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(16) 追加すべき戦力


 ユファラ村に状況を伝達すると、長を始めとする年配の者達はだいぶ安堵した様子だったという。一方で若い世代では危機感が強まっており、働き盛り世代の農夫も参加する形で、防衛隊が結成されたそうだ。いい傾向だと言えるだろう。


 交代で休憩を取る間には、サイクロプスのクラフトと、ポチルト配下のコボルト達、そしてハッチーズを呼び寄せて戦線に参加してもらう形とした。


 休養の組分けとしては、勇者の卵であるフウカと、ダークエルフの統率者セルリア、火系魔法の使い手のルージュらが午前中の第一陣として。忍者群を統べているコカゲと、知力系のサトミ、ソフィリアのコンビらが昼を挟む第二陣として。夕方までの第三陣には、新参ながら腕の立つサスケと俺とが、援軍的なクラフト達の帰還と同道すると決めた。


 昼過ぎまで、遭遇するのは数匹単位のはぐれ個体のみという状況が続いたので、その対応はコボルト達とハッチーズに任せてみた。主力を休養させつつ、彼らに戦闘経験も積ませたいとの思惑からとなる。ハッチーズには、同時に林の花々からの蜜集めも頼んでみる。


 クラフトは、皆の武具の補修に忙しそうだ。最初の追加生成組の朗らかさが特徴的な忍者を中心に、幾人かも参加している。聞けば、彼らはこれまでも周囲の者が使う武具の手入れを買って出てくれていたそうだ。俺の魔剣や比較的ランクの高い武具は、戦闘後の手入れがさほど必要ないのだが、Eランク、Fランクあたりはだいぶ手がかかるらしい。


 元世界での日本刀も、実戦後は手入れが必須だったと聞くし、そのあたりも考えなくてはいけないだろう。手入れ、補修の態勢を整えるのに加えて、替えの武具も持たせた方がいいかもしれない。


 ほぼ前線での待機状態となった俺は、戦力追加についての検討を進めていた。忍者とダークエルフは、前衛に向く個体が出現しづらく、ややいびつな構成となってしまっているのが実状だった。


 今後も考えると、前衛中心の補強をするのもありなのだが、防衛ではなく攻勢向き構成となるとまた話が変わってくる。


 サイクロプスを何体かと、一体目有能説を踏まえてヘルハウンド、リザードマン、オーガあたりを一体ずつというのもありかもしれない。まずは試してみるべきか……。


 考えをまとめきれないままに、首をくるりと回した俺は、その流れの中で無意識に大きな伸びをしていた。野営生活にも慣れてきているが、この世界に来てからゆったり風呂に入れていない。少しのんびりしたいものだ。


 ……そんなことを考えながら、俺は待ちの時間を過ごしていた。



◆◆◇ユファラ村東方・防衛拠点◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ユファラ村東方の野営地には静かな時間が流れていた。西の空からは太陽が、辺りに暖かな光を届けている。


 拠点での休憩を終えた第二陣が戻り、入れ替わりにタクトを含む第三陣が先ほど出立している。


 魔王であるタクトが、単純に休息を取れる状態でないのは、フウカも把握している。昼前に相談していた戦力の増強の手当てをしてくるのだろう。


 戦力が足りているかどうかとの設問自体が、翠眼の少女にはいまいちピンときていない。数人規模の戦闘は実感できるのだが、数十人が関わる戦いとなると、全体像の把握は簡単ではなかった。


 それを踏まえた必要戦力の想定というのは、もうはっきりと謎の世界で、強い仲間がいてくれたらいいなというのがフウカの正直な感想となる。


 タクトやセルリア、サトミたちが真剣に相談しているのを、彼女は遠い世界のように感じていた。その感覚は、弟分であるアクラットに対して抱いていたものと相似してもいた。自分は、想像する力に欠けているのかもしれない。彼女はそう考えている。


 かといって、思い悩んでいるわけでもない。今できることをするという割り切りが、翠眼の少女の中にはあった。かつてのただただ棒を振る存在だった頃からすると、戦いに身を置く現状には充実に近い感覚を抱いてもいる。


 考えごとをするフウカの周囲では、夕闇が足早に森を染め替えつつあった。第三陣が戻るのは、日が落ちてからになると思われた。


 ふと、風が止まった。東、南、西の三方を山に囲まれたこの土地は、さまざまな方向からの風に吹かれる。南から吹いていた風が止み、静けさが周囲を満たす。


 やがて、東から軽やかな風が吹き始めた。髪が風に揺られる感覚を楽しんでいたフウカが、鼻腔にきな臭さが滑り込んでくるのを感じて、片眉を跳ね上げさせる。


 そのとき、彼女の耳朶にか細い狼の遠吠えが届いた。森の奥には野生の狼もいるが、距離感からして魔王の眷属たるシャドウウルフ達のものに違いない。


 周囲を警戒する彼女の翠色の瞳が、東の空からやってくる黒い影を捉えた。漆黒の翼を羽ばたかせたカラスが、甲高い声を発してセルリアの元に舞い降りた。周囲は、明らかに慌ただしくなってきている。


 やがて伝令が回り、指示が伝えられた。総員での戦闘準備、というのがその内容だった。


 これまで、隊は概ね警戒班と待機班に分かれ、少なくとも初動は警戒班だけが動く場合が多かった。周囲の戦士たちの間に、緊張感が走っている。


 そんな中で、フウカの心には不思議と緊張の兆しはなかった。


 やがて訪れたのは、まさに大群だった。最初に突入してきたのは、二匹のエリートオークに率いられた三十匹程度の群れで、手際よく撃退された。


 けれど、同様の群れが二つ、三つと連続して出現して、彼女の周囲を乱戦が満たした。突出した最前線というわけでもないからには、どれだけの数が来ているのかとフウカは訝しんだ。


 第三波を撃退したとき、セルリアが足早にやってきた。移動しながら弓が速射され、夕闇を切り裂いた矢が接近してきたオーク達に次々と突き刺さる。


「フウカ。この辺りは、持ちこたえられそう?」


「私は平気だけど、怪我人が出てる」


 真紅の髪の少女が指し示した忍者に、セルリアが携えてきた革袋の中身をかけた。緑色の煙が立ち上り、傷が治癒していく。


「これを持っておいて、怪我人にかけてあげて」


「わかった。タクトは? 村はだいじょうぶ?」


「主様とは、まだ連絡が取れていないの。ユファラ村には、大群襲来との一報を送った。主様の事前の指示通り、自衛か避難かを求めたけど、彼らがどう反応するかはわからない。……よそも見て回らないと。ここは頼むわね」


 慌ただしく、セルリアが駆けていく。灰色の髪のダークエルフは、この地の全体を見回す役目も帯びている。頼りになるなあとの思いと羨望とが、フウカの胸で溶け合っていく。


 目の前の状況に集中しようとフウカが思い直したとき、彼女がこれまで遭遇したことのない大柄な個体が林の奥から姿を現した。他とは二回りほど違うエリートオークよりも、明らかにさらに大きい。


「あいつは私が引き受ける。みんなは、他のオークを」


 周囲にそう叫んだフウカは、強敵と思われる相手の前方に向かう。対抗できるという確信の持ち合わせはなかったが、この周囲で彼女の剣技が抜きん出ているのは間違いない。全員で当たっては、他のオークたちに突破されてしまう。そう考えると、フウカが相手するしかないのだった。


 大オークは鉄の棒らしき得物を手にしており、その振り下ろす勢いは凄まじかった。けれど、どうにか避けられる速度ではある。


 このオークが、最強の個体なのだろうか。それとも、こいつが何匹も同時にやってきているのか。


 そう考えたフウカだったが、意識して思考を切り替える。今は、目前の戦いに集中すべきだ。


 腰だめに構えた剣を閃かせるべく力を溜めながら、彼女は強く、強く念じる。タクト……、早く来て、と。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◇◇◇◆◆



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