(130) 襲撃の現場
翌日の昼過ぎには、目的の地に接近していた。山頂はまだまだ先だが、少し開けた土地に積もる雪はうっすら程度である。周囲の岩肌もあらわな崖が、降雪を阻んでいるのか。
猫人族はこの地に隠れ住んでいたものの、出没するようになった巨大な魔物に圧倒されてしまっているそうだ。
タイミング的に魔王絡みだと思われるが、一方で隠れ里を蹂躙する気配もなく、魔王らしき姿も目撃されていないとなると、どういう状態なのだろう。
猫人族にとって危機ではあるが、その度合いは高くはない。シャルロットが正月に急ぎではないと語っていたのは、そこを正確に瀬踏みした結果なのだろう。彼女の視界には、どれだけの地域が収まっているのだろうか。
「では、猫人族の集落に向かえばいいのか?」
「まあ、そうなんでござるがな。猫人族は、シャイと言うか、外来者を警戒するのでござるよ」
「そりゃそうだろうな。……なら、シャルロットの一党だけ向かうか?」
「んー、でも、救援に来たのにその扱いというのも、いかがなものかって感じがしますね」
トモカの言葉には、棘が含まれている。
「うう、耳が痛いでござるよ。申し訳ない」
そう口にしたシャルロットは、ぴょんと立つ猫耳に手をやっている。耳が痛いのは、冷気のせいもありそうだが。
「トモカ、俺がわりと緩めなせいで、憎まれ役をやらせてすまんな」
「んー、まあ、半分は好きでやってますけどね」
しっかり、半分は違うんだぞと釘を刺されてしまった。それを察した主力組や魔王勢は苦笑している。
と、先行していたモノミが駆けてきた。脳内通話をつなぐと、巨大な犬のような魔物が出現して、猫人族を襲撃しているそうだ。頭が幾つか確認したところ、一つとの返事があった。ケルベロスではないのだろう。
「この先で大きくて強そうな魔物が出現したそうだ。まずはそちらに一当てする形になる」
俺の宣言に、周囲で一気に臨戦態勢が取られた。
現場に到着すると、白い大きな犬のモンスターが猫人族を襲っていた。ただ、モノミの偵察によれば、殺戮するわけではなく、甘噛みして確保しているようだ。
そうなると、様子を見た方がいいかとの話になり、俺達は猫人族を咥えた巨大な白い犬を追尾する。白い毛がもっふりしているところから、フェンリルではないかとの推測が出ている。
「なあ、犬系の魔物なのに、嗅覚が弱いってありうるかな」
俺の問い掛けは、狼人族の少女であるアキラに向けて投げられた。
アユムに目線をやって、頷きを確認した後に答えが返ってきた。
「ないでしょうね。とっくに気づいていて、捕らえた猫人族の搬送を優先してるんだと思う」
アキラの耳はぴんと立っていて、冷気の中でも凛々しさを失っていない。そのあたり、シャルロットとはだいぶ印象が違う。
「だよなあ。餌って感じでもないから、魔王拠点に監禁してるのかな」
「ダンジョン滞在ポイント狙いで? それもまた迂遠な……。この地に元々いたとかはないのかな」
アユムの提示した疑問に、猫耳忍者が応じる。
「その可能性は低そうでござるな。猫人族がこの地に隠れ住んでから、百年は経過しているそうでござるよ。ただ、魔王の大挙出現によって、封じられていた魔物が復活したとかはありうるでござるが」
「魔王だとしたら、卵ガチャか?」
よその地域では、速攻蹂躙しつつ、卵ガチャで大物を引き当てた魔王が勢力を伸ばしているとの話は、みんなに共有している。
「俺も、今からガチャをがんばるかな」
「どうだろね。ペリュトンを引き当てたのは確かだけど、あれは、タケルとどっちの運なのかな」
「まあ、運はあまり自信がないな。ある程度持っていたとしても、初期配置の周辺環境や、生成配下の当たりっぷりで使い果たしたような」
「いやー、そんなに褒められると照れるでしゅよお」
ソフィリアが反応しているのは、どこまでが冗談なのだろうか。まあ、しかし、特に初期からのポチルト、シリウス、ハッチーズにコカゲとセルリア、ルージュやサスケ、ジード、モノミ、シェード、クラフトらの有能ぶりは間違いのないところである。対タケル戦で失った三人も、健在なら頼りになる存在となっていただろうし。
「タクトさまがおっしゃってるのは、サトミや、フウカについてが主だと思いますよ。二人がいなければ、トモカやマチ殿、それにブリッツだって加入していなかったかもしれませんし」
コカゲの口ぶりには、自身は幸運の対象として含まれていなさそうだ。本来なら、お前もだと伝えるべきなのだろうが、ただ、戦闘が近いこの状況でそう告げると、照れてしまって使いものにならなくなる危険性があるので自重する。
「仲が良いことですね」
ツカサの言葉には、淡々としていながらも穏やかな気配が感じられる。
「そうか? そちらのフォッグスとミスティアだって、だいぶ密接な間柄って感じじゃないか」
「いいえ、僕はこの二人の在りようを捻じ曲げてしまいましたので」
「ツカサさま、そんな……。我らは、あのまま無念を抱えたまま朽ち果てるよりも、こうしてお傍にいられる方が」
「そうです、捻じ曲げたなんて」
「ですが、元の君達とは……」
ダンピール魔王の言葉は淡々としたままだが、悔恨が透けて見える。主従の問題だと思わないでもなかったが、俺はつい口を挟んでいた。
「そのヴァンパイアの兄妹は、元の人格とは異なっているのだろう。そこに責任を感じているのもわかる。だがな……、俺の生成配下のソフィリアなんかもそうだが、魔王の配下は命令に従うだけの人形ではない。今のその二人と正面から向き合って、語り合ってもいいんじゃないか」
俺の言葉を受けて、ツカサがレッサーヴァンパイア達に視線を向ける。兄妹は、やや恥ずかしげな表情を浮かべていた。
「ただ、ちょっとだけ後回しにしてもらえると助かるな。どうやら、フェンリルさまが御用のようだ」
モノミとつないでいた脳内通話で、警告が届いていた。猫人族を鼻先で洞窟へと押しやった巨大犬が、こちらを注視しているらしい。