(131) デカわんことの対峙
一当てしようかと様子を窺っていると、やや遠方から矢が飛んできた。どうやら、猫人族が待ち伏せしていたようだ。ぐるると剣呑な声を発する魔犬からは、先程までの甘咬みに止める対応は期待できそうにない。突進を始めたところで、俺らも参戦した。
吹っ飛ばされた猫人族を回収、治療しながらの撤退戦となったが、実際のところ魔犬の側に本気で戦う気は無さそうで、どちらかと言えば戦利品である猫人族の虜囚に気を取られているようだった。
離脱したところで、厚着の猫人族の娘が声をかけてきた。
「いやぁ、助かったよ。うちはミューリア。やっぱり、うちらじゃどうにも、あのわんこには敵わないな。せめて、連れ去られた子らだけでも取り戻したかったんだけど」
「この辺りに住む猫人族だよな。状況はどうなっている?」
「あのわんこのせいで、食料確保ができてなくってね。このままだと、飢餓に陥りかねない」
「襲われたのは、食料確保のための要員だったのか?」
「特に子を持つ親は、押し止められなくてね。……もうすぐうちらの集落だ。残念ながら、もてなせる状況じゃないけど」
「食事は、手持ちがある。全員を収容できそうか?」
「広さ的には問題ないよ」
彼女の言葉通り、風雪を防げる宿営地は確保できた。
多めに持ってきていた食料を提供したのもあってか、概ね歓迎してもらえた。わりと穏やかな暮らし向きであるようだが、病人や客人がいるらしく、集落内奥部への立ち入りは断られた。
猫人族の長からの説明でも、この集落の苦境が明らかとなった。フェンリルっぽい巨大な魔犬によって、外出する猫人族が連れ去られている。それも問題なのだが、外部からの食料調達が絶たれると、備蓄食料が尽きると飢えて全滅しかねない状態なのだった。
シャルロットからは、星降ヶ原南方か、あるいはブンターワルト内で一族まるごと受け入れる用意がある旨を伝えてもらったが、虐げられてきた存在であるだけに前向きにはなれないようだ。無理もない。
猫人族が亜人の中でも一段強く疎外されてきたのは、先代の魔王とのつながりを喧伝されたからだという。ただ、実際には少なくとも一般の猫人族が魔王側についたわけではなかったようだ。
食料の供給を行ってもいいのだが、この地で暮らしていくには魔犬が、さらにはその主として存在していると思われる魔王とが障害となる。
そして、この地に魔王の根拠地があって、猫人族の集落が風前の灯火となると、俺らの勢力にとってもいい状態ではない。ある日突然、巨大わんこを先頭に魔王の軍勢が下山してくる可能性があるわけで、対応策を準備する必要が出てくる。
そう考えれば、この段階で討伐するなり、一戦して交渉に持ち込むなりしておきたい。展開次第では、より大規模に動員しての侵攻も視野に入ってくる。
そのあたりの事情は、隠さずに猫人族の長と、先程の襲撃を仕切っていた戦士に伝えてみた。
「こちらを利用するつもりを隠さないのは清々しいねえ。なら、うちらも利用させてもらおうかな。妹と爺やも含めた結構な人数が捕らえられているもんで。……よろしいですよね、族長」
「好きにするがいい。残念ながら、儂に皆を守ることはできん。どうにもならなかった場合の最後の幕引きはするが、後は任せる」
「だって。タクト殿でしたよね。一緒にやらせてほしいんだけど」
「ああ、頼りにさせてもらう」
こうして、対デカわんこ戦線における猫人族との共闘が成立したのだった。
猫人族の戦士ミューリアは、身軽な剣士という印象だった。他は概ね狩人出身の弓手であるようだ。
デカわんこと再び遭遇すると、すぐに戦闘になった。中でも活躍したのは、勇者勢の二人だった。さすがにこの魔犬が魔王ではないと思うのだが、対魔王戦に準じるくらいに聖剣の出力が高まっていた。相手の格によって、変動する仕組みでもあるのだろうか。
一方で、デカわんこは確かに強力なのだが、突進も咬みつきもいまいち本気ではなさそうだ。昨日の甘咬みによる捕縛といい、殺すなとの指示を受けているのかもしれない。前線から下がった俺は、本陣へと向かった。
「なあ、どう思う? あのデカわんこ殿は、本気じゃないよな」
俺の問いに応じたのは、軍師役であるトモカだった。人族の少女なのだが、意外と寒さには堪えていないようである。
「んー、そうですねえ。今のうちに寄ってたかって殺すのが吉でしょうねえ」
「それはまあ、そうなんだがな」
「情が湧いたのでしゅか?」
そう問うてきたのは、ダークエルフのソフィリアだった。
「そう命じる魔王に、興味が湧いているのは確かだ」
「んー、タクト様の中で結論が出ているのなら、確認する必要はないんじゃないでしょうか」
「いや、話を通しておいた方がいいかとおもってな」
「その無駄な配慮は、タクトしゃまっぽいでしゅねえ」
無駄って言うな、無駄って。
勇者二人に退くように伝達すると、魔王四人で近付いていく。戦う気がないのは、先方にも分かったのだろう。
白い毛並みは、雪化粧の野原に映えて美しい。所々が血で染まっているのも、また物々しい雰囲気をいや増していた。
「強き者よ。我らはお前や主君である魔王を討伐しに来たわけではない。魔王と話をさせてもらえないか」
と、脳内に声が響いた。
【主君に手を出さないと約束してくれるか】
「捕らえている猫人族の扱い次第だ」
【それでは、通すわけにはいかない】
「そうだなあ……。なら、これでどうだ。俺らが倒しに来たのなら、主戦力であるだろうお前を打倒する機会は逃さないよな?」
俺は、ポーション鉄砲をデカわんこに噴射する。他の三人もそれに倣った。冬の山地ではあるが、ポーションが凍ることはないようだった。
【むう……】
明確な拒絶の雰囲気はないままに、魔犬は踵を返した。







