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(135) 砂煙の中で


◆◆◇龍尾台・天帝騎士団東方鎮撫隊◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 時期は少し遡る。風が少し柔らかくなってきても、天帝騎士団東方鎮撫隊の長、ファイムの療養は長引いていた。ヴィリスの治癒を受けていれば、展開も変わっていただろうが、天帝騎士団内で魔法による治癒を受けたとなると、純血派との断裂がいよいよ修復できないところまで陥るだろう。


 結果として、東方鎮撫隊の本隊の活動は停滞している。幸いにして、東隣であるラーシャ侯爵領の状況は安定しているため、差し迫った危険はない。


 隊長が復帰できずにいる状態でも、シュクリーファが側にいれば、また話は違っていたかもしれない。


 オークの慰み者とされながら生還し、魔王の軍勢と連携したにせよオーク魔王の二人までもを仕留めた彼女は、半ば生ける伝説と化している。彼女がジオニルの分派活動に従っているために、状況はややこしくなっているのだった。


 それでもファイムに忠節を尽くす者たちは、龍尾台北東の本来の駐屯地を本拠としている。一方のジオニル一派は、北西の中央域の入り口の斧振りの滝に近い辺りを勢力圏としていた。


 中央域は騎士団の分担として管轄外であるだけでなく、敵が強力であると予想される。ジオニルは潜龍河の下流域にあたる東へ向かうと決断した。夕暮浦を制圧している鬼の魔王の打倒を狙っての、ジオニル一派単独での進軍となる。


 夕暮浦は魔王に制圧される以前は神皇国が治めていた土地で、ジオニルが得ている情報によれば、守備兵力は脆弱だったそうだ。


 となれば、霧元原や龍尾台の魔王達よりも戦ってきた敵が弱いはずで、一蹴ができるのではないか。少なくともジオニルは、そう考えていた。


 一方のシュクリーファは、副長一派に属する騎士それぞれに目線を配り、感覚の近い人物を身近に置くようになっていた。信頼できそうな者を選抜するなど、かつての彼女では考えられない行いである。


 だが、彼女が本来備えている注意力を発揮すれば、力量と忠誠度を見極めるのは難事ではなかった。そして、彼らにジオニルへの忠節を演じさせてもいる。


 そう、彼女もまた時機を窺っていたのだった。




 東方鎮撫隊分派組の東方への進出は、ラーシャ侯爵家、デルムス伯爵に話を通した上で実行された。夕暮浦に入ったところで、一派を束ねる副長は、シュクリーファを伴って偵察に出ていた。


 偵察隊が突出するのは、かつて督戦使が謀殺された状況に近いが、ジオニルには自分が図られているとの感覚はなかった。


 予定していた地点まで進んだ時、森から突進してくる者達がいた。地竜に騎乗して先頭に立つのは、角を生やした栗毛の少女で、その左右には鬼人……、オーガの騎兵が付き従っていた。


 中級指揮官から退避が命じられ、一般の兵達が整然と離脱していく。その動きを先導する者達には、明確な意志があった。


 一方で、本陣を束ねるジオニルは、即応できずにいた。その側には、青騎士らの他、シュクリーファの姿もある。


「ジオニル殿、どう動きますか」


 駆け寄った女性騎士の爪先が、土を蹴り上げる。その土が風にのって、二人の周囲を包む旋風となる。


「土魔法だと……? なんと下賤な術を」


 神聖教団では、そして特に天帝騎士団では、魔法は忌避すべき技とされている。シュクリーファも、戦闘で使うために習得したわけではない。幼少期に、魔法だともわからずに遊んでいたために獲得していたのだった。


 女性白騎士は、殺意のこもった斬撃を放つ。


「ま、待て。なぜいきなり殺そうとするんだ」


 必死に逃げ場を探しながらの問いに、自分で考えろと吐き捨てる。罪状を教えるつもりは、シュクリーファにはなかった。


「あれか、ファイムを殺そうとしているからか。あるいは、督戦使を見殺しにしたからか。後は……、異教徒の殺戮を許容したからか」


 この腹黒そうな騎士は、どれだけの罪を抱えて生きているのだろう。まあ、形だけにせよ上官を暗殺しようとしている自分が気にしても仕方がない。そう考えて苦笑したシュクリーファの剣が、ジオニルの得物を叩き落とす。


「おい、まさか、あの雑魚の女騎士を死なせたからとか言うんじゃないだろうな」


 くすりと笑った彼女は、愛しい存在の仇を斬り伏せた。


 感慨もなく死体を見下ろしたシュクリーファは、周囲を巡っていた土煙を吹き飛ばした。そこには、ジオニルの側近らの死体が転がっていた。


 悠然と、彼女は鬼娘魔王の前に進み出る。地竜から降りている彼女は、周囲を鬼によって固められていた。


 シュクリーファの鎧に飛んだ血飛沫に目をやって、鬼娘が言葉を投げつける。その声には、あどけない響きがあった。


「あら、内輪揉め? 招待してくれたのは、あなたかしら?」


「ええ、そうなの。悪いんだけど、いったん退かせてもらえないかしら。今度来るときには、もっと強い相手を用意するわ。魔王と勇者、戦ってみたくない?」


「貴女もなかなか歯応えがありそうだけど……、まあ、そういう話なら我慢しましょうか。死体を持って帰るなんて言わないわよね」


「ええ、もちろん、好きにしていいわ。鬼に喰わせるんでしょう?」


「ただ死なせるより、真摯だと思うんだけどね」


 肩を竦めると、シュクリーファを捉えていた視線が外された。鬼たちは、油断なく強敵であろう騎士を見つめたままだった。




 シュクリーファが次席として指揮を執る旨を宣言するに際して、反対する者はいなかった。ジオニルに近かった者達の大半は、オーガの餌として消化されつつあった。


 霧元原のデルムス伯爵領に腹心の兵力を残して帰還すると、彼女は隊長の私室を訪ねた。


 病床のファイムは、いつになく真剣な表情で迎え入れた。察するところがあったのだろう。


「ジオニルを討ってきました。あの者は、自らの欲望のためにカンテーム殿をわざと死地に追いやり、異教徒の殺戮を使嗾することも多く、さらには隊長の暗殺を企てていました」


「そうか……。レミュールの件は聞いている。その他の事柄も、本来は隊長である俺が責を問うべきだったのに、済まない」


「いえ、それをしづらくさせていた自覚はありますので、お気になさらず。連中の所業を把握するためには、近づく必要がありましたので」


 平然とした彼女の態度から、ファイムは粛清が突発的なものではなく、かなり以前から計画されてきたのを理解した。


「そうか。……シュクリーファ=ヴァルミオ。しばらくこの剣と、隊の指揮を預けたい。受けてくれるか?」


「謹んでお受けしますが、神授剣については辞退させていただきます。この剣を使っていきたいのです」


「わかった。重荷を背負わせてすまないな。……これまで、周囲を慮り、調整してきたつもりだった。けれど、結局は俺自身の腹が据わっていなかったのだと、今ならばわかる」


「いいえ、わたしは隊長のそんな在りようも利用させてもらいました。どうぞ気に病まずに」


 微笑むと、シュクリーファは立ち上がった。冷たくも落ちついた女性騎士を見つめながら、ファイムは悔いていた。副長は自分が職権をもって排除し、彼女とはとことん話すべきだった。隊長として、人間として為すべきことを怠った。どうすれば償えるのだろう。


「腹が固まったのなら、為すべきことを為せ。今後に向けた発言権を得るためには、手柄を立てておくのがよいだろう」


「ええ。……そのために、タクト殿の力を借りたいと考えています」


「ああ、それがいいだろう。風折山脈に向かったと聞いているが」


「まもなく戻るようです。出迎えに向かいます」


 頷いたファイムの胸中でも、覚悟が固まっていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◇◆◇◆◇◆



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