(132) CPの獲得方法
連れて行かれたダンジョンの入口からデカわんこが消え去り、やがて薄着の人影が現れた。
金髪碧眼の細身の若者は、顔立ちからすると優しげな美形なのだが、表情の冷たさがその印象を消し飛ばしている。年の頃は、二十代前半といったところだろうか。
「一緒に転生してきた魔王か。……殺しに来たのなら、描いている絵が仕上がるまで待ってほしい」
なにかを諦めたような口調だった。
「あんたのことを、殺しに来たわけじゃない。猫人族の救援のために、やってきたんだ」
「そうだったのか」
「なあ、猫人族を襲わないで済ませる方法はないか。直近で捕まったのは食料を探しに出た者達で、集落が飢餓に陥りそうなんだ。それと、監禁しているようなら、解放も頼みたい」
「……飢餓、とはな。中で話そうか」
「ああ」
俺達はあっさりとダンジョンへと招き入れられた。
その中では……、穏やかな空気の中で楽しげな笑声が聞こえてきた。中と外では、まさに世界が違っていた。
ミューリアの姿を見かけて、同年代らしき猫耳少女が駆けてきた。話の展開からするに、妹であるようだ。元気そうでなによりである。
エリシュオと名乗った魔王に捕らえられた猫人族達は、ダンジョン内でのどかに暮らしていたそうだ。外に出るのは禁じられていて、集落の様子は心配していたようだが、新たに連れられてくる者達から情報は得ていたそうだ。
捕らえられる際に怪我をした者については、ユニコーンによる治療が施されていたらしい。
「なあ、フェンリルとユニコーンなんて超大物が揃っているが、どうやって確保したんだ?」
「ああ、卵を孵化させたら出てきた」
「ははあ、強運の持ち主なんだな」
「他にも出てきたけど、美しくないものは還元した」
「ほほう」
ゴブリンなんかは当然にしても、この調子だと強面の化け物級も還元していそうだ。その点はあまり追求しないでおいた方が、精神衛生上よさそうだ。
「他の魔物の構成は、聞かせてもらっていいか?」
「最初は犬を生成していた。今も、どこかで遊んでると思う」
「ほう」
「猫人族の餌向けには、ラットを生成していた。繁殖してると思う」
それだけで、卵ガチャが生成可能な勢力レベル3に到達はしないと思うんだが、まあ、追求する実益はないだろう。歩きながら話していると、追いついてきたリスっぽいのが画家魔王の肩に乗った。
「かわいいな。その子は?」
「カーバンクルだ」
額には、ルビーのような輝く石が嵌っている。と、フウカの近くに漂っていた黒白の妖精、ヒナタ、ホシカゲが飛んできて、遊び始めた。
「ヒナタ、その子は精霊なのか?」
「違うけど、近しい存在ですね。鉱物関連の加護を持つとされています」
「それはうらやましいな」
そんな話をしていると、猫人族がくつろぐ林にたどり着いた。ミューリアは有名人であるようで、彼らが向けてくる視線には敬意が含まれている。
と、そこに見知った存在の姿があった。
「あら、タクトさんですね」
「ミノリ……なのか?」
ドリアードの娘は、ミノリとよく似ているが、雰囲気は少し大人びているようでもある。
「いえ、別個体です。ミノリは楽しくやっているようですね」
「そうだといいんだが。……ミノリは、この山には来ていないよな。精霊同士の外部記憶ってやつか? となると、情報は筒抜けな感じとか?」
「いえ、敵対していたら、話は変わります。友好的な雰囲気を感じていますが、見誤っていますでしょうか」
「さあなあ。こちらの魔王様が、何を求めているのかがよくわからなくてな」
「何を、とは?」
問うてきたのは、金髪の勢力の長だった。
「なんで猫人族を捕らえているんだ」
「人を捕らえれば、CPが得られるんだろう? 暮らしていくためには、CPが必要だから、フェンリルに頼んでた」
「あー、間違ってはいないが、正しくもないな」
居館に招かれた俺達は、美形の魔王殿に判明しているCPの入手方法について説明する流れとなった。
この森林ダンジョンの主は、捕らえた数でCPが得られると勘違いしていた。
ログの見方を指南した上で、内容は明かす必要がないとの説明もしたのだが、本気で執着がないようで、あっさりと概要が開示された。ここまで得てきたCP、DPはほとんどが滞在ポイントとのことだ。
そもそも「魔王オンライン」も現実に行き詰まりを感じて逃避として試してみたところ、その日に例の魔王召喚の誘いが届いたので、気まぐれで応じてみたらしい。
いざ来てみれば、誰も見たことがない風景や魔物を描ける機会だと、ほぼ絵の制作に集中していたようだ。
猫人族を捕らえるようになったのも、野生の狼に襲われて怪我をしていた者たちをダンジョンに連れてきたらCPが得られたので、そういうものかと考えたらしい。そして、逃げられたらその分が減算されるかと思って、留め置いていたそうだ。結果としては、正しい選択だったわけだが、CP獲得数だけを考えれば殺しておいた方が高かったものと思われる。
彼らの食料としてラットを生成し、繁殖させて狩らせる日々が続いたようだ。そうしている間に卵ガチャができるようになって、フェンリル、カーバンクル、ユニコーン、ドリアードらが出現したとのことだ。どれだけ引きが強いんだか。
いずれにしても、CPは総て卵ガチャに使って、出現した魔物のうち綺麗なもののみ残し、ダンジョンの管理と猫人族の確保をさせて、それ以外は描くのに没頭していたらしい。暴虐な魔王達とは違う意味で狂気を感じさせる在りようである。
まあ、魔王標準からすれば、俺らのような共存派こそが、もっとも異常な類型なのかもしれないが。
俺達は、下界の状況を知らせて、そこに割って入ることも、無視してここで暮らすこともできる旨を説明する。一方で、別方面の、例えば南から侵攻される可能性がある点にも言及する。
「で、今後はどうしたい」
「ここで絵を描いていたい」
俺はミューリアと相談して、本決まりではないとしながらも提案を投げてみた。猫人族がこのダンジョンに移住して、出入りを自由にしつつ、自活を目指すというのがその骨子となる。
採集や農耕などでほそぼそと暮らしていた猫人族ではあるが、この過酷な状況は自ら選び取ったと言うよりは、先人の時代にこの地に逃げ延びざるを得なかったというのが実情である。魔王との関連についても、下界では魔王と世俗勢力に教会まで交えた混戦状態であるからには、かつてほどの忌避感はなくなっている。
外に比べれば明らかに温暖な森林ダンジョンに移住すれば、環境が格段によくなるのは間違いない。
絵描き魔王としては否やはないようなので、さっそくミューリアと、その妹のミューシュラが集落に走って、長の承諾を得てくることになった。
見送った魔王が、俺に視線を向けてきた。
「だが、その話をまとめてあんたになんの得があるんだ」
「俺の拠点が、北側の麓にある。あんたがここを維持してくれれば、南側の守りが固くなるんだ」
いまいち得心がいっていないようである。魔王オンラインは、本当に触ってみただけなのだろう。
「よければ、防御のための戦力を提供しよう。交易もさせてもらえば助かる。……もしも、このダンジョンが守り切れなかったら、俺のところにくるがいい。こことはまた違ういい景色が見られると思うぞ」
「交易で売れるようなものはないと思うが」
「描いている絵は、この世界で発表しないのか?」
「求める人がいるかな」
「とりあえず、幾つか買って、拠点に飾りたい。その他の商材は、猫人族とも相談して、ゆっくり考えればいい。そら、帰ってきたぞ」
ミューリア、ミューシュラの姉妹は、あっさりと話をまとめたようで、その後ろからは族長を含めた猫人族の集団が続いていた。