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(17) 焦燥の色合い


 生成したヘルハウンドには、体色の黒から「シュヴァルツ」と名付けた。ガウと吠えたのは、同意の印だろうか。


 名前をつけただけでは名付けの効果は生じず、交流を深める必要があると推定されている。この子とも、仲良くなりたいものである。


 ヘルハウンドの生成は攻勢を控えての戦力増強の一環でその一番手となる。まだ、何体か生成するつもりだったのだが……、遠くからフウカの声が聞こえた気がした。


 胸騒ぎがしたので、謁見の間に出てセルリアに脳内通話をかける。シュヴァルツもとことことついてきていた。


【主様……、お待ちしておりました】


【フウカに呼ばれた気がして連絡しているんだが、何があった?】


【かつてない規模のオーク共が襲来しており、初見の上位個体が複数確認されています。東南、南方にも同時にやってきているようで、防ぎきれるかどうか】


 セルリアの思念から、強い焦燥の色合いが感じられる。


【できるだけ凌ぎつつ、無理なら退却しろ。他の方面の状況を確認して、また連絡する。俺もすぐに向かう】


【承知しました。それと、村への警告の使者は指示通りに送ってあります】


【よくやってくれた】


 休養組の出陣準備を整えるようポチルトに指示してから、東南のコカゲと南のルージュの状況を確認する。


 本来なら東方と南方の支援に回るはずのコカゲが防戦一方に回っており、ルージュは完全に混乱に陥ってしまっているようだ。


 南方まで含めて一斉に強い圧力がかかるとは想定できていなかった。昨晩の途中からの静けさは、この予兆だったわけか。俺の中に油断があったのかもしれない。


 そして、コカゲとのやり取りもそうだが、特にルージュとでは脳内通話が言葉のみというのもあって、状況を確認しづらい。これがゲーム画面なら神の目で俯瞰できて、どんなユニットとの意思疎通も完璧にこなせるのだが。そのあたりを今後の課題とするためにも、今回の攻勢を凌ぎ切る必要があった。


 ヘルハウンドのシュヴァルツはサスケに託し、同じく休養第三陣として戻っていた配下たちとクラフト、それにポーションの補充に手間取って残留していた知力特化組の二人と一緒にユファラ村に向かう。サトミとソフィリアには、大攻勢が始まったようなので拠点に留まるようにと指示したのだが、自分たちは治癒役だからと断固主張されてしまった。元生贄とはいえ人間のサトミはともかく、魔王の配下として生成された存在であるはずのソフィリアにも抵抗されるというのは、どういう状態なのだろう。まあ、これまで配下たちが従順だったのはたまたまで、それが普通であるのかもしれない。


 道中でさらに状況を確認したところ、ルージュが率いる南方勢は村の方へと後退しつつ、防衛を続けているようだ。コカゲが手持ちの戦力から、シリウスらシャドウウルフを含めた配下を割いたために、どうにか崩壊は防げている状態らしい。


 サスケとシュヴァルツを村の防衛のために先行させ、俺もサイクロプスのクラフトらと続く。一つ目の異形の存在が村に出現すれば、混乱を招く可能性はあるが、背に腹は代えられなかった。


 到着前には、サスケとの脳内通話によって村内の状況は概ね把握できていた。農夫たちが防衛に立ち上がっているものの、装備は貧弱だという。間に合いさえすれば、クラフトが背負っている束にして持ってきた剣が役に立ってくれそうだ。


 子どもたちとその母親は、村からの脱出を視野に西端で待機しているそうで、好ましい状態だと言えた。夜間のうちに隣村まで送り届けるのは危険なので、配下の忍者を案内役に、森林ダンジョンに迎える構えを取っておく。


 一方のルージュの方は、苦戦しながらじりじりと後退を続けていて、脳内通話も悲痛な調子となっている。無理をさせてしまっているが、なんとか凌いでもらって合流を果たしたいところだった。


 村の入口にたどりつこうというタイミングで、ルージュの魔法らしい火の風が舞うのが見えた。魔力は限界に近いとの話だったので、いよいよ窮した状態なのかもしれない。


「クラフト、急ぐぞ」


「オーク共は、潰してよろしいのじゃな」


「ああ。ただ、村人が間違って攻撃してきても、手は出さないで欲しい」


「ふ……。農夫が振るう剣など、なんの痛痒もありませんのじゃ」


 なんとも頼もしい言葉である。ルージュに合流を指示して、村の域内に入る。遭遇した農夫たちは、サイクロプスと俺にダブルで気圧されたようで、打ち掛かってくる様子はなかった。



 ユファラ村有志と俺達とは、村に突入間近のオークたちに対して、担当地区を分ける形で手分けしての撃退を目指した。クラフトが携えてきた幾振りかの剣も提供した。


 前回の反省から、村人担当のところも完全に任せきりにはせず、サスケ以下の数名をフォローに回す形にしてみた。開戦後に確認したところ、ノーマルオーク相手なら危なげない戦いぶりだそうで、上位種をサスケが担当すれば充分に戦線の維持が可能だろう。


 セルリアからの報告にあった、エリートオークよりもさらに強力な個体らしいのも出現していたが、サスケであれば相手できそうだ。


 こちら側では、サイクロプスであるクラフトが振り回す棍棒は凄まじい勢いで、軌道に居合わせたオークは、例外なく潰されていく。


 ただ、その戦いぶりは規格外で、他者と連携するのは向かなさそうだった。複数で敵陣に突入させるような形なら、頼れる戦力となるだろうか。噂の鋭い牙の上位個体もその餌食となり、死体に【圏内鑑定】スキルが発動する。大きく力強いオークの正体はマスターオークだった。


 ダークエルフのルージュとその配下には、サトミとソフィリアによる治癒を施したのち、休憩がてら後衛に回ってもらった。群れを率いるマスターオークの相手は、主に俺が担当する形となる。固有武器である「黒月」は、勢いが増したのに加えて残像と音とがより派手になり、いよいよゲームのエフェクトっぽくなってきていた。


 サスケが二体、クラフトが一体、俺が三体のマスターオークを倒したところで、村にまで押し寄せた南方からの襲撃は撃退できたようだった。サスケからは、少し素早い個体を目撃したとの報告もあった。素早さ特化型の上位個体も存在するのかもしれない。


 襲来はひとまず退けたものの、途中で逃げ出したはぐれオークがいる可能性もある。村人たちには、引き続き警戒するようにと依頼して、俺達は東方の救援を急ぐと決めた。


 と、そこで壮年の農夫が二人、同道したいと申し入れてきた。サスケからの、いい動きをしていたとの口添えもあるからには、一緒に来てもらおう。南方への目配りは、一息入れた形のルージュらとシャドウウルフ勢に任せる形とした。想定通りなら、警戒のみで済むはずなのだが。


 同道する二人の素性をサトミに聞いてみたところ、一人はオークと戦って死んだ若い農夫の義理の父親らしい。婿の死に思うところがあるのか、あるいは魔王の軍勢の実情を見ようというのか。どちらにしても、今後を考えれば死なせるわけにはいかない。サトミとソフィリアには、その二人を重点的にケアするよう頼んでおいた。



 そうしている間も、それぞれの戦線を指揮しているセルリアとコカゲとは断続的に脳内通話をつないでいた。南方から村へ向かった一群の討伐を終えたと伝え、コカゲには余裕ができたら東方に押し寄せている集団の側面を衝くようにとリクエストする。


 東方は正面からの圧迫に対して限界であるようで、急いで救援に向かう。


 到着すると、血塗れのセルリアが迎えてくれた。張り詰めた緊張が安堵に切り替わる様子は、かけてしまった負荷の重さを物語っていた。それでも、冷静に気丈に状況を報告してくれる。


 数の圧力もものすごいのだが、それ以上に初遭遇となるマスターオークよりもさらに雄大な体格のオークが問題だそうだ。抑えているのはフウカで、既に一刻以上にわたって単独での死闘を繰り広げているという。介入できるだけの近接戦闘力のある者がおらず、やむを得ず支援攻撃のみ仕掛けているとなれば、急行する必要があった。


 先行したサスケは既に前線に出ていて活躍しているようだ。サトミとソフィリアに怪我人の治癒を頼んで、俺もクラフトと戦場に向かう。


 最前線に到達すると、フウカが数匹のマスターオークを従えた雄大な体格のオークと対峙していた。近づいて手持ちのポーションを浴びせると、緑の霧が真紅の髪の少女を包む。ちらりとこちらに笑みを向けては来るが、表情は明らかに硬い。服のあちこちが破れて紅く染まっており、一騎打ちの激しさが推し量れた。


 大振りな剣を振り回す大オークは意外と俊敏で、隙を見つけると突っかかってくるマスターオーク群の動きも厄介なため、俺が参戦してもなお苦労する状態だった。仕方がないので、俺達は防御に徹して、その間に味方に周辺にいる雑魚オークを討ってもらう形とした。


 ただ、それはこいつが一体だけの場合限定で通じる戦法で、大オークの同類が何体も出てくるようなら、さすがに持ちこたえられない。


 サスケとコカゲに脳内通話で確認すると、幸いにも他にこのサイズのオークは確認されていないようだった。コカゲは配下の一部を東南拠点の守備に残し、精鋭を連れて敵主力の側方に回っている。サスケには、北の湖畔側から回り込ませて、半ば包囲する形を作る。前進していく雑魚オークたちは、態勢を立て直したセルリアたちが始末してくれていた。


 そんな感じで、脳内通話で全体の戦況を確認しながらの戦闘となっていると、どうしても意識が逸れる瞬間が生じる。それを見透かされたのか、まさにそのタイミングで大オークが咆哮を発した。


 思わずぎょっとしたところに、後方に控えていたらしい雑魚オークが一気に突っ込んできた。叫びが合図だったのだろうか。


 一体ずつはまったく脅威とならないノーマルオークも、まとめて群がられると厄介な相手となる。剥がしては斬り伏せていた真紅の髪の少女へと、手下であるはずの雑魚オークを巻き込みながらの大オークの強烈な一撃が繰り出された。


 鋭い音が響き、フウカの剣が跳ね跳んだ。飛び退ろうとするところに、マスターオークの追撃が迫る。俺は降ってきた大オークの斬撃をどうにか受け流すと、オーク共に取りつかれたままでフウカのところへ向かう。「黒月」が残像を描くたびに血飛沫が吹き上がるが、雑魚オークとはいえ数の圧力はどうともならずに、距離を詰められない。


 視界の中で、フウカは素手でマスターオークと渡り合っている。群がるオークの肉弾をかき分けながらも、一気に情勢を覆せないもどかしさが胸を焦がす。


 大きく状況を動かすためには、剣よりも魔法の方が向いているのかもしれない。初期設定で魔法系の項目に振るべきだったのだろうか。これほどまでに魔法の使い手が貴重であると知っていれば、別の判断もあり得たのだが。


「フウカ、受け取れ」


 セルリアの鋭い声と共に、回転しながら剣が真紅の髪の少女へ向けて飛んでいく。後方からの飛来物をちらりと見るや、フウカが蹴りの反動でマスターオークから離脱し、空中で受け取る。それが、大きな分かれ目となった。


 一刀のもとに急追するオーク共を斬り伏せると、死体を蹴飛ばして大オークの斬撃にぶつける。そのときには、俺の周囲に雑魚オークの生存者はいなくなっていた。


「いったん下がって仕切り直すぞ」


 俺の言葉に、やや不満そうな視線を向けてくるからには、一気に決めたかったのだろうか。だが、翠眼の少女はそこかしこに傷を負っている状態で、無理をする局面ではなかった。数歩下がると、果敢にも近づいてきたサトミが、柄杓で俺達に治癒薬をぶっかけてくれる。頼もしいが、やはり和風妖怪っぽさは否めない。


 大オークの方も、一息入れると決めたようだ。先ほどの咆哮に端を発した攻勢が最後の勝負手だったのか、別の仕掛けを残しているのか。策が尽きた状態なら、状況が好転しないとわかっているはずだが。……相手の知的レベルがわからないのは、不安なものだ。



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