびに火花を散らしていた。強度がやや心配で、極力俺が前面に出る形を維持すると、それを察したフウカが隙を見ての斬り込みに切り替える。


 ……やがて、強敵の動きが鈍った。フウカの剣が大オークの左脇腹を吹っ飛ばしたのと、俺の「黒月」が首筋を捉えるのはほぼ同時だった。叫び声を発しながら振り下ろされた左手が、フウカによってギリギリ避けられたところで動きは止まり、ボス格のオークは地に倒れた。


 近寄ると、歪んだ口から音声が漏れてきた。言葉のようだが、魔物汎用語ではないらしく意味は取れない。


 大オークは、何を求めてこの地にやってきたのだろうか。俺達は、どんな企図を挫いたのだろうか。


 左手を夜空に向けて伸ばし、何かをつかもうとする。その手が胸に落ちると、濁った瞳からゆっくりと光が失われていった


 大オークが死体になったために、【圏内鑑定】が有効になったようで、強敵の素性が把握できた。


「オーク・ロードか……」


 エリートオーク、マスターオークと相手にしてきたが、さらなるビッグネームが今晩のボスだったわけだ。


 さすがに疲れ切った様子であるのに、隣に立つフウカが戦闘態勢を解いていないようなのは、周囲の状況を把握できていないためか。村も無事で、オークの影は見当たらなくなったと告げると、安堵の表情を浮かべてへたり込んだ。


 コカゲとサスケが寄ってきて、跪く。他の配下達の多くもそれに倣った。セルリアは、引き続きユファラ村の東方で警戒と残敵掃討を続けてくれている。


「皆、よく戦ってくれて感謝する。引き続き警戒は必要だが、まずは順番にゆっくり休んでくれ」


「はい。元気な者たちを残して、各拠点で休ませます」


 できれば森林ダンジョンに戻らせたいところだが、今晩は警戒を続けておいた方がいいだろう。


「明朝には、東方に偵察に出る。主力には同行してもらうから、優先して休ませておいてくれ。コカゲもだぞ」


「はい」


 釘を差しておかないと、無理して夜通し陣頭指揮をしかねない。そう考えると、統率者達の補佐役を確保するべきなのだろう。


 セルリアとも調整を済ませ、村にも状況を伝達し、どうにか一区切りはつけられた。



 野営地に戻る途中、サトミとソフィリアが何かを話しているのが見えた。先ほどまで桶から柄杓でポーションをかける和風妖怪っぽい活動を続けていた二人だが、ほとんどの戦闘要員が手傷を負っただけに、女神じみた扱いをされつつもあった。


 二人が凝視しているのは、オークの死体だった。なにか気になるところでもあるのかと、俺は声をかけた。


「どうした?」


「ああ、タクト。……ねえ、この死体って、本当にオーク?」


 サトミが指差した死体を、俺も覗き込む。


「なんか疑念でもあるのか……。ん? 確かになんか変だな」


「オークでしゅけど……、なんだかゴブリンっぽくも見えましゅね。牙も小さいでしゅし、青みがかってもいるようでしゅし」


 ソフィリアも、首を傾げているようだった。


「ああ、調べてみよう。ちょっと待て」


 俺は【圏内鑑定】を発動させる。脳内ウィンドウには「オーク<ゴブリンとの混血>の死体」と表示された。


「オークとゴブリンの混血っぽいな。……ゴブリンとオークってのは、通婚するくらいに仲は良いのか?」


「まさか。……でも、文献によれば、ゴブリンやオークといった魔物が他種族の女を繁殖の道具にした場合、多少は影響を受けるにしても、その魔物として生まれてくるはずなんだけど」


「それに、どこでゴブリンと接触したんでしゅかね?」


「野良ゴブリンを捕まえてきたとかかな」


「まあ、オークがこれだけの規模で異常発生したのだから、周囲の生き物は軒並み犠牲になったでしょうけど」


「ふむ……、念のため、ちょっと調べておくか。この一体だけなら気にする必要はないだろうが」


 話していると、コカゲとフウカが近寄ってきたので、この件について訊ねてみる。


「そう言えば、必死だったので気にしていませんでしたが、今晩戦った中には、少し顔立ちが違うオークが何体かいたような気もします」


「私は……、全然気がつかなかった」


「いや、ずっとオーク・ロードと対峙していたんなら、それは無理もないって。コカゲ、すまんが、死体の中に……」


「はい。配下のうちで比較的元気な者に、死体のうちでゴブリンっぽいものの数を調べさせます。……塵になるまで、あまり時間がないですから、急ぎますね」


「ああ。確認した全体数も把握したい」


「承知しました」


 コカゲが指笛を吹くと、近くにいた忍者たちが素早く集まってきた。


「みんな疲れてるのに、余計なことを言っちゃったかな」


 心配顔のサトミに向けて、俺は首を振った。


「仮にゴブリンとの混血が多いようなら、近くでゴブリンが発生しているのかもしれん。確認しておく必要はあるので、助かるぞ」


「なら、いいんだけど」


 そうして、俺達は今度こそ帰路についた。



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