(144) 魔王を討つ剣
◆◆◇龍尾台北西部・斧振りの滝◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
斧を振り下ろすような勢いで水を吐き出す様子から、斧振りの滝と名付けられたその滝は、潜龍河の源のひとつとなる。流量に占める割合では、実際には地下を通って湧き出す水の方が多いのだが、見た目の派手さから、一般には全量がこの滝から空中に放り出されていると信じられていた。
この日、その滝の上部から放り出されたのは、中海からの水だけではなかった。飛躍した大きな影が、空を斬り裂く勢いで地表に向かう。。
その影を生み出した魔物……、マンティコアの視線の先には、河岸の町があった。しなやかな所作で着地すると、一直線に走り出した。
滝の上方では、一人の男が苦笑を漏らしていた。
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龍尾台北西の、中央域との窓口となる町が巨大な怪物に襲われたとの一報が入った。
天帝騎士団東方鎮撫隊の副長だった、今は亡きジオニルが確保していた地域で、残党が壊滅的な被害を受けたらしい。そして、町で暮らしていたのは、柔風里から移住した、天民と呼ばれる人々となる。いい気味だとまでは思わないが……。
はぐれ魔物である可能性は考えづらく、中央域の魔王が進出してきたのだろう。シュクリーファの東方鎮撫隊と、ルシミナ勢が迎撃準備を進めているそうだ。
とりあえず、軍勢の主力をシュクリーファが治める龍尾台中央部に送り込み、様子を見ることにした。ただ、分割統治的な動きとなっているため、特に勇者勢を投入するかは迷うところだった。
前線に様子を見に行っていると、魔王シャルロットが顔を出した。
「中央域からのお客さんとは、厄介でござるな」
「ホントにな。……本格的な攻勢だと見るか?」
「お散歩でござろう」
「町一つ吹き飛ぶ、物騒なお散歩だな。……意見を聞かせてくれるか?」
「そうでござるなあ……。このまま蹂躙をさせていたら、本格的な侵攻を招きかねない、というのはあるのでござる。隠し玉である勇者は出さずに、魔王タクトと偽装魔王程度でどうにか防衛、くらいが理想的でござろうが……」
「偽装魔王は見破られないもんなのか?」
「スキルの【欺瞞】はあまり知られていないのでござるよ。魔剣を使わなければ、手練れの剣士程度と認識されそうかと」
「舐められてこい、ってのか?」
シャルロットは、ジロリとこちらを見据えてきた。
「その通りでござるよ。まさか現状で、中央域の魔王と対等に戦えるなんて思ってないでござろうな」
「いや、もっともだ。……アユム、頼めるか?」
「もちろん。せいぜい、怖がってるふりをして右往左往してみせるよ」
「タケルの前でやってたみたいにか」
「ああ、守るものがあるのも、あの頃と同じだ」
アユムの美しい顔立ちには、今も覚悟の表情が浮かんでいる。
「あたしも行く」
そう軽やかな声で言ったのは、鬼娘魔王のルリだった。
「お供しましょう」
ツカサもまた、同行を表明してくれた。
「拙者も行くでござるよ。猫耳忍者としてなら、問題ないと思うのでござる」
かくして、俺と偽装魔王勢で一当てしてみることになった。
マンティコアは、人の頭とライオンの顔の化け物だったと記憶しているが、さすがにグロ過ぎるということなのか、ゲーム時代のグラフィックと同様に頭部もライオンだった。そうなると、コウモリっぽい羽根があって、しっぽがサソリなだけのライオンである。まあ、象よりも大きいところも、本来ならものすごく特異なのだが。
象以上の大きさでチーター並の動きをされては、普通ならば対抗のしようがない。だが、魔剣なしでも偽装魔王たちは、機敏な動きで対応していた。
シャルロット配下の探索で、マンティコアの他には数十人……、いや、数十体規模の者達が来ているだけだと判明している。
忍者隊で後方撹乱をしているが、殲滅してしまっては、全面攻撃を招きかねない。弱者としては、緩めの攻撃を仕掛けるしかなかった。ただ、本気で攻撃したところで、倒せたかどうかは疑問だが。
俺の双剣のうち、前魔王の帯剣だった「斬神」が唸りを上げ、マンティコアに幾つかの傷をつけた。そのたびに、剣が喜びの唸りを発し、力が流れ込んで来るのが感じられた。
ぐるるぅと唸ったマンティコアが警戒するようにこちらを見据えてくる。距離を置いて油断なく構えていると、指笛が響いた。
巨大な獅子は、風のように戦場を去っていった。
お散歩集団は、悠々と撤退していったが……、シャルロットの情報からすると、マンティコアは主力の一頭ではあるものの、エースではないらしい。中央域の魔王は恐ろしい。
従属するにしても、対抗するにせよ、より強くなる必要がある。それだけは間違いなかった。
希望があるとすれば、勇者を味方にした魔王は、今のところ他にいないらしいところか。
勇者は……、避難民の希望者に教育と戦闘訓練を実施しているのだが、魔王の隠蔽を解除して、勇者の資質がありそうな、あるいはともかく鈍感な者たちを選別している。
その者たちが本当に勇者なのかどうかはわからないが、可能性はある。手厚く育成することにした。
四人の勇者候補生に稽古をつけると、その中でも頭角を現しつつある少年が睨んできた。名は、確かバフタール。
「バフタール……、お前は何を望む?」
俺の質問は、特に意図の込められたものではなかった。だが、金髪の少年は覚悟を決めた声を発してきた。恨みのこもった視線を浴びて、俺の首筋がチリチリとしていた。
「魔王を皆殺しにする」
あんたを含めてな、との言葉は音声にはならなかった。
「ちょっと、バフタール。このタクト様は違うんだってば。すみません……」
くるくる茶髪の少女が、無理やりバフタールの頭を押し下げる。
「いいんだ。頼もしいが、できれば殺すのは最後にしてくれると助かる」
「ああ」
少女の手を振りほどいた金髪の勇者候補生は、まっすぐにこちらを見据えてくる。
俺と、信頼する魔王の仲間たちを討つ剣は、まだ増えていきそうだった。
今回で、第二部が終了となります。ここまでお読みいただきありがとうございました。
第三部の開始までには、また時間をいただいてしまうかと思いますが、よろしければ引き続きお付き合いいただけるとうれしいです。