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(120) 囚われの姫騎士


◆◆◇龍尾台・天帝騎士団当方鎮撫隊根拠地◇◆◆◆◆◆◆◆


 執務机で書き物をしていた天帝騎士団の東方鎮撫隊副長のところに、やってきたのは青騎士の一人だった。唇が歪められ、囁きが発せられる。


「うまくいきましたな。督戦使だけでなく、じゃじゃ馬まで始末できたとは」


「バカを言うな。天帝騎士団にとって、これほど大きな損失を出してしまうとは、不覚の至りだ」


 苦々しい表情を作りながらも、ジオニルの口許はやや緩んでいる。


「だいたい、督戦使のカンテーム殿は、負傷療養中のはずだ。始末だなんてとんでもない」


「そうでしたな。だからこそ、ジオニル殿が指揮を取らざるを得ないわけで」


 にたりと笑って青騎士が応じる。督戦使の死体は隠されており、蛇眼の副長が東方鎮撫隊を指揮するようにとの最後の指示は残っている。そのため、本来の隊長であるファイムの動きも引き続き封じられているのだった。


「この状態でオーク魔王どもを退ければ、完全なジオニル殿の功績となりますな。そうなればもう、事実上の隊長だとさえ言える」


「まあ、蹴散らしてやらねばなるまい」


 ジオニルに近い純血派……、騎士でありながら貴族化した者たちを主軸とした勢力は、旧ベルーズ伯爵家の青騎士勢を正式に組み込み、人員的には東方の霧元原での損耗を回復している。そして、督戦使の命令を自由に繰り出せるために、本来はファイムに近い騎士達を自由に使役できる状態にあった。彼らに、オーク三魔王に遅れをとるつもりはなかった。


「次の攻勢は、正面からになりますかな」


「ああ、小競り合いで勝ちを譲っていたんで、魔王どもが増長しているだろうよ。痛い目を見せてやらんとな」


 ジオニルは、冷静に見通しを話しているつもりである。だが、彼の側近はいつの間にか青騎士勢で占められるようになっていた。その点も、彼は単に適材適所だと捉えている。


 企図されている大攻勢は、天帝騎士団東方鎮撫隊のほぼ総力を投入する状態となる。ここに囚われのシュクリーファと、辺鄙な拠点防衛に回しているファイムらが参加すれば、三魔王軍の主力と拮抗する実力を発揮できるだろう。だが……。


 いずれにせよ、攻勢に出るか守勢に回るかは別として、両者の激突は避けられない情勢にあった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◇◆◇◆◇◆



◆◆◇龍尾台中央部・オーク連合制圧地域◇◆◆◆◆◆◆◆◆


 龍尾台の三魔王の拠点は、いずれもダンジョンだった。そして、軍勢の主力はオークとなっている。


 元世界の「魔王オンライン」では、魔王と種族的に近しい配下を生成した場合には、一定の能力ボーナスが付与されていた。その影響もあって、同一種、同一系統の配下を揃える魔王が多く見受けられた。


 オーク三魔王は、ゴブリンの生成を重ねてボーナス的な精霊まで獲得したタケルほどではないにしても、生成配下の比率はオークに偏っている。損耗と繁殖分も含めての推移によって、この地はオークで満ちているのだった。


 オークは「魔王オンライン」内で、ゴブリンと並んで使い勝手のよい種族とされていた。アーチャー、メイジなどの変異種も多彩で、上位種への進化もゴブリンに次いで条件が緩い。本来なら速攻蹂躙に向いているが、この地の三魔王は精鋭化を優先する傾向にあった。


 オークには雌雄の個体がおり、どちらも一定の範囲内で他種族との交配、繁殖が可能となる。特に雄の個体は見境がなく、蹂躙の際には人間や亜人の女性が交配道具として確保されるのが通例だった。


 魔王達としても、特に上位個体が繁殖を重ね、能力の高い配下が生まれてくるのは歓迎すべき事態で、積極的に助力を行っていた。その結果、三魔王の拠点を結んだ地点に位置していた滅亡した子爵家の邸宅が、交配道具の保管場所として活用されていた。そこで発生した死体は食用にもされ、送り込まれた者たちにとっては地獄のような場所となる。


 三魔王はそれぞれ自分達や側近向けの戦利品の女性たちを拠点に確保しており、その館を訪れはしない。一方で、飽きた者達を送り込む場合はあった。


 生成されたオークの中にも、一定の割合で戦闘に不向きな個体が出現し、そのうちの一部がこの施設の管理を命じられていた。彼らはただ命令に従うのみで、特段の意欲もなく、強い個体を生み出そうとの思惑もない。勢い、管理や扱いは粗雑と評すべき状態だった。


 手枷足枷が装着されたシュクリーファが放り込まれたのは、修羅場と形容するしかない出入り口に近い大部屋ではなく、階段を上がった先にある小部屋だった。だが、それは必ずしも歓迎すべき状態ではなかった。


 その部屋には、ほぼ同時期に他に三人が放り込まれた。一人は耳の尖ったエルフ族の女性で、他の二人は人間の若い娘だった。三人に装着された手枷は、女騎士の手首を固定するものよりはだいぶ華奢ではあったが、それでも外そうとする試みは徒労に終わった。


 協力関係の中で、互いの素性が明かされていく。そんな中で、シュクリーファは絶望の海に沈み、心を閉ざしていた。


 薬草を探していてオークに捕らえられたというエルフの女性は、人間の感覚では三十歳程度の外見だが、なかなかの年輩者であるのだとほのめかしていた。ヒルディアとフルミアと名乗った姉妹の方は、三魔王の勢力圏が故郷に迫ったのを受けて脱出準備を急いでいたところ、同族であるはずの人間によって襲撃を受け、貢物として差し出されたと口にした。


 オーク三魔王は、蹂躙と支配を使い分ける形で勢力を広げてきた。支配域には攻撃は行われないのが原則で、代わりに食料と女性の供出が求められた。想定されていたのは、住民の中から生贄的に選出される形だったろうが、それならばと他の土地からさらってくる者達もいた。姉妹は月影教徒が多く暮らす町の出身で、天帝教徒からすれば日頃から苦々しく感じていた存在であり、狙われたのだった。


 本来なら、その容姿からして魔王の元に置かれそうな二人だったが、妹を守ろうとした姉のヒルディアが、魔王に理非を説いたところ、うるさがられて下げ渡されてきたのだった。


 虜囚の女性たちが押し込まれているその邸宅では、出歩く自由はなく、食事もオークが用意するもののみとなっている。調理されていない野菜や果物中心で、魔物風料理などではないため、逆に食べられないものではなかった。だが、ここで生き長らえる必要があるのか、との思いに姉妹は捕らわれていた。妹のフルミアの方は結婚を控えていて、本来であれば幸せに浸っていたはずの時期なだけに、絶望は深くなっていた。


 シュクリーファが沈黙を守る中で、彼女らを励ましたのはエルフの女性だった。


「大部屋に放り込まれた娘たちもいるから、喜ぶわけにもいかないけど、ここならそれほど頻繁に訪れはしないだろうよ。なるべくあたしが相手にするから、あんたたちは隠れているんだ」


「でも……、そんな」


 フルミアが困ったような声を発する中で、廊下からぎしぎしという音が聞こえてきた。


「そら、おいでなすった。いいかい、出てくるんじゃないよ。金髪の嬢ちゃん、あんたもだよ。余計な声とか物音とか出すんじゃないよ」


 シュクリーファは生返事を発したのみだったが、エルフの女性は安堵の笑みを浮かべていた。そして、かつて子爵婦人の居室だったその部屋に入ってきたのは、禍々しさを備えた上位種らしき隻眼のオークだった。




 荒々しく蹂躙されながらも、エルフ族の女性はオークの意識を自分に向けさせ続けた。事が済んで、オークが出ていったあとで、姉妹が彼女に取りすがって泣き出す。


「だいじょうぶ、こんなのはなんでもないのさ。もちろん、生きて帰れる者たちばかりじゃないが、いつかいきなり終わることだってある。それまで、できるだけあたしが引き延ばすから、望みを捨てるんじゃないよ」


「でも、仮にここを出られたとしたって、好奇の視線に晒されるんじゃない? そんなの、耐えられない」


「そういう奴らもいるだろうけど、きっといいことだってあるさ。おいしいものを食べたり、誰かと笑い合ったり、連れ合いを見つけたり、子を生んだり。もちろん、そればかりが幸せじゃないけれど」


 そのとき、三人に向けて言葉が投げつけられた。


「ホントにそんな未来があると思ってるの? 娼婦のようにオークのために腰を動かしてまで、つなぐ望みじゃないでしょうに」


 シュクリーファの声には、辛辣な響きがある。一見、かつてのようにそのまま浮かんだ想いを吐き出しているようでもあるが、違いは出てきていた。


 親愛なる存在を失い、彼女の望みをかなえられず、復讐すらできないままでこの境遇に落ちたために、冷静な絶望に彼女は包まれていた。


「あるさ。あたしは実際に生き延びた。かつての魔王の時代の収容所からね」


 そう口にした彼女は、百数十年前に魔王が人類世界を攻撃した時代の体験を話し始めた。


 治癒者として魔王討伐に参加していた彼女の所属パーティは、あるとき魔王勢に敗北し、瀕死の彼女だけが捕虜として回収された。


 放り込まれたのは、魔将と呼ばれる異形のゴブリンが管轄する収容所で、凄惨な情景が繰り広げられていた。ただ、魔将の直下のホブゴブリンに気に入られたために、彼女の待遇は比較的悪くなかった。だが、それだけで済んだわけでもない。最悪なのは雑兵の相手をさせられる場合で、身体も単純に壊れるし、精神もすぐに崩壊する。エルフとしての感情抑制と、術士としての技があってもなお、彼女も精神の崩壊の際まで追い込まれた。


 何体かホブゴブリンの子も産まされ、そのたびにいったん身体が壊れかけても、治癒術でどうにか死は回避した。


 いつ果てるとも思えぬ生き地獄は、ある時いきなり終わりを告げた。勇者とその仲間たち、それに赤鎧に身を包んだ騎士たちが魔将を倒したのである。


 勇者たちはすぐに次の戦場に向かい、後処理を任された赤騎士たちは、泣いて詫びながら女達を解放していった。だが、精神が崩れ切っていなかった者は、彼女を含めてわずかしかいなかった。


 故郷である森深くのエルフの集落に戻ったとき、唯一の肉親である弟はとても喜んでくれたという。


 けれど、当然ながら集落の者たちは、彼女の身に何が起こったかを知っていた。エルフには元来から非干渉の風土がある。そのため、殊更に好奇の視線を向けてくる者はいなかったけど、逆に親身になるわけでもない。


 弟だけは労ってくれたが、それを負担に感じてしまう自分がいて、やがて参ってしまった。そうして、彼女は生まれ故郷を離れたのだった。


 長い放浪の中で、娼婦のまねごとをした時期もあったという。人間を相手におままごとみたいな生活を過ごした時期も。そして、いつしか弓を覚えて冒険者になっていた。


「あたしは冒険者生活の中で、夫を得て、子を成すことができた。無事に夫を看取れたし、娘もきっとどこかで元気にやっている。……絶望する気持ちもわかる。でも、私はあの時期にあきらめずに生き抜いて、そして解放されてからも死を選ばなくて本当に良かったと思う。ただ、それは私が幸運にもいい伴侶を得られたからかもしれない。そうでなければ、世を呪いながら死んで、今頃は魔物になっていたのかもね」


 すすり泣きの声を発しているのは、姉妹のうちの、結婚を控えていたフルミアだった。妹を気遣わしげにみやりながら、ヒルディアは決然とした声を発する。


「この子が幸せになる姿を見たいから、できるだけ生きて出られるようにがんばってみる。出られたら、同じ境遇にある人々を支援したい。……だから、フルミア、あなたもあきらめず生きようとしてね」


「わかった、がんばってみる」


「ヒルディア、フルミア。あんんたちに祝福をかけさせてくれるかい? ちょっと強めのやつなんだけど」


 姉妹の同意を得て、室内に淡い光が拡がった。


「そっちの金髪さんも、気が向いたら教えておくれな。名前を知っていると、色々と変わってくるんでね」


 シュクリーファは、返事をする気にどうしてもなれなかった。けれど、名乗るべきだとわかっていた。せめぎあいの末に、彼女は口を開いた。


「あたしはシュクリーファ」


 やがて、彼女の身体を穏やかな光が包んだ。そうして、虜囚としての共同生活が始まった。




 幾度かのオークの上位個体の訪問を受け止めるうちに、女エルフは身ごもっていた。人の臨月ほどには大きくなっていないが、彼女の経験からすると産まれてきそうだとの話だった。


「悪いんだけど、こいつが出てくる傷では、持ちそうにない。かつて子を産まされたホブゴブリンよりも、あのオークはだいぶ上位の存在のようだしね」


「そんな……」


「頼まれてくれるかい? 出てきたオークを、すぐに殺してほしいんだ。あたしゃ、こんなんでも母体としては優秀らしくてね。ホブゴブリンに産まされた奴も、なかなかの災厄を招いたらしいんだよ」


「やってみる」


 ヒルディアが力を込めるが、女エルフの視線は白金色の女騎士に向けられていた。シュクリーファの小さな頷きを見て、彼女は安堵したようだった。


「ところで、名を教えなさい。いくらなんでも、そろそろいいでしょう」


「おや、名乗ってなかったかい。隠すつもりはなかったんだけどね。あたしはルアーシャ」


 そう応じてすぐに、女エルフの呼吸が激しくなる。苦悶の表情を浮かべるも、三人にはさすることしかできない。


 やがて、ルアーシャの腹が波打ち、破られた。そこから、ミニチュアのようなオークが出てくる。そして、憎々しげに新たな世界を睨みつけた。


「最後の魔法を、あなた達に。どうか……、心……健やか…に……」


 暖かな波動が姉妹と女騎士を包む。ルアーシャの気配の中にいた三人は、彼女が旅立ったのがわかった。


 と、そこにいつもの上位個体のオークが現れた。子が生まれたのを察知して見に来たかのようなタイミングだった。


 連れ去られる前に殺さなくては、ルアーシャの遺言を果たさなくては。焦った人間側の感覚を無視して、そのオークは威嚇音を発していた我が子を踏み潰した。そして、エルフの死体を見ると舌打ちめいた音を発して、視線を転じる。その先には、姉妹の姿があった。


 かばうために前に出ようと動き出したシュクリーファを、ヒルディアが手振りと視線で制する。そして、かつて亡きエルフがしていたように、誘うように近づいていった。


 やがて室内に流れた、淫靡と呼ぶには苦しげな息遣いを、フルミアは息を殺したすすり泣きをしながら聞いていた。ヒルディアの想いを尊重して一緒に身を隠しながら、女騎士は今更ながらに思い知っていた。ルアーシャが自らは蹂躙されながらも、同室の三人を気遣って精神を安定させるために祝福の魔法をかけ続けていたのだと。


 舌を噛みたくなる強い衝動に駆られるが、それが正しくない選択だと彼女にはわかっていた。


 そう、ルアーシャがそうしたように、生のある最後の瞬間まであがくべきなのだ。それに、ここから生きて出られたら、為すべきことがあった。




 数日の後、ヒルディアもまた腹を破られて死んだ。最期の言葉は、妹に対しての幸せになってね、との言葉だった。


 次に大オークが現れた時、シュクリーファは唯一となった同室の少女のために、その身を投げ出した。 


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◇◆◇◆◇◆



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