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(141) 神皇国の皇女



「あの鬼を助命するなどとんでもないことなのじゃ。わたくしは決して同意はせんぞ。疾く首を持って参るのじゃ」


 神皇国の皇女との会見は、荒れ模様となっていた。


 エスフィール卿は、数代前まで主家だったのもあって、ひとまず尊重する方向で様子見をしているようだ。


 シュクリーファは、かつてならば「皇女何するものぞ」といった態度を取りそうに思えたが、礼儀正しく振る舞っている。


 フウカとブリッツは、どこか緊張している様子である。まあ、無理もない。


 そして、俺は……。


「彼女を退けたのは、神皇国の軍勢ではない。その処遇に、あんたの同意が必要とは思わないが」


 相手が理性的に振る舞うなら、敬意を表してもいいのだけれど。


「ふざけるな。下賤の者が何を言うのじゃ。我が統治下にあるこの地で討伐されたからには、処遇はわたくしが決めるのが当然じゃ」


「あー、タクト。まあ、ひとまず落ち着こうか。皇女殿下も、どうか気持ちをお鎮めください。お互いに敬意を持ってですね……」


「こんな奴に敬意を払う必要は認めぬのじゃ」


「奇遇だな。こちらとしても、理非もわきまえぬ、しつけもなっていない存在を敬う必要を感じない」


「な……」


 絶句した皇女殿下を見やって、エスフィール卿はあちゃーと眉のあたりに手をやっている。何を良識派ぶっているのだか。


「俺はお前の臣下ではない。命令される謂れはない」


「帝王国の手の者なのか?」


「いや、俺は誰の臣下でもない。ただの魔王だ」


「魔王だと……? なぜ、魔王が帝王国の貴族と天帝騎士団と一緒に戦っているのじゃ?」


 確かに自己紹介をする前に騒ぎ出されてしまったが、それにしてもだれも説明すらしてなかったのか。さすがに神皇国の下僚が俺やコルデーの存在について、まったく察知していないとは思えない。もしや、無視されてきたのだろうか。


「一緒に戦ったのは、目的が同じだからだ」


「目的とはなんなのじゃ?」


「民を苦しめる存在を討つ。それ以外にない」


「なら、あの鬼人魔王は討つべきであろうに」


「彼女は、攻めてきた相手を撃退しただけだ。民を蹂躙もしていなければ、積極的によその勢力に仕掛けてもいない。俺達は、今後もよその暴虐な魔王退治のために転戦する可能性がある。戦力として引き入れるべきだと考えている」


「じゃが、……じゃが、あやつはわたくしの大事な者達を殺した仇なのじゃ。しかも……」


 その声はやや震えている。忍群魔王コルデーの得てきた情報によれば、頼りにしていた年輩の教育係と、目にかけていた小姓達が討伐に参加し、還らぬ人となったらしい。


「悼む気持ちは察するが、この状況下だ。遺体の扱いはともかく、まっとうに戦った結果を恨むべきではあるまい」


「それは、わかっているのじゃ。じゃが……」


 言い過ぎただろうか。シュクリーファからは、抗議ではないにしても、なんとかしろと言いたげな視線が飛んできている。


 そして、この皇女殿下は、ただの利かん気の子どもというわけでもないようだ。どうしたもんかと考えていると、鼻をすすった黒髪の少女が問いを投げてきた。


「魔王退治というが、暴虐な魔王が総て討ち果たされたら、その後はどうするのじゃ」


「穏やかに暮らすさ。魔王というだけで攻撃してくるなら、その者達と戦うしかないがな」


「その未来が見えているのなら、人間勢力の力を削ぐべきじゃろう。違うか?」


「結果的に何が最良の策かはわからん。その場その場の最善を目指すしかないだろう」


「ラーシャの当主よ。そなたはどう考えるのじゃ。暴虐な魔王がいなくなった後の世界で、この魔王は」


「一緒に生きていきたいと思っております。……これまでの星降ヶ原は、そして潜龍河流域では、旧神皇国臣下と新たに封じられた帝王国系諸侯とでずっといがみ合ってきました」


「そのようじゃな。現れた魔王共にも、一致して当たれていれば別の展開があったじゃろうに」


「できれば、みんなが穏やかに暮らせるようになってほしいのです。それが夢物語なのはわかっています。でも、目指さなくては近づけもしないでしょうから」


 エスフィール卿は、皇女殿下に向けてと言うよりも盟友たちを見渡して言葉をつなげた。


「タクトとなら、一緒にそれが目指せると思っています。次代の魔王がどうかはわからないですけれど」


 唇を噛んだ貴種の少女が、心を奮い立たせるようにまた声を発した。艷やかな黒髪がその所作で揺れた。


「天帝騎士団は、神聖教会はどうなのじゃ。亜人は総て排斥する教義なのじゃろう?」


 恭しく応じたのはシュクリーファだった。


「なによりも大事なのは、人々が平和に過ごせる環境です。個人的には、魔王や亜人にも平和に暮らしてほしいと、今では思っています。……特に一般教徒には、教義に縛られていて、亜人を排斥したがる者達ももちろんおります。できれば、平和に棲み分けていきたいと考えています」


「じゃが……、やはり許せぬ。あの鬼人魔王は、戦った相手を配下のオーガ共に喰わせたのじゃぞ。そんな相手と共存できるとは思えぬ」


「オーガの戦士らが、領内に住む者達を無差別に喰らっていたのなら問題だろう。だが、攻めてきた相手を殺して、その死骸を喰う分にはな。……もちろん、敗死した上に喰われた兵達については、痛ましく思う。親しい者を殺され、しかも喰われたとあっては、遺族が怒りを抱くのは当然だ。だが、人の上に立つ者であるなら」


「我慢せよと申すのか」


 力ない言葉からは、当初の反発の勢いは感じられなかった。


 討議事項は租借の件に移った。これには、皇女殿下はもちろん、周囲の補佐役らしき者達も抵抗の構えを見せた。


「だが、魔王に侵略されて、奪還できずにいたのだから、その時点で既に神皇国の領地じゃなくなってるんじゃないのか」


「じゃが……」


 皇女殿下単体で見ると、抵抗の勢いは鬼娘魔王の処遇についてよりも弱い。


「本来であれば、帝王国配下のラーシャ侯爵も、天帝騎士団の東方鎮撫隊も、この夕暮浦全域を制圧して帝王に差し出す義務があるのだろう。そこを曲げて、河口の空き地でいいと言っているんだ」


「町でなくてよいのか」


「もちろんだ。根拠地として、使いたいだけだ。まあ、建物は設置するかもしれんが。現時点で未利用の土地の提供と、この混乱した情勢を乗り切るために、連携会議を設けてほしいというのは、そんなに重い要求か?」


 黒髪の少女は、腕を組んで考え込んでいる。


「既に開発済みの土地は神皇国で好きに統治すればいい。……周囲の残虐な魔王を討伐する際には、助力もできるかもしれないぞ。把握できていないが、本国は無事なのか? 救援の必要があるんじゃないのか?」


 この皇女が上昇志向の持ち主である旨の調査報告は得ている。俺の申し入れに対して、彼女の脳内では打算が駆け巡っているのだろう。その点は、好感が持てる。


「お主らの言うことが正しいようじゃ。宿営地、居留地を提供した上で、協力体制を構築するための会議体の設置に同意させてもらうのじゃ」


 釣れた!


 俺は心の中でガッツポーズをしつつ、神妙な声音で答えた。


「大きな目的のために、協力できる部分は強力していきたいものだな」




 神皇国の皇女は、魔王を打ち払い、未開発地の租借と引き換えに援軍の当てを手に入れた。勇者が従える魔王や天帝騎士団に号令して勢力拡大を図る旨を本国に説明できる。


 ラーシャ侯爵家の暫定当主であるエスフィール卿は、河川交通の出口としての河口の一角を確保した。ブンターワルト勢に影響されて通商に力を入れているので、収益化の道が広がるだろう。


 天帝騎士団は、魔王の討伐実績を積み上げ、帝王国が入手を悲願としていた夕暮浦に根拠地を確保した。


 東方鎮撫隊の暫定隊長であるシュクリーファは、今回と今後の成果を帝王国と教会中央に対しての力とできる。勇者と魔王を利用して、籠の鳥である皇女を従えつつ、となれば見栄えはいい。


 そして、我がブンターワルト勢は、海への道を手に入れた。


 ダンジョンの確保量こそ足りないが、いずれ森林ダンジョンを連結できれば、潜龍河流域の南部に海まで通じる地下回廊構築の可能性が出てきた。南部が道を手に入れてこそ、潜龍河流域の南北での共存共栄が成立しうる。


 そして、夕暮浦の防衛を一義的には神皇国が担う点も大きな意味があった。今後の開発次第としても、いざとなれば撤退できるのは地味に大きい。


 この地で得られた利権や協力体制の意義は大きいが、それよりも重要なのは、潜龍河流域が友好勢力によってほぼ統一された点にある。


 中央域の入り口近くの、旧ベルーズ伯領の天民たちの移住地は、ラーシャ系の商人の通行を遮る敵対的な姿勢を示しているが、まあ、その程度である。


 今後を見越して軍備に力を入れる必要はあるが、食糧不足対応での増産にも注力してくべきだろう。なかなか、のんびりできる状態は遠そうだ。



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