(124) 真摯な対話
◆◆◇龍尾台北西部・東方鎮撫隊分派根拠地東方◇◆◆◆◆◆
タクト配下の忍者から一報を受けたのは、青騎士の一人だった。オーク三魔王が打倒されて五日後の夕方のことである。
龍尾台北部の西側は、ジオニルが三魔王に挑戦して敗れて逃げ落ちた先を根拠地として、割拠している状態にあった。この地の領主は、事実上は鎮撫隊の副長となっている。
そのため、連絡を受けた青鎧は当然のようにジオニルに報告を上げた。検分にシュクリーファが同行したのは、居合わせた以上の意味合いはない。
難民の集団を襲撃し、殺戮しつつ女性を蹂躙しようとしていた者達を捕捉し、捕縛した。連行しようとしたところ、天帝教徒の自警団を名乗り、天帝騎士団による裁きを望んでいるが、どう処置するか。それが、通報の内容だった。
馬を走らせる間、東方鎮撫隊の副長と女騎士の間に会話はなかった。夕日を浴びながら、説明された場所へと向かう。その間に、彼らは襲撃されたという避難民らしき一群と、エルフらしき女性とすれ違った。避難民の胸には星徴が吊るされており、天帝教徒であるのが見て取れた。
ジオニルが彼らに苦々しげな視線を向けるのには、理由があった。彼が暫定統治している土地を捨てて、ラーシャ侯爵家やファイムらの拠点を頼ろうとしているためである。
指定された場所には、縛られた状態で座らされている者達がいた。彼らもまた、星徴を身に着けている。
捕縛した賊を引き渡しながらも、偵察隊を束ねるその忍者に、彼らへの関心は薄そうだった。日常任務で、拠点に連行するようにと指示を受けていたため、送り先が変わったくらいの認識なのだろう。まあ、もっとも下衆な幾人かは、制圧時に殺害済みとの事情もあった。
無表情で受け取ったジオニルは、魔王の配下を抜き打ちしかねない風情を漂わせていたが、それは忍者たちも先刻承知である。油断なく距離を置いて受け渡しを終えると、早々に立ち去っていった。襲われていた者達の生き残りを護衛する役目も残っている、
ジオニルの事情聴取に対して、彼らは異教徒を殺して蹂躙しようとしただけだと言い放った。だが、襲われていたのが天帝教徒だったのは確認済みである。
襲った相手は天帝教徒だったようだがと問うと、騎士団の統治地域を離れる者達が教徒のはずがない、と言い募る。徒労感が、シュクリーファの肩にのしかかった。
「彼らが住処を離れたのだとしても、天帝教徒を襲ってはいかん。だが……、そうだな、ならば、お前たちは魔王の手下に操られていたんだ。だから、信徒を襲ってしまった。それでどうだ」
「ですが、俺らは別に、操られてなど……」
「操られていたのなら、何をしても罪には問われないんだがな」
「そういうことでしたら、はい、操られていました」
下卑た笑みが騎士と自称自警団の隊長の間で交わされた。
「それに、何も信徒を襲う必要はないだろう。こちらに来るときに、尖り耳の女を見かけたぞ。亜人なり、正真正銘の異教徒なり、選びようはあるはずだ」
「承知しました。気をつけるとしましょう」
話はついたとばかりに馬に乗ろうとする副長に、シュクリーファが近付いた。
「偽りは禁忌なのではありませんでしたか」
女性騎士の問いに、ジオニルは失笑を漏らした。
「何を、脳無しの一般信徒のようなことを。枢機を担う立場を目指すのなら、物を考えぬ連中をどのように導くかに心を砕くべきだ。魔族も亜人も根絶されるべきなのだから、その結果を優先するのは自明だろうに」
「心します。……でしたら、わたしが彼らを尖り耳のところに誘導しましょう。確かに、一石二鳥ですものね」
「よい心がけだな。ならば、任せよう」
ジオニルは、騎乗して去っていった。見送る白金色の女性騎士に、自称自警団の隊長が声を掛ける。
「この縛めを解いてくださいな。そして、なるべく早く案内を頼みますぜ。盛ってる連中が、騎士様に欲情しないとも限りませんし」
愛想笑いを浴びせられたシュクリーファが、微笑を浮かべる。
「目的のためには、結果を優先すべき。確かに、その通りよね」
独りごちた彼女は、愛用の剣を抜き放った。そのまま、話していた相手の首を刎ねる。男の頭部は、下卑た笑いを浮かべたままで地に転がった。
それに気づいて逃げ始めた男たちを、シュクリーファの舞い踊るような剣先が捉えていく。足先でトンと地を踏み抜いたとき、彼女の周囲に他に生きている者は、愛馬だけになっていた。
騎乗した彼女は、エルフ族の女性のところに向かう。
「エルフのお嬢さん、この辺りは危険よ。どちらに向かってるの?」
応じた旅人の説明によれば、退避先を探して中央域にまで偵察に出ていたそうだ。そちらもだいぶ乱れているという。
「この地のエルフ族は、オーク魔王によって蹂躙されちゃったのよ。無事な人たちは、東のタクトという魔王のところに身を寄せたわ」
「魔王のところに……ですか?」
「そこでは、エルフだけでなく、ドワーフや他の亜人も一緒に暮らしていると聞くわ」
そう説明した彼女は、女性エルフを馬に乗せてタクトの陣営地近くまで送り届けたのだった。
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「よう、ファイム。元気そうじゃないか」
「くたばり損ないが、とか思ってそうだな。……フウカ殿の放ってくれた術のお陰だ。感謝している」
「それは、本人に言ってやってくれ。まあ、あれは聖剣の威力のようだがな。魔王を討伐する剣たる伝説の白騎士の後継者を救うのは当然なのかもしれん」
「勇者と共に行動した白騎士以降は、むしろ人と戦ってきたがな」
「剣や騎士なんてそんなもんだろ。……それにしても、警護が緩すぎないか。俺、一応魔王だぞ」
「何を今さら……。幾らでも仕留める機会はあったろうに」
「それはお互い様か。で、隊務はどうするんだ。いっそ全体をジオニルに任せるのか?」
「いや、こちらに残ってくれてる者達だけでも、直接見るさ。……もう、気を配っていられる場合でもない」
ジオニルの周囲にいる純血派と呼ばれる白騎士達は、教会内で影響力を持つ名家の出身者が多いそうだ。各種方針の最終決定は中央で為されるため、彼らの意向は無視できない。
だが、ジオニルのように権力獲得のために動いて、住民と騎士達を危険に晒すとなると、さすがに行き過ぎである。ファイムはそう考えているのだろう。
「シュクリーファは、あっちについたのか」
俺が名を挙げた女騎士は、教会内で指折りの名家の出身らしい。
「ああ。あいつの考えは読めん」
「読めないのなら、一度じっくりと話してみたらどうだ」
俺の言葉に、オレンジ色の髪の騎士が虚を衝かれたような表情を見せた。
「ああ、そうしてみるよ。……ところで、物は相談なんだがな」
持ち出されたのは、俺の目のひとつを借り受けたいとの要望だった。
三魔王討伐から二旬が経過した頃には、龍尾台の情勢が概ね固まりつつあった。
中央域から流れ込んでくる潜龍河の河川交通で栄えてきた北部は、ラーシャ候領と接する東側は療養中ながらファイムが確保した状態となった。一方で、西側の魔王によって滅ぼされた伯爵家の旧所領はジオニルが手中に収めて、分割統治状態となっていた。
事実上の手切れとも言えるが、そこはそれ、手分けして統治という表現で落ちついている。
そんな中で、ベルーズ伯領から移ってきた天民を名乗る者達は、ジオニルの下で北西の通商都市を拠点としているそうだ。ここは、中央域へのほぼ唯一の通路となる地峡を押さえる位置にある、なかなかの重要拠点らしい。
中央から南方は、ラーシャ侯爵家から人数が派遣され、小諸侯群をまとめる形になりそうだ。中央の空白地の復興は難事業で、それを行うだけの実力と経験を備えた者がいないのが実情なのだろう。
ラーシャの人材でそれができるかと言われれば、正直微妙なところである。しかも、龍尾台の飛び地の首座に指名されたのはルシミナだった。一方で、ラーシャ侯領におけるサズーム家では、年輩の従者らに加え、エクシュラとアクシオムの主従に一族の幼子を後見させるとのことだった。
ならば、ダーリオかシャルフィスあたりを補佐役に任じるのかと思えば、彼らは手元から離さないそうだ。じゃあ、実務は誰が見るのかとエスフィール卿に問うたところ、どうしようか、いい案はないかなと応じられた。丸投げする気じゃないだろうなと確認すると、てへっ、と返される。
てへっ、じゃないだろうと文句を言いつつも、俺はそれを共同経営の打診なのだと理解していた。
ラーシャ侯爵家は、俺らにとって潜在的な脅威である。一方で、あちら側から見れば、俺らもまたそうなのだろう。
それぞれの領域にはしがらみもあるので、新たに得た勢力圏を一緒に運営して、運命共同体としての度合いを高めよう。それを足がかりに共存共栄状態に持ち込もうよ、との思惑なのだろう。……それにしても、丸投げ度合いが過ぎると思うのだが。
エスフィール卿に柱石家の当主であるルシミナとダーリオに、家宰としての活動を始めているシャルフィスと、ルシミナの縁者としてのエクシュラ、アクシオムといったあたりは、幾つもの戦場を共にして、気心も知れてきている。そう考えれば、得難い連携相手ではあるのだろう。
ただ、そうは言っても、ブンターワルトのみならず、月見里を治めるブリッツ、霧元原南部の統治を始めたフウカへの支援もしている状態なので、さらに龍尾台南部までとなると、正直なところ手が足りない。
こうなると、その四地区で人を使い回して、施策も共通化して凌ぐしかないだろうか。内政を任せられるような人材は、急には生えては来ないのだから。
エスフィール卿にそう文句をつけながらその構想を明かすと、ダンジョンを延伸しなきゃだねえとのたまった。これはもう確信犯で間違いない。そして、ヴォイムまで延ばすのは後回しでいいからさあ、とまるで譲歩するかのような言い草である。どうしてくれようか。
しかし、今回の龍尾台南部諸侯や、かつての霧元原南部諸侯との顔合わせでの反応を見ても、ラーシャ侯爵家の名は尊敬と憧憬の響きを帯びているようでもある。事実上の同一歩調が取れれば、俺らの道も広がるのだろう。
そんな思いを知ってか知らずか、にへへと笑っているので、頬をつねってやると、いたいにょ、にゃにするんにゃよ、などと抗議してきていた。いい気味ではある。
「で、まじめな話なんだがな」
「ひどいや、ボクはずっと真摯な対話をしてきたのに」
「あー、そういうのいいから。話ってのは、柱石家のうちの、ルシミナとダーリオがいないとこの話なんだけどな」
「うん? さすがに取り潰しはできないよ、まだ」
「潰すよりもさ、当主のとこや傍流も含めて、戦闘や統治に興味のある若いのはいないのか? 何セットか用意しておけば……」
「息のかかったのを用意して、代替わりさせた方が効果的って話? 悪どいなあ……」
「魔王的か? まあ、今の当主も、領都を見捨てた件をちくちくつつかれ続けるんじゃ、いよいよ引っ込みがつかんだろうしな。なにか名誉職でも与える感じでどうだ」
「優しいのか、えげつないのか、判断に迷うところだね」
「まあ、評価は好きにして構わん。……ただ、候補たり得る信頼できそうな人物が見つかればだな。実際のところは、しばらく行動を共にして確認していけばいい」
「わかった。魔王勢力に出向したい子がいないかどうかも含めて、当たってみるよ」
「まあ、当主を刺激過ぎないようにな」
「わかってるって」
実際にはこの少女侯爵(仮)は俺への踏み込みの度合いが強すぎるくらいで、あとは割と常識的な動きをしている。心配する必要はなさそうだ。
踏み込みの強さも、遠慮がちに間合いを図られて互いに延々と瀬踏みを続けるよりは、潔いほどに寄りかかられた方が、受けられない範囲を蹴り飛ばせばよいので正直なところ楽だ。おそらく相手も意図的なのだろう。
ともあれ、現段階での事実上の共同統治に否やはない。エスフィール卿には足元を固めておいてもらうのがいいだろう。
基本的に命令には従順な生成配下と、頼って移住してきた避難民からの志願者をまとめればいい俺と、穴馬的立場から代替わりしたばかりで、周囲を味方で固めきれていないエスフィール卿とでは、統治の難度が違い過ぎる。そこは見極めていくべきだろう。
ルシミナによる暫定統治府の人選について相談しつつ、三魔王のダンジョンを再利用する形で、ブリッツが治める月見里からの延伸方針を固めた。
いよいよ潜龍河流域の南部に回廊が構築されつつあった。