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(114) 南部諸侯の選ぶ道



 戦後処理のための滞在の間、俺たちはかつてこの地で神皇国系の諸侯の監督役的な立場を占めていたというユルン子爵の館を使わせてもらっていた。血の臭いは抜けきっていないが、建物や調度の趣味はなかなかにいい。


 魔王ツカサの討伐を目指し、協力者とおぼしき村を攻め滅ぼした。態様は問題だったろうが、領主として完全に間違った判断だとは言い切れない。どんな人物だったのだろう。


 戦後処理の合間にコカゲとセルリアと応接室のソファーで一息入れていると、とことことフウカやって来た。隣に腰を下ろして、俺の肩に頭を乗せてくる。だいぶ悩ませてしまっているだろうか。


 信頼する譜代の臣であるかのような存在の二人が、それぞれの柔らかさで紅髪の少女を微笑ましく見つめている。


「無理を言っているのはわかっている。もちろん俺がやってもいいが、試してみるのもありだぞ」


 フウカは、ちょっと頬を膨らませた。精悍な感じがありつつも、当初の痩せ細っていた姿はどこにもない。


「でも、私なんて、コカゲには指揮力でまったく及ばないし、セルリアの統率力や気配りなんかはとても真似できる気がしなくって。ソフィリアやサトミ、トモカ、ウィンディ、それにナギも得意分野があって、とても眩しく見える。そんな私が……、名目だけにせよ統率者だなんて」


 拗ねている感じはなく、戸惑いと逡巡の色合いが強いようだ。


「そうなのか。コカゲは、逆にフウカの強さに憧れて、近づこうと頑張っているらしいぞ」


 忍者の少女がうんうんと頷くと、少し長くなってきた収まりの悪い髪が揺れる。


「それぞれ持っているものは違うが、少なくともここに居る三人を、俺はとても頼りにしている」


「そうよー、フウカがいなかったら乗り越えられなかった場面が何度もあったってば。ここを治めるのなら、手伝うからなんでも言って」


「ありがとう」


 二人のやり取りを、セルリアが微笑ましく見ている。俺は、ふと長命族の感覚を知りたくなった。


「エルフ族は、そういう焦りみたいな感情とは無縁なのか?」


 小首を傾げて、ダークエルフの統率役が応じた。


「どうでしょうか。他の者の感覚まではわかりかねますが。……ただ、弓術も魔法も、やがて勢力内で主力ではなくなる日が来るだろうとは思っています。そうなりましたら、初心者の教育にでも携わりましょう。それも適任者が揃えば、給仕の一人にでも。総ての役割で有用でなくなった場合には、還元していただければ」


 表情はまったくの平穏さが保たれていた。俺は、信頼する存在を見つめて口を開く。


「セルリア、これまで一緒に歩んでくれて感謝している。初期生成組が君やコカゲ、ポチルトやシリウスでなかったら、たぶんこんな勢力にまでは発展してこなかったと思う。その積み重ねがあるセルリアを、他者で代替できるからと見放したりはしない。他にやりたいことが見つかったら話は別だけど、ずっと一緒にいて、助けてくれるとうれしい」


「はい、精一杯努めます」


 宣言したその声も、冷静なものだった。と、フウカがいきり立つ。


「ちょっとセルリア。なに抜け駆けしてるの。ひどい」


 コカゲもまた、やや頬を膨らませている。


「ほんとにそうですよ。それに、今のは求婚のようにも聞こえましたし」


 改めて思い返すと、そう聞こえなくもないかもしれない。けれど、セルリアは平然としている。


「いえ、主従の契りです。求婚などよりは、より深い」


「あたしも、あたしもぜひっ」


 コカゲに身を乗り出して要請されてしまうと、なんだか気恥ずかしい。だが、言葉を返す前にフウカがふうっと息を吐いた。


「私は、でも、ひとり立ちしないといけないの?」


 これはなかなか根源的な問いである。生成した配下であるコカゲやセルリアと、眷属になってくれたサトミやフウカ、ナギ達とではやはり話は違ってくる。一方で、同じ仲間であるのも間違いなかった。


「フウカとは主従ではないからな。対等の関係として、一緒に歩んでいけるとうれしいぞ。いつか道が分かれることがあっても、それはそれだ」


「わかった。隣を歩いてみる。……でも、統治は私一人じゃできそうにない」


「俺だって、一人でやっているわけじゃない。信頼する相手に助けてもらえばいい」


 そう告げると、フウカは深く考え込んだようだった。


 


 翌日になってフウカが挙げた顔触れは、ナギ、ウィンディ、アユム、ソフィリア、サトミ達だった。拒否するつもりはないが、さすがに兼任としてもらいたい主力揃いである。また、名の挙がらなかった中からも、臨時に派遣する場合は出てくるだろう。


 フウカに対しては、彼らの手を借りつつも、南方諸侯の各勢力からも人材を登用し、さらには住民の若者を選抜して育成するよう求めた。諸侯からの登用候補については、ミュートル男爵家の当主、クルモワという諸侯の一人が既にまとめていたそうだ。住民からの登用について意見を求められたその人物は、俄然興味を示してブンターワルトでの人材登用についての情報収集を始めたらしい。どうやら、期待してもよさそうだった。


 任せると決めた以上は、あまり手を突っ込まない方がよいのだろう。そう考えて施策をまとまるのを待ったのだが、なかなかの重みのものも出てきた。


 拠点は旧子爵領に置き、そこまで森林ダンジョンを延伸するのは、想定の内だった。可能であれば、そこに魔王城を設置してほしいというのも、当然の要望だろう。ただ、DP、魔王ポイント的には延伸までが限界となりそうだ。


 それに加えて、ブンターワルトとの往来を円滑にするために河川あるいは水路を設置して水運も実現したいとなると、やや話が大きくなってくる。


 ただ、物量が増大すれば、馬車やゴーレム車の必要数も増えてくるわけで、ブリッツの根拠地まで含めて運河的な水路を設置し、船を行き来させた方が効率的なのも間違いのないところだった。現状は、北側の潜龍河を用いた物流に頼っているのが、南部の東西を遮る山々を気にせずに動けるとなれば、話は色々と変わってくる。


 農業は、柔風里と同様に開墾向け人員を受け容れ、各種作物を育てていく計画となっている。食糧事情もできるだけ早く安定させたいところだった。


 産業面では、菓子作りを盛んにしたいとの話も出て、これもなかなかに注目である。他では、狩猟も活発に行われているらしい。


 そして、組織としては……。俺の想定していたのは、旧子爵領を手中に収めたフウカを首座とする緩やかな諸侯連合のような形だった。


 対して、提示されてきたのは諸侯のうちの希望者が帝王国の秩序から離脱し、フウカに帰属替えするとの形だった。現時点でミュートル男爵のクルモワと、土豪的存在で一城を受け継いだリオーシュとが、フウカへの服属に留まらず、所領を差し出して直臣として従うと表明していた。


 俺は、この案をまとめたであろうクルモワを呼び出した。




「お初に御意を得ます。まもなくミュートル男爵位を返上する手筈となっているクルモワと申します」


「タクトだ。幾つか聞きたいことがあって呼び出させてもらった。念のための確認と考えてもらってかまわない。ゆるりと過ごしてくれ」


「はっ、なんなりと」


 あまりゆるやかにはしてくれないようだ。まあ、気持ちはわからなくもない。


「所領をフウカに差し出すとの話だが、この土地は帝王国から安堵されたものだよな? 断りなく他者に譲ってよいものなのか?」


「断る相手との経路も断たれておりますし、なにより勇者である姫神様に治めていただく分には、帝王国としても異存はないでしょう」


 どうやら、本気で直轄領としてかまわないと考えているようだ。やや軽躁な感じがある人物だと聞いているが、裏表がある感じにも見えない。


「話は変わるが、先日の戦いでは、戦機を見て突出、勇戦したそうだな」


「ええ。……多くの臣下が死にました」


 はっきりと落ち込んだ声を出されてしまった。話に聞くこの地の領主は、領民も臣下も道具程度にしか思っていない連中が多そうなのだが、俺の周囲には変わり者ばかりが現れるのだろうか。


「戦列が崩れていく中で、その崩壊を遅らせ、右翼側との連携を保つべく戦線維持に力を尽くしてくれたと聞いている。貴軍の将兵の犠牲によって、多くの者の命が救われたのは間違いない」


「ご高察痛み入ります」


「褒美を出すような立場ではないが、我が配下も救われたのは間違いない。なにか要望があれば尊重しよう」


「では、改めて所領を姫神様に差し上げることをお認めください」


「認める立場にはないが……。どんなメリットが有るのか訊いてもいいか?」


「姫神様のお力になれるだけではありません。本来は農業を主体にしていた臣下たちを多く失った状態で、男爵家としての兵力の拠出は難しい面もあるのです」


「正直なことだ」


「ついでにもう一つ正直に申しますと、あの戦いで一生分の戦闘は済ませた気がしています。今後は、姫神様のために内政面で力を尽くせたらと考えています」


 戦術眼は惜しい気もするが、視野の広さは内政面でも活かせる場面は多いだろう。


「我がブンターワルトにおいては、戦いを望まぬ者への強制はしないようにしている。フウカもそれに倣うだろう。もちろん、戦場に立ちたいと望む者がいれば、受け容れよう。……他の諸侯にも、所領を供出させるつもりか?」


「そのためには、できれば、所領はひとまず姫神様にお預けする形を取るのがよさそうです。その流れであれば、他の諸侯や土豪も続きやすいでしょう」


 やはり、想定よりも大掛かりになりつつある。帝王国は、同時多発的に出現した魔王への対策で苦労しているようではあるが、滅びるとは限らない。勇者は権威であるとしても、大きな賭けであるのは間違いないだろう。


 けれど、どうやらこの人物には先刻承知であるようだった。


 軍制面では、各諸侯はこれまで通りに、普段は自衛しつつ必要に応じて出兵する方式として、一部を直轄常備軍として供出させる形にしたいそうだ。その兵力を核として、住民からの志願者を鍛えて軍勢とするとの方針には、トモカも立案に参加したらしい。


 ただ、その常備軍はフウカに付き従う存在ではなく、どこまでも本拠と住民を防衛するための兵力の想定だそうだ。親衛隊は、それとは別に手練れを集めて組織する計画で、こちらの調練は、ブンターワルトでの実施とされていた。


 いずれにしても、南部諸侯が従うかどうかも含めて、お手並み拝見と行く形になりそうだった。



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