(128) 新たな魔剣
出陣を前にして、エスフィール卿がブンターワルト城を訪れた。今回はアクシオムだけの派遣となるが、距離のある二柱石家からの人材登用も進んでいるらしく、顔見せ的に連れて来たそうだ。候領都ヴォイムにいると、俺ら魔王勢と他地域の連携を実感するのは難しいらしい。そりゃそうか。
東西の隣接地で有力諸侯が軒並み廃絶、あるいは痛手を負った現状で、ラーシャ侯爵家の存在感は高まっている。なんとかして内部を固めてほしいものだ。
……と言いながら、エスフィール卿は温水プールで楽しんでいたようだ。まあ、息抜きも必要だとは思うが。
会食の席で、俺はアクシオムへの剣の提供について打診した。従士という立場だからか、実力の割に使っている剣の質が低いのは、以前から気になっていた。
「魔王から他家の臣下に剣を与える形はうまくないだろう? ラーシャ家に贈るから、お前から下賜する流れでどうだ」
「そうなんだよね。主筋の家にもなかなかの剣が伝わっているはずで、エクシュラは自分の手に余るからそれを使えと求めているものの、頑として拒否されているらしくて。そうしてもらえると助かるな」
魔王バーガーの新商品であるチキンカツバーガーを頬張りつつ、エスフィール卿が応じる。
「でさあ、お返しってわけじゃないんだけど、預かってほしいものがあるんだ」
そう前置きして持ち込まれたのは、一振りの剣だった。
「ラーシャに伝わる剣で、儀式の時にだけ使ってきたんだけど、このご時勢にそれじゃもったいないと思ってさ」
「検めてもいいか」
「もちろん」
すらりと抜くと、なんともしっくりくる力強い剣だった。「黒月」とはまた色味が違う美しい黒色なのだが、清冽な気配が感じられる。
「やっぱり抜けたか……。じゃあ、決まりだね」
「どういうことだ?」
「ぼくら人間には抜けなかったんだ。勇者から託された、先代魔王の佩剣だと伝わっている」
「儀式で使っていたというのは?」
「戦利品としてさ。でも、そんな情勢じゃないから」
「ふーむ、配下には抜けるのかな」
居合わせたコカゲとセルリアに試させたところ、どうやっても抜けなかった。一方でアユムは抜けたので、魔王限定の装備ということになろうか。
「ただなあ。みんな、それぞれの得物があるからなあ」
「二刀流でいいんじゃないの?」
「長刀の二刀流は、さすがに微妙な気もするなあ。なんか、印象悪くなりそうだし」
「でも、「黒月」は出したり引っ込めたりできるんだよね。こっちを標準使いとして、戦闘中にいきなり「黒月」を出すとかは?」
「それは確かに有効かもな。この剣の銘は伝わっているのか?」
「いや、単に魔剣と呼んでいたみたい」
「ふむ……。わかった、ありがたく使わせてもらおう」
暴虐だったとされている魔王グリューゼンは、この剣で何を為したのだろうか。心の中で問い掛けてみても、答えはなかった。
冬山ではあるが、風向きの関係なのか、風折山脈の北側の中腹までは、雪はそれほど深くない。ただ、安全と評すのはむずかしそうだった。
「なあ、この山の上で本当に猫人族が暮らしてるのか? 猫は暖かいところが好きそうに思えるが」
宿営地で、俺は忍群魔王のコルデーに問いを投げる。いや、今は覆面を外しているから猫耳忍者のシャルロットか。
「しばらく先に、地形の関係で風が吹き込まない土地が幾つかあるのでござるよ。さすがに雪に埋もれて暮らしているわけではござらん」
「この地で食料は得られるのか?」
「秋のうちに活動できていれば、冬越しの分は得られるそうでござるよ。……しかし、フウカ殿。それは暖かそうでござるな」
一行の中で、最も鋭く寒さに反応しているのはフウカだろうか。多少ふっくらしたとは言っても、線の細い少女であるのは間違いない。宿泊場所の洞窟にたどり着いた彼女は、当然のように俺の外套の中に潜り込んで暖を取り始めた。通常なら、意識してしまいそうな位置関係である。
まあ、この勇者との関係性は、親子は言い過ぎだとしても、兄妹に近いような感じなのかもしれない。男女の関係となる雰囲気は、今のところ皆無だった。
「仲のいい勇者と魔王ですな」
淡々とした口調でアクシオム。
「まあ、いがみ合っていても仕方ないからなあ」
「うん。タクトとなら一緒に生きていけると思うし」
苦笑のような、微笑ましさのような空気が周囲を取り巻く。
アユムのところには、狼人族のアキラが接近しているが、さすがに懐にまでは入らず、寄り添うまでに留めているようだ。好意を浴び慣れているアユムに、狼少女の想いは届いているのだろうか。俺が口を出すべきことではないが。
ブリッツは焚き火に身を寄せている。こうして見ると、勇者が寒さに弱いようにも見えるが、実際には人族の幼い存在が寒さ対応に苦労しているといったところか。
エルフ勢は寒さに対してはどこか超然とした様子だし、忍者が弱音を吐く場面はあまりない。あ、コカゲは例外で、少年勇者と一緒に焚き火ににじり寄っていた。こちらもまた、微笑ましい絵面である。
と思って視線を向けていると、ふだんは朗らかな少女忍者が、なにやら恨みがましい表情でこちらを見ていた。フウカで暖を取っている俺をうらやんでいるのだろうか。
「ところで、アクシオムよ。ラーシャ侯爵領はやや落ちついているとは言え、主筋になったルシミナのとこはまだ安定していないだろうに、よかったのか?」
「ええ、サイゾウ殿に任せて安心ですし、侯爵家からは家宰のシャルフィス殿がいろいろと支援を試みておられるようです。俺では、内向きの話の役には立てませんので」
だからこそ、武備面での憂いを減らすために、有力な剣士は本拠にいた方がいいのでは、とも思ったが、まあ、ここに参加して連携勢力との関係性を深めるのも意義深いのだろう。
寒さの対応では、ダンピール魔王のツカサが率いるアンデッド勢が最適と言えそうだ。必ずしもいわゆる冷血、というわけではないにせよ、まったく歯牙にもかけていない。そう考えると、寒冷地にはアンデッドの軍勢が向きそうだ。
ただ、ルージュが炎熱魔法で手ごろな岩を溶かしたために、洞窟内の温度はだいぶ落ちついてきていた。当初は震えていたフウカも、だいぶ表情を緩めてはいるが、まだ俺の膝の上から動こうとはしていなかった。食事の準備もあるのだが、まあ、もう少しいいか。
「なあ、タクト殿。ご飯はまだでござるか。雪山向けの糧食も、なにか工夫しているのでござろう?」
そんな俺の思いを察したのか、猫耳忍者のシャルロットが催促を投げてきた。忍群を率いる覆面魔王のコルデーと同一人物だが、素顔だとその配下の猫人族くノ一になるとの設定は、特に疑いなく受け容れられているようだ。魔王の生成配下として考えればかなり奔放な言動だが、あちらにおけるソフィリアやセイヤ的存在だと捉えているのかもしれない。
まあ、本拠で内向きのあれこれに活躍してくれているミーニャや幹部連は、その事情を把握しているけれど。
「体の中から温まるように、鍋の準備をしているよ。締めはうどんだな」
「うどん、あったまりそうね」
笑みを浮かべて見上げてきたフウカは、軽やかな所作で立ち上がった。どうやら、手伝ってくれるつもりらしい。
今回は精鋭を揃えた結果、総勢は五十人に収まっている。鍋は五つもあれば足りる計算だった。魔王と勇者が共同で作った鍋を振る舞うとしよう。