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(11) 魔物との接触

◆◆◇居館の廊下◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 夕食後の片付け当番を済ませたサトミは、読みかけの本が待つ図書室へと歩き出そうとしていた。そのとき、食堂から声が聞こえてきて、彼女は思わず物陰に身を潜めてしまう。


「……意見を聞いてくださるのは、素晴らしいことだと思いますが」


「まあ、状況を把握せずに無理な命令をされるよりは、良い状態なのは確かじゃな。しかし……、手駒としてただ従えばいい状態より、だいぶきついじゃろうて」


「そうかなあ。要望を聞き入れてもらえる場合もあるだろうし、むしろ楽だと思うんだけど」


 黒エルフのセルリアと、サイクロプスのクラフトの声音が真剣であるのに対して、コカゲの口調にはどこかあどけない響きがある。生成当初からすると、だいぶ柔らかになってもきていた。


「じゃがな、意見を求められる以上は、間違った認識での答えや、意味のない提案を繰り返していれば、いずれ見放されるじゃろうて」


「え……、そんなあ」


 コカゲの声に明らかな狼狽の調子が加わった。思考が必要な方面について、彼女は苦手な分野だと捉えている。


「でもでも、意見ならサトミがしてくれるし。今日は、魔物関係の話だから控えめだったけど」


「それ自体は、尊いんじゃが……。生贄は、本来は喰われるための存在じゃろうに」


 クラフトの声は、淡々としたものだった。そこまで聞いたサトミは、扉の陰からそっと出て、足音を忍ばせてその場を去る。当初はゆったりとした歩みだったのが、早足になり、駆け出してしまう。


 玄関まで来たとき、彼女は扉が少しだけ開いているのに気がついた。ポチルトが見回りにでも出ているのかと考えて、扉の隙間から外を覗く。


 薄桃色の月明かりが降るその場には、魔王タクトの姿があった。扉が開く音に反応して、ゆっくりと振り返る。黒い瞳が、生贄の娘の姿を捉えた。


「夜の散歩か? 侵入者はないはずだが、本を読みながら歩いて、転んだりしないようにな」


 淡々とした口調でそう言うと、少年の姿をした魔王は屋内に向けて歩みだした。サトミがその正面に立ち、問い掛ける。


「ねえ……。こないだ報告した、生贄の効果について書かれた本は読んだ?」


「ああ」


「生贄を取り込めば、魔王はその能力を高められる。そう書いてあったわ。冷静に考えれば、実行するべきだと思う」


 サトミの声音に含まれる真摯さに、魔王の表情が少し改まった。


「そうなのかもな。……だが、純粋にそんなことはしたくない。それに、もう一つしない理由がある」


「それはなに?」


 サトミの瞳に、動揺の色合いが生じていた。魔王が何を口にするのか、それが気になって唇を凝視している。


「こういう事柄には、たいてい裏がある。取り込まないでおけば、別のプラス効果がおそらく出てくる」


 けれど、タクトの口許からこぼれた言葉は、なんとも実利的な内容だった。


「ほんとに?」


「嘘であって欲しいかい?」


「少し、そう思う」


「残念ながら、本当なんだ。生かしておくのは、その効果を得たいためだと思ってくれていい」


 サトミの唇からちいさな吐息がこぼれ、魔王はおやすみと言い置いて邸内へと戻っていった。


 生贄としてやってきた村娘は、淡くにじんだ夜空を見上げた。自分のこれまでとこれからを考えながら。


 夜の森に、軽やかな狼の遠吠えが響く。緩やかな風が、サトミの髪と心とを揺らしていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◇◆◇◆◇◆



 オーク相手とはいえ、戦闘の気配は配下達に緊張をもたらしたようだ。


 遊びに来た勇者の卵の少女がコカゲと模擬戦を繰り広げていると、クラフトが飛び入り参加して持ち前の剛力を披露する形となった。


 一つ目の異形の存在が繰り出す攻撃は人間からすれば規格外で、二人にはいい経験になったようだ。俺も混ぜてもらったが、棍棒の風圧はなかなかのものだった。


 ポチルトの配下として活動しているネームレスコボルトたちには、俺が基礎の手ほどきをしてみる。元世界で少年時代に通った剣術道場の指導法の受け売りではあるが。


 剣術の技法に興味を示したフウカには、返し技を幾つか教えてみる。やはり才能があるのか、あっさりと身に着けていた。


 コカゲも挑戦したが、彼女の興味は自分の手数を増やすことだけでなく、指導法にも及んでいるようだ。意外と師範役が向いているのかもしれない。時間を見つけて、指導法も伝授してみるとしよう。


 伝え方について考えていると、あくびをしながらサトミが歩いてきた。明るい光の下でも、眠気を追い払いきれていないようだ。


「眠そうだな。少しは運動でもしていかないか?」


「やーよ、そんな野蛮な」


「魔王の一の子分とは思えぬ言葉だな」


「誰が子分よ。……一番なら、ポチルトでしょうに」


 順番なら、確かにそうなるのだが。


「で、ただ散歩に来たんじゃないんだろ?」


「もちろんよ」


 サトミのほにゃっとした顔に、にたりとでも表現すべき笑みが浮かんだ。どうやら、図書室で成果が得られたようだった。


 


 図書室からサトミが見つけてきたのは、薬草から作れる回復ポーションについての情報だった。抽象的な記述の本が多い中で、実利的な内容のものもあったわけだ。


 単なる傷薬ではなく、魔法薬という位置づけになるものの、作成にあたっては特に魔力が必要なわけでもないようだ。薬草自体に魔力が含まれているのだろうか。


 森林ダンジョン内と近場の森とで材料を揃えて、皆で作成を試してみる。けれど、うまくこなせるのはサトミと、次いで俺くらいで、器用なはずのクラフトもなぜか成功率は低かった。知力補正でもかかっているのだろうか。


 材料についてはコボルト達を中心に採取してもらって、ポーション作成は図書室で実施する。


 誰がやっても影響がなさそうな下準備には、コボルト達や手空きの配下を動員し、仕上げの部分をサトミか俺が担当する。それくらいなら、サトミも本を読みながら対応してくれそうだった。


 このポーションの用法は経口摂取には限定されず、極端な話となるが浴びせても効果が発揮されると判明していた。そうなると、桶で準備して柄杓でかければいいんじゃないかと、サトミとポチルトがその練習を始めている。その所作は、どこか和風妖怪じみて微笑ましい。


 魔法の使い手は今のところセルリアだけで、治癒魔法は誰も習得できていない。そう考えると、二人が治癒役を務められれば、大きな戦力となるのだった。


 もろもろの準備を整えた俺達は、ユファラ村の長に話を通して、村の東方を中心に警戒のためにうろつかせてもらう段取りをつけた。北方にはユファ湖があり、南西には我が拠点があるため、東と南に絞った対応が可能となる。


 シリウス率いるシャドウウルフらが警戒する中、最初の接触が行われた。



【オーク七匹を仕留めました。こちらの被害は、シャドウウルフ一体が負った軽傷のみです】


 脳内に響くコカゲからの報告には、どこか弾んだような調子が感じられる。脳内携帯的な、この名付け済み配下との通話能力はなかなかに便利なものだった。


【よくやってくれたな。狼の怪我は、どんな感じだった?】


【果敢に噛みついた際の、苦し紛れの反撃での引っかき傷でした。サトミのポーションで治癒済みです】


 ポーションの使い勝手を訊くと、なかなか扱いやすいとの答えが返ってきた。今回は、コカゲとセルリアに革袋入りで渡している。


【敵の武装はどうだった】


【えーとですね。少し尖った石を武器にしていたのがいた以外は牙、突進、それに素手で戦っていました。防具だけでなく、服も身につけていませんでした】


 俺は脳内通話を中断させて、隣で本を読んでいるサトミに声をかけた。


「なあ、オークが素手や石で戦っていて、服を着ていなかったっていうんだけど、そういうものか?」


「よくは知らないけど、殺した人間から剥ぎ取った武具や服を器用に使うとも聞くから、持ち合わせがなかったんでしょうね」


「戦利品が得られていない群れだったわけか」


 いい傾向なのかどうか、いまいち判断がつかない。俺は、再び脳内通話でコカゲをイメージする。すぐに接続された感触が生じた。


【狼達との連係はどうだった? こちらからの指示は、発見してもすぐには攻撃せず、コカゲやセルリアと協力して戦え、としておいたんだが】


【大きな動きとしては、その通りでした。ただ、囲んで戦う形になって、攻撃タイミングが重なってしまった場面はありました】


【まあ、そこは共同での最初の戦いだからな。戦いぶりはどう感じた?】


【戦意旺盛で頼もしかったです】


 狼達がオークに襲いかかる絵面は、なんとも迫力がありそうだ。


【他になにか報告事項はあるか?】


【戦闘の途中で、村の人間達がやってきました。全滅させたあとに、獲物を取るなといった意味合いの発言がありました】


 憮然とした調子が伝わってくる。


【ほう……。そいつらは、武装していたのか? オークと戦ったら、倒せていたと思うか?】


【六人で、軽装でしたが武装していました。特に騒いでいたのは、金髪の若者でした。……さすがに、オークに遅れは取らなかったと思いますが】


 この件もサトミに確認したところ、村の自警団の連中で、金髪というのはクルートだろうとのことだった。彼らにとって、オークやゴブリンあたりの低ランクの魔物討伐は腕の見せどころで、村娘たちへのアピールの機会になるらしい。まあ、知ったこっちゃないが。


【気にしなくていい。譲る必要もないが、俺らだけで戦う理由もないしな】


【はい。戦いを始める前でしたら、今後は譲るようにします】


【で、どう思う。オークは今回の群れだけだと思うか?】


【確信はありませんが……】


【印象でいい。結果的に間違っていてもかまわない】


【あたしには、あのオークたちが最後の七匹だったとは思えません】


 気配察知スキルではっきりと感知しているわけではないにしても、不穏さを感じているようだ。そうなると、引き続き警戒する必要がある。


【武具の具合はどうだ?】


 二人には、銘のある刀と弓以外はクラフトが打ち直した武器庫の武具、防具を装備させている。魔王の武器庫の武具は、金属部分が黒色なのが特徴だったのだが、鍛え直されたものは何の具合か金属色に変化していた。


【とてもしっくりきています。クラフトに礼を言わなきゃいけません】


【伝えておこう。……で、今後についてだが】


【あ、それでしたら、セルリアにお願いできれば】


 脳内通話はとても便利なのだが、一対一でしかつなげないのが面倒なところである。


【セルリア、あらましはコカゲから聞いた。今後について相談したいのだが】


【は、ご指示いただければなんなりと】


【こちらではわからないことが多いから、いろいろと聞かせて欲しい】


 そう告げて聞き取りに入ると、やや高揚気味だった忍者の娘とは対象的な冷静そのものの報告が心地よかった。


 頼れるダークエルフの問題意識は、まずシャドウウルフ達の担当分野に向かっていたようだ。偵察役として有能なのは間違いないのだが、戦闘時に前衛として扱うのか、突破防止の防壁的に考えるか、それによってだいぶ動きが異なってくるのだという。


 彼女の目からすると個体差は大きいようで、隊長格のシリウスと戦闘面に秀でた二頭を前衛役に、それ以外を防壁兼周囲の警戒役としてみようかと話はまとまった。


 シリウスとの脳内通話は、言語でのやり取りができないために伝達の精度がやや不安なのだが、念じる形での指示は出しておく。


 今夜の警戒態勢については、コカゲとセルリアが村の東の小高い場所で交互に休息しつつ、シリウスらシャドウウルフが巡回する態勢とした。


 村の自警団は、七匹撃退で解決済みとの認識のようで、警戒態勢を解除したらしい。まあ、他にいるかどうかはコカゲの感覚以外に判断の根拠がないわけで、正解はわからないが。


【ところで、報告の分担はどう分けたんだ?】


【コカゲからは、総てをわたくしから報告してほしいと頼まれたのですが、戦闘の空気感は彼女からの方がよいかと思いまして】


 忍者の少女は、同僚の冷静さを評価しているわけか。対するセルリアは、同僚に報告の経験を積ませるべきだと考えたのだろう。


【いい配慮だと思う。コカゲとの連係はどうだ?】


【果敢で頼れる前衛です。指示役をわたくしに任せ、嫌な顔をせずに従いながらも、状況に応じて動けますし】


【セルリアは後衛兼指示役という形になっているのか?】


【はい。場合によっては、前にも出るつもりですが】


 セルリアの近接戦闘力は、コカゲや俺と比べれば低いだろうが、話に聞くオーク相手に見劣りするとは思えない。どうやらいいコンビとなってくれているようだった。


 ……その晩には、新たな襲撃はなかった。けれど、事態が収束したわけではなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] (一部訂正、追記しました。すみません。) なかなか面白いです。 読んでいて疑問に思ったのが、異世界の住民が一目で主人公のことを魔王だと判断するのが何故なのかを主人公がきちんと調べようとしな…
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