(14) 守りたい存在
ユファラ村に急行した俺は、先行した配下の忍者の誘導で南端へと向かった。そこには、人間の大人サイズのオークがいた。通常のオークより一回りほど大きく、迫力が感じられる。
その魔物の正体に意識を向ける間もなく、対峙中のフウカとコカゲに加勢する。真紅の髪の少女は、大振りな剣をしっかりと構えていた。
力強く剣を振るう魔物は強敵ではあったが、剛力のサイクロプス相手の稽古を経験した俺ら三人の連係の前に、徐々に追い詰められていく。最後は、コカゲの跳び上がりながらの斬撃が、太い首に致命傷を与える形となった。
強敵が死体になると【圏内鑑定】スキルが有効になり、その素性が知れた。鑑定ウィンドウには、エリートオークの死体と表示されていた。
戦いを終えたフウカは、剣を杖代わりにしようとするも、そのまま地面へとへたり込む。細いその身体は、小刻みに震えていた。
初めての戦闘で、魔物を殺した衝撃だろう。そう考えた俺は、残敵の警戒をコカゲ達に任せて、勇者の卵である少女に声をかけた。フウカの身体は、髪色とはまた違う色合いの赤で染め抜かれていた。
周囲には、様子を見に来たらしい村人たちの姿がある。
「怪我はないか」
「うん、平気。トルシュールが剣を譲ってくれたの。だから……」
彼女の視線は、道端に転がる無残な死体に向けられていた。歩み寄った俺は、跪いて祈りを捧げたのち、再びフウカに歩み寄る。
「孤児院の下の子たちは無事か?」
「無事だと思う。……ねえ、あの子たちが私を怯えた瞳で見ていたの。それに、この周囲にいる村の人たちも」
フウカの視線が、周囲の幾人かの村人たちに向けられる。彼らの顔には、確かに恐怖の色合いがあった。
「あの子らが、彼らが怯えているのは、オークに? それとも、私に?」
この子が怖れているのは、初めての戦闘に対してではなく、周囲からの視線だったわけか。勇者というものは、本来的に孤独な存在なのかもしれない。
「あの村人たちが怖れているのは、魔王である俺だ。フウカが助けた子たちが恐怖していたとしたら、その対象は戦いそのものだ」
ここは断言が必要な場面だろう。俺は少女の肩をつかみ、潤んだ翠眼を覗き込む。
「戦いを、怖れる……?」
「そうだ。村で暮らす人たちにとっては、戦いは本来なら縁遠いものなんだ。……さあ、泉へ行って返り血を洗い流そう」
少女の手を引きずるようにして歩き出しながら、コカゲとの脳内通話で状況を確認する。オークは村の中心部には到達しなかった。今回の襲撃で生じた死者は、自警団に所属していて、孤児院前で勇敢に戦った農夫一人だけだったという。南方を守備していた他の面々は、逃げ帰って無事だったらしい。
南方から侵入されれば、真っ先にたどりつくのは孤児院となる。自警団の連中も、それがわかっていて、それならよいと考えて逃走したわけではないだろうが。
泉のほとりに到着したフウカは、ためらいなく服を脱いで血を洗い流し始めて、俺はあわてて視線を逸らす。
「それにしても、よくがんばったな。剣を譲られたという話だったが」
「うん。危険を知らせに来てくれたトルシュールが、死を悟って投げ渡してくれたの。孤児院の下の子たちを助けるようにと。……それだけでなく、オークに奪われればより大きな被害が出ると思って、自分の身を捨てたのだと思う」
そう考えると、あの上位個体、エリートオークが持っていた剣は、他の自警団のだれかが置き捨てたものだったのだろうか。苦い思いが、俺の胸に広がった。
「そうか……、それは尊い決断だな。なかなか実行はできないと思う」
フウカは、抱えた剣をゆっくりと撫でている。
「この剣、トルシュールの奥さんに返してあげなきゃ。もしかしたら、形見は他には残らなかったかもしれないから。……でも、受け取ってくれるかな。真っ先に自分たちを助けにこなかった夫を、……孤児院出身の連れ合いのことを、悼んでくれるかしら」
その声は、まだ震えているようでもあった。背中越しに対話していると、サトミがまだメルイルファだった頃が思い出される。
質問形式ではあるが、俺に向けた問いではないのだろう。そう感じた俺は、話題を転換させる。
「なあ、フウカ。実際に戦ってみて、どう感じた? もう二度と戦いたくないと思ったのなら、それもよいと思う」
「ううん。孤児院の下の子たちは、やはり守りたい。村の人たちにも、できれば死んでほしくない。それが、せめてもの供養だとも思うし」
「そうか……。心を決めたのなら、武器は用意する」
「一緒に戦わせてくれる?」
「ああ。よろこんで」
そう答えたとき、勇者の卵が背中を預けてきた。かすかな震えが、少女の心の揺れを伝えてくれていた。
拠点に戻って事情を話すと、サトミは真紅の髪の少女を強く抱きしめた。傷ついた女の子には、確かに親しい存在の抱擁が必要だろう。
フウカへの事前に用意していた装備提供と並行して、俺は配下の追加生成を実施した。忍者五人とダークエルフ五人、それにシャドウウルフ十匹が結界水晶の近辺に出現した。
忍者からは、コカゲと同等以上の能力を持つ少年の忍びが現れてくれた。そうなると、さすがに即時の名付け対象だろうと考え、猿飛佐助にあやかって「サスケ」の名を与える。
他の四人も、前回の顔ぶれを標準と考えれば、やや高スペックな面々となってくれていた。
ダークエルフの五人の中では、火系の攻撃魔法を操る濃茶の髪の女性が期待できそうで、魔法系統の連想から「ルージュ」と名付けた。残りのうちの三人は平均的だったのだが、もう一人は飛び抜けて高い知力を持つものの、魔法は使えない、見るからに虚弱そうな少女だった。髪は銀色に輝き、その点でも灰色から黒が基調となる他の個体とはだいぶ感じが異なる。肌もダークエルフにしては淡い色合いだった。
戦闘だけを考えるとハズレ的な存在なのだろうが、知力の高い人物の加入は先々を考えても大歓迎である。銀髪の高知力ダークエルフには、智恵を意味する言葉をもじって「ソフィリア」と名付け、図書室に主として君臨しているサトミと行動を共にしてもらうと決めた。
生成される配下の能力は、おそらくランダムなのだろうが、どうも両極端が出やすい印象も受ける。
今回のソフィリアや、魅了魔法を使うダークエルフあたりの戦闘向きでない個体については、普通なら扱いに困りそうだ。まあ、その場合は還元によって、CPの足しにすればいいのかもしれないが。
とは言っても、ソフィリアの能力値はさすがに極端であり、ダークエルフの一体目として現れていたらだいぶ厳しかっただろう。一体目に補正がつくというのもありうる話だが、保有数によって上下に突き抜けた個体が出やすくなるといった隠し設定もあるのかもしれない。
それを踏まえると、余裕ができたらめぼしい魔物について、一体ずつ生成するのも選択肢となりそうだった。
時間的な余裕はないが、新規生成の面々との交流を持つ意義は大きい。なにしろ、すぐに戦場に送り込むのだから。
食事を用意して対話した中でも、サスケとソフィリアの言動は明快でステータス値を反映しているようだった。ログを確認したところ、まだ名付けのCP消費が発生していなかったため、名を与えた影響ではないものと推測される。
そして、名付けを成立させるためには、やはり単に名前をつけるだけでなく、ある程度は関係を深める必要があるのだろう。
明朗なサスケと、しゃべりも含めてやや幼さのあるソフィリアとでは感じがだいぶ違うが、当人同士の仲はよさそうだ。サスケの方が保護者的な感覚を抱いているのかもしれない。この二人は、コカゲとセルリアの初日よりも、やや硬さが少ないようにも見受けられた。
他の面々の特徴もつかみたいところだったが、一通り話した程度で、出陣の時刻が迫ってしまった。
サトミはいったい、どんな魔法を使ったのだろうか。出立するフウカの顔には、穏やかな覚悟の色合いが浮かんでいた。革の鎧と額当て、手甲、脚絆にやや短めの剣を装備すると、整った顔立ちなだけに凛々しさが際立つ。
新参の配下たちは、自然とサスケが統率する形となった。少年っぽさが残るが、指示ぶりはなかなか堂に入っている。頼りにしてよさそうだ。
村の南方があっさりと突破されたからには、東に全戦力を集中するわけにはいかない。一方で、村で撃退したエリートオークと思われる上位個体が東方にも出現し始めているようで、二分して解決というわけにもいかなかった。
そうなると、東南に機動的に動ける一隊を置いて、左右に援軍に向かう形になりそうだ。さらには、南方へのシャドウウルフによる斥候も必須となる。
遠隔通話でいろいろと相談しつつ、コカゲが指揮する東方の根拠地に向かっていると、村の方からやってきたらしい緑の髪の女性と遭遇した。大きな袋を背負い、鍋を抱えた彼女がこちらに気づくと、やや高めの声が発せられた。
「ファスリームなの?」
「ううん、私はフウカ」
翠眼の少女の知り合いらしいその人物には、どこか見覚えがあるような。そう思って見つめていると、俺と視線があった。
さささと後ずさって顔を背ける動きを見るうちに、はっきりとその容姿が記憶と一致した。彼女は幼子を連れて家から出てきたところで俺と鉢合わせした、パンを売ってもらったあのご婦人である。
フウカに同席してもらって、俺を直視せずに済むような形で話を聞くと、有志で集めた食料を差し入れとして届けに来てくれたのだという。
行為自体は歓迎だけれど、はぐれオークが出没しないとも限らないので同道する。帰りは、誰かに送り届けさせるとしよう。
怖れている存在に差し入れをする意図を訊ねたところ、守られているからにはなにかをしたいと考えてくれたそうだ。ありがたい話だ。
前線向けの糧食は、森林ダンジョンから供給する形となっているのだが、輸送面も含めて人手が足りず、潤沢に供給できているとは言い難い。そう考えると、ユファラ村から一部でも炊き出しをしてもらえると、とても助かるのは間違いない。
帰りはコカゲを護衛につけて、代金の支払いをしたいと伝えてもらったところ、謝絶されてしまったそうだ。
ただ、今後も対応してもらえる可能性を考えると、充分に報いておく必要があった。仕方がないので、多少強引にでも村長に受け取ってもらうとしよう。