(122) 急襲と救出
こういう局面で、魔王と名付け済み配下の脳内通話の威力は大きい。ファイムと把握済み情報の交換をしつつ、各勢力に動員をかけ、進軍ルートを定めていく。
三魔王の矢面に立つ役割は、ファイムが担当する話となったが、実際には戦力不足が否めない。そこには、ダーリオが率いる改良型戦列と、ブリッツ率いる青鎧勢が参加すると決した。
龍尾台南部に出るためには、月見里から山越えするルートが存在するが、冬のこの時期の踏破はかなりきつい。トモカやアユム、ツカサ、それに青騎士勢と相談して、ブリッツの統治域のダンジョンを延伸しての侵入路設置が決まった。
ここまで手出しされなかったからには、南部諸侯は軽視されていると思われる。ファイムが三魔王の主力を誘い出してくれれば、南方の防備はおろそかになっているだろうと期待できる。本拠を衝いて制圧を狙う手もあるが、コルデーが探ってきた情報を受けて、虜囚と成った女性たちが捕らえられていると思しき館を精鋭で急襲した上で、魔王たちの軍勢の後背に出る段取りを選択した。
急襲部隊は、俺、アユム、ツカサの魔王勢に、フウカ、コカゲ、セルリア、ルージュ、モノミ、ソフィリアらに、エルフ族のキュアラやシューティアら、そしてルシミナとで構成される。
同時に、ラーシャ侯爵家の旗を掲げたエスフィールがエクシュラ、アクシオムらを従えて南部諸侯と合流し、オーク魔王の拠点に牽制的な攻撃を仕掛け、手薄なようなら攻略も、との構えも取る。こちらに派遣する忍群部隊は、ジードが率いる形となる。一方で北方の偵察、奇襲担当はサスケが忍者らの主力を率いて参戦する配置となった。
留守の総大将はサイゾウに任せ、北方のシャルフィス、東方のフセグ、ドリスと連携してもらう。
作戦の全体像のうち、特に南方部分は私情も混ざった作戦であるのは、まったくもって間違いがない。その点に文句を言う者は、少なくとも表立ってはいなかった。
急襲は、忍群魔王……ではなくて、その配下との設定になっている猫耳忍者シャルロットの先導で行われた。
ファイムの軍勢に対応して総出陣がかかっていたためか、そもそも勢力圏内で本拠以外の施設の防備を固める意味を感じなかったのか、何体かの上位個体を仕留めると、後は駆逐するだけで済んだ。
中にいる女性への対応は、キュアラやルシミナ、セルリアらを中心とした女性陣に任せる形とさせてもらった。こんなとき、男性が役に立てることは少ない。
ただ、同行している主力組の女性の中で、フウカとソフィリアは予想される凄惨さを考えて男性陣と待機となった。
ダークエルフのソフィリアについては、見かけと実年齢が一致していない可能性や、そもそも影響を受けるようなキャラか? との話もないでもなかったが、彼女が参加するとなるとフウカを押し止める力が弱くなる、というのが実情だった。
脳内通話をつなぐと、セルリアとコカゲから直截的な表現ではないものの、内部の惨状について報告が入ってくる。そんな中で、シュクリーファが発見されたとの一報が届いた。
やがて忍者を従えたシャルロットによって連れ出された白金色の髪の女騎士は、ふらつきながらも自分の足で歩いてきた。手首と足首には、痛々しい痣が浮かんでいる。
俺のところに来るや、彼女は切羽詰まった声をかけてきた。
「上位種のオークの子を身ごもっていると思うの。他の女性の腹を破って、オークの赤子が出てくるさまを二度見ている。タクト、腹からかきだしてくれない?」
口調に挑戦的な響きはなく、淡々とした感じすらある。単に、俺をこの勢力の長だと認識して、筋を通しているようだ。だが、内容に絶句するしかない。
コカゲが駆け寄って、白騎士の下腹部に手をかざす。気配察知スキルを発動させているようだ。
「います。魔物の気配があります」
どうすればいいかと周囲を見回すと、セルリアが進み出てきた。
「わたしが。……シュクリーファ様、ダークエルフが腹に手を入れてかまいませんか」
「ええ、もちろん。お願い」
「ルシミナ様、手伝っていただけますか。タクト様には、させられません」
「やらせていただくわ。よろしいかしら、シュクリーファ様」
「ええ。なるべく早く。命さえあればいい。剣を使って、陰部を引き裂いてもかまわない。それで使い物にならなくなっても文句はない」
「承知しました」
繰り広げられた光景を、凄惨なものだと表現するべきではないのだろう。眼前の邸宅で日夜繰り広げられただろう情景との比較でも、目的に照らしても。
ルシミナの剣が立ったままの女剣士の下腹部を切り開き、手傷を負ったのか、ぐぎゃあとの声を発したオークが引きずり出される。
治癒術が施されるよりも早く、その赤子がシュクリーファによって踏み潰された。そして、強い光を瞳に宿したままで、声が発せられた。
「気配で察知できるのなら、救出した女性たちをすぐに探って。そして、同様の処置を。……ただ、どうしても死にたいという人がいたら、殺してあげてほしい。タクトが拒否するなら、あたしが」
「いえ、問題ありません。承知しました」
俺に諮るまでもなく応じたコカゲが走り出そうとする。制止して、白騎士が言葉を続けた。
「わたしの腹にいたのは、上位種の子で、腹を食い破るほどの個体だったから強い気配だったのかも。雑魚どもの子種が弱いのだとしたら、察知が難しい可能性があります。時間を置いて、繰り返した方がいいでしょう。そして、できれば気絶させてから……」
頷いたコカゲが、今度こそ駆け出していく。セルリアとキュアラもそれに続いた。フウカは、どこか怯えた表情で一連の動きを見ていた。
シュクリーファを真っ直ぐに見つめたのは、ゆるふわ桃色髪の赤騎士だった。
「あなた……、変わられましたね」
「ええ。わたしには、救われたこの命を使って為すべきことがあるから。……タクト、なぜあなたが泣くの?」
頬に手をやると、水滴が移った。
「どうしてだろうな。……救援が遅くなって済まない」
「助けられなかったことを悔やんでいられる余裕が、あなたにもわたしにもないと思う。……治癒術を頼めるかしら」
声をかけられたキュアラが反問を投げる。
「天帝騎士団で白エルフは穢れた存在と扱われていると聞きますが、術をかけてよろしいでしょうか。人間の術士もおりますが」
「ええ、ぜひ。……中では、エルフの女性に命を助けられた」
シュクリーファの顔つきは、単にやつれただけでなく、どこかぽやんとしていた表情が硬質なものに置き換わっているようだ。俺は、その変貌ぶりに恐怖を覚えていた。
「それで、戦況は?」
治癒術で怪我が塞がる際には、一定の痛みが伴う場合が多い。だが、白騎士はまったく表情を変えていなかった。
「ファイムらが抑えてくれているが、厳しそうだ」
「ならば、すぐに転進を。……だけど、できればここで命を落とした人たちに鎮魂の祈りを捧げたい」
「ああ、かまわない。生き残った女性たちへの処置もあるし、先発隊を出すにしても、もう少し時間がかかる」
「天帝教での鎮魂様式はいいとして、精霊側はそこのダークエルフ……、ソフィリア殿で対応できるわよね? あとは、月影教の儀式もしたいとこなんだけど……」
「あ、あの、書物知識からの再現でよければ、真似事はできると思いましゅ」
「この場合は、きっと気持ちが大切なのよね。お願いできれば」
「……邪教と一緒でかまわないのか?」
「ええ、彼らは分けてほしがるかもしれないけど、そんな時間もないですし。祈りが真摯であれば、問題ないでしょう」
俺は、ルシミナと顔を見合わせた。この人物は、本当にあのシュクリーファ嬢なのかとの疑念を胸に抱きながら。
「わたしも同行します」
軍議の席で、シュクリーファはそう宣言した。
「体を休めなくては駄目。治癒魔法は完全ではない。それはわかっているでしょう?」
応じたルシミナに、蒼い瞳から強い視線が向けられる。
「配慮には感謝するわ。でも、天帝騎士団の危機に、救出されたばかりのわたしが駆けつけることには意味がある。隊長はもちろん、ジオニルにも、中央に対しても。タクト、あなたになら、その意義はわかるでしょう?」
「ああ。今後に向けて大きな意味が出てくるだろう。……同行はかまわんが、道中でできるだけ休養するんだ。地竜に乗っていくがいい」
「助かるわ。……正直、立っているのもつらい」
そこで、フウカが声を上げた。
「ねえ、わたしなら、ペリュトンで先行できる。仕掛けたいんだけど」
「……相手が悪い」
女性勇者がオーク魔王に捕らえられ、繁殖の道具に使われたら……。恐ろしい考えを振り払って、俺は上空からの治癒限定での参戦を提案した。
 







