(12) 夜から朝へ
翌日、早朝からオークの十匹前後の群れが波状的に襲来した。夕方まで四度に及び、総計は五十匹に達したという。
四次に分かれてやってきたため、各回の戦闘自体は危なげないものだったようだが、一気に現れたら押し止められたかどうか。それが、いつもながら冷静なセルリアの分析だった。村の自警団は何度か顔を出したものの、戦闘に参加しようとはしなかったらしい。
村人に余計な恐怖を与えないように二人に前面に出てもらっていたのだが、ろくに休息が取れていない状態で夜も担当させるのはきつすぎる。夜襲対応に備えて、戦力を増強する必要があった。
幸いにして、CP、創造ポイントは余裕を持った状態を維持しており、オーク討伐で多少の獲得もできている。現状の選択肢から、引き続き村人に過度の恐怖を与えないという視点と、コカゲとセルリアとの相性も踏まえて選定していこう。
まず、警戒の役に立ちそうな、猛禽類の影隼<シャドウファルコン>と闇夜烏<ダークナイトクロウ>を一羽ずつ生成し、コカゲとセルリアにそれぞれ預けると決める。どちらも最初の個体となり、ハヤブサの方を「カゼキリ」、夜間向けのカラスを「ヨカゼ」と名付けた。いずれ名付けが成立すれば、二羽で48CPとなる。
そして、ダークエルフと忍者を、それぞれ三人ずつ生成する。6人で150CPという計算だった。
ダークエルフは、一人目として体術系に秀でた端整な顔立ちの男性が、二人目に弓に特化した可愛らしい色黒な女性が、そして、体術はそこそこだが魅了魔法を使う、巻き毛で怪しい雰囲気の男性が三人目として、それぞれ出現した。
忍者の方は三人とも男性だった。一人目は、体格の良い朗らかな雰囲気で、どちらかと言えば体術特化系となる。続いては体術いまいちだが情報収集系のスキルを持ったにこやかな人物で、三人目は鋭い目つきが特徴的な、そこそこの体術と隠密行動系スキルを持つ、偵察系の忍びだった。
本来ならゆっくり交流したいところなのだが、今回はどうにも時間が限られている。クラフトにそれぞれの武具を見繕ってもらっている間に、せめて最初の食事を用意して一緒に食べるとしよう。
一方で、長期戦となる可能性もあるからには、前線組のための食料の確保供給も考える必要がある。そちらは、執事的存在になって来ているポチルトと、図書室籠もりの元生贄の女性が動いてくれていた。さすがに戦闘の気配の中では、サトミも読書を多少は控えめにしているらしい。
陽が落ちきっていない刻限に始められた会食には、クラフトとサトミも参加し、そこそこの盛り上がりとなった。新来の六人が浮かべる表情の硬さが、生成当初のセルリアとコカゲを思い出させる。
名付けについては、もう少し様子を見てから再検討すると決める。今後もオークの襲来が続いた場合、さらなる生成を余儀なくされる懸念があるためとなる。
駆け足の交流と戦闘準備を済ませ、六人と二羽を伴ってユファラ村の東方へと向かう。村に近づきすぎないように南回りで進むと、コカゲとセルリアが拠点としている小高い丘が見えてきた。既に周囲は暗くなっている。
「主さま~」
俺の顔を見た忍者の少女が、やや情けない声を発する。ホッとしてくれているようなのはなによりだ。そのあたり、やはり当初よりもだいぶ表情が豊かになっているようだ。そして、疲労の色が見受けられるのは、セルリアについても同様だった。
二人のステータスを確認すると、二人ともレベルが4に上昇としていた。シャドウウルフのうちのシリウスはレベル3で、他の子たちは揃ってレベル2となっていた。いまいち、高いのか低いのかがよくわからないが。
新顔を引き合わせると、忍者とダークエルフ、それぞれの陣営に分かれて情報交換を始めた。名付けの効果もあってか、先輩二人が積極的に仕切ってくれている。配下同士の話もあろうから、俺はそこには入らずにシリウスらシャドウウルフへの食事の配布を優先した。狼達は断続的に休むのに慣れているのか、さほど変わりない様子で食事を楽しんでいるようだった。
コカゲとセルリアに休息を取らせるには、やや強い調子での命令が必要だった。実際問題、明日以降もオークの襲来が続く可能性はあり、二人には万全の状態でいてもらいたい。どうにか仮眠の寝床に送り込むことに成功した。
六人は眠気もなさそうだったので、まずは全員で過ごし、夜半過ぎから交互に仮眠を取ると決めた。
焚き火を囲んでの対話は、生成直後で数時間分しか記憶がないだけに、ややたどたどしいものとなってしまう。ただ、食や武具を始めとする好みについては現段階でも分かれているようだ。特に手に馴染む得物についての話題は、実演を交えたのもあって、そこそこに盛り上がった。腕に覚えがある口ぶりの者は刀剣を好み、そうでもないと槍を選ぶ傾向があるようだ。
同時に、夜襲対応の手筈についての相談も進めておく。ダークエルフは夜目も利くそうで、暗い中でも弓による攻撃は可能だという。
武具の好みの話からは、忍者組から手裏剣が、ダークエルフ側からは投げナイフが、それぞれ欲しがられた。投擲系の武器は武具庫には見当たらなかったので、クラフトにリクエストするとしようか。
夜が更けてきたタイミングで、鳴き声で異変を知らせてくれたのは、カラスの「ヨカゼ」だった。鳥が相手なためもあって完全な意思疎通はできなかったが、警戒を促してくれるだけでもとても助かる。
やがて忍者の一人が気配察知に成功し、防衛態勢が取られた。体術に秀でた面々が前衛を務めて、身を潜めた支援組が周囲から攻撃するのが基本方針となる。その流れの中で、俺は前に出て戦うと決めた。
魔王となってから、個体としては初めての戦闘となる。元世界で殺したのは蚊くらいだったし、殺し合いを前提とした剣術を習った時期もあったが、やはり本気で殺意を抱いたわけではない。けれど、この世界においては、既にセルリア、コカゲと狼達に指示して多数のオークを屠っているわけだ。
今になって、戦闘を恐怖するというのは理屈に合わない。そう考えながらも、現れたオークに実際に相対してみると、戦いについてのためらいが残ってしまっていた。
現れたオークの外見は、二足歩行の豚に牙が生えており、「魔王オンライン」での画像ほぼそのままだった。薄桃色の月明かりに照らされて、なにやら禍々しい美しさめいたものも感じられる。
大きさは小柄な大人くらいだが、その筋肉は締まっており、突進は凄まじい迫力があった。牙で俺を突き刺そうとしているのが、明確に把握できる。
正直なところ、逃げ出してしまいたい気持ちが胸に渦巻く。けれど、横で生成したばかりの配下が戦っている状態で、そうできる立場でもない。覚悟を決めた俺は、突っ込んでくるオークに向けて固有装備である「黒月」を振るった。力を込めて打ち下ろすと、黒い刀身からブンという音が生じた。
残像を伴う斬撃がオークの首元に吸い込まれ、突進を逸らすことに成功した。肉を斬り、生命を絶ち切る感触が腕に伝わり、顔に飛んできた血飛沫は生臭かった。
夜明けまでに、戦闘は三度を数えた。明け方が近づく頃合いにはセルリアとコカゲが起きてきて、共に戦う展開となった。二人の戦いぶりは、ここ数日での実戦経験からか、名付けの効果か、あるいは個体差なのか、新たな六人と比べるとだいぶ安定感のあるものだった。こうなると、二人に指揮役を任せるのは自然な選択となる。
俺単体としては、最初のオークを屠ったときには身の震えを隠すのに苦労したが、明け方の戦闘では冷静に斬り伏せられるようになっていた。魔王として転生したためか、元からそういう素質があったのか。
そうそう、オークの死体を【圏内鑑定】スキルで確認したところ、特に不審な点はなかったのだが、所属が空欄になっていた。となると、他の転生魔王の配下ではないと見てよいのだろう。
もっとも、死ぬと無所属扱いになる可能性もゼロではないが……。配下を死なせて確かめる趣味は、俺にはなかった。
オークの死体を放置しておいたところ、しばらくして塵のように消えていった。体感では、二時間くらいだろうか。その後よく確認してみると、鑑定結果に元世界の時間単位でのカウントダウンが表示されていて、ゼロになると消滅するようだった。
なお、時計が普及していないこの世界での時間単位はざっくりしたもので、通常は太陽の南中を昼として、午前と午後を三分して二時間ほどに区切った刻が通用している。
狩りで仕留めた動物は消滅しなかったし、このような表示も見覚えがない。そのあたりが、魔物と通常の生物の違いなのだろうか。
本来であれば、オークの死体から素材として利用するものはなさそうだが、試みに牙を別場所で保管してみたところ、そちらは消滅せず、カウントダウン表示もなかった。消滅までに素材化すればよいとわけか。
人間がオークの肉を食べるというのは、飢餓状態でもなければ考えづらい事態だそうだ。野生動物と魔物とでは話が違うのかもしれない。
オークの方は、人間を殺したなら迷わずに食べるらしい。オークの悪食は、伊達ではないわけだ。
さて、先日のコカゲの言葉ではないが、この状況で直近のオークの襲来が最後とは考えづらい。今後も続くとの想定で動かざるを得ないだろう。
そして、襲来が度重なるほど、村の危機の度合いは強まるわけで、魔王としての生存戦略の上での意味合いは大きいものとなってくる。オーク達に恨みはないが、最大限利用させてもらうとしよう。
さらに、当面は人間を蹂躙しないという方針を踏まえると、XP、個体経験値が得られる機会としても重要だった。CP、創造ポイントについても、胃袋蹂躙作戦に加えて獲得していく意義は大きい。
早朝の光の中で一日の配置を仮決めし、俺は先に休養するメンバーと一緒に本拠の森林ダンジョンへと戻った。
仮眠をした午前中の間にも、オークの群れが断続的に出現したとの報告があった。コカゲとセルリアは交互に休憩を取る形としているが、その状態でも問題なく撃退を果たせたそうだ。ただ、気になる点としては、威力は低いものの魔法を放ってくる個体がいたのと、礫を投げてくるケースがあったという二点が挙げられた。
サトミに書物での調査状況を確認したところ、オーク・メイジやオーク・アーチャーといった特殊個体に関する記述があり、それらの可能性が高そうだ。そして、上位個体と呼ばれる格段に強力なオークも存在するらしく、気になるところとなる。
オークが継続的に出没した場合の対処法としては、討伐して襲来が途切れたところで本拠の根絶に向かうのが効果的らしい。ただ、途切れる気配は今のところなかった。
午後一番で、俺はサトミを伴ってユファラ村に向かった。入り口近くで遭遇した村人はやはり逃げていったが、今回は姿を見せること自体に意味がある。往訪の目的は、サトミを名代として立てる形での、村への避難勧告の実施だった。
できれば全体を、無理ならば子どもとその母親だけでも、一時的に他の村か森林ダンジョンへの避難を、との勧告は、あっさりと拒絶されてしまったそうだ。大半の村人が、戦闘を目撃してないのが大きいのかもしれなかった。
その代わりに、夜間も含めて自警団が南方を守るので、そちらは任せて欲しいとの宣言が発せられた。まあ、南方は今のところ襲来ルートにはなっていないし、人を出してくれるのは助かるのだけれど。
交渉の様子の報告を脳内通話で断続的に受けながら、入り口付近にある泉のほとりで待機していると、人の気配のない中でやってきたのはフウカだった。その翠眼には、やや強い光が宿っている。
「ねえ、オークと戦ってるの?」
「ああ。コカゲとセルリアを中心に、俺や新しい仲間も参加している。昨日から百匹近くが断続的にやってきているな」
「そうなの……。大人たちは、もうほぼ倒しただろうって言ってるらしいけど」
「今日の午前中にも何度か襲来しているし、なんとも言えないな。危惧するのは、これまでは十数匹くらいずつで来ているのが、一気にまとまって押し寄せたときに、村に突入されてしまうんじゃないかと」
「村のみんなに危機感はなさそうね。……ねえ、私も戦おうか?」
「能力だけ考えれば、間違いなく戦力にはなるだろう。だが、戦闘はきついものだぞ? 魔物とはいえ命を絶つわけだし、覚悟が必要だと思うがな」
「うーん。……考える」
心を決めたら、拠点を訪れてもらえば、連絡を取れるようにしておくし、武具の提供もできるとの話を伝えておく。十四やそこらの普通の人間の少女を戦場に立たせるのは、正直なところ気乗りがしない。俺自らが生成した者たちならいい、というわけでもないのだが。