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【腐敗】



 瞼が重い

 ずっしり ずっしりと

 まるで鉛の様に


 ――オープン ユア アイズ――


 無理だ

 開けられない 

 目を開けたらまた見なければならない

 現実を

 もう嫌だ

 もう疲れた

 これ以上自分に一体 

 何を見ろと?


 ――オープン ユア ハート――


 無理だ

 開かない

 この心の鍵穴は疾うに腐食して

 最早鍵すら通らない

 重い

 重いんだ

 ずっしり ずっしりと

 まるで廃鉄の様に

 

 臭い

 臭い

 におう

 錆びた 

 鉄の匂いだ

 それでいて妙にまた 

 生臭い

 これは

 腐敗した鉄の心のにおいではないのか

 流れ出る 

 腐り果てた血のにおいか


 冷たい

 冷たい

 まるで冷凍パックされた輸血の様に

 ドロリドロリと

 零れ溢れるこの血は

 最早腐っているのだろう

 私の心が

 そうであるように


 ――オープン ユア ハンド――


 やめてくれ

 これ以上何をしろと言うんだ

 この固く握った手を開いたら

 崩れ落ちてしまいそうだ

 この手を掴み握ってくれる掌は

 どこにもないのだから


 この手に握らせてくれたか? 

 自分が欲しかったものを

 ささやかな笑いの欠片の一片すらも

 掴ませてくれたか?

 どうせ伸ばしても

 届きやしない

 もう遠く離れ行く儚い過去

 それは思い出すらも

 くれなかった

 軋んで固まったこの手は最早

 役に立たなくなった朽ちた拳


 ――オープン ユア マウス――


 いい加減にしてくれ

 もうこの口は薄皮がベッタリと貼り付いて

 開かないよ

 無理に開けば血が滲む

 臭くて汚い

 腐敗した赤黒い溶解物が


 そして

 呪うべき憎悪の対象たる相手を噛み殺すべく

 尖りきった牙を曝してしまう

 どうせもう――使い道の無い無意味な牙だ

 一層誰かが

 へし折ってくれないかい?




 無理だ

 無理だ

 無理だ

 無理だ


 あんたはこの自分に与えてくれたか!?

 ずっと求め欲しがったものを!

 それは決して特別なものでも何でもない!

 

 その眼差し

 その笑顔

 その歌声

 その囁き

 その温もり

 その愛情


 欲しかった!

 欲しかった!

 欲しかったんだずっと!

 ずっと!

 ずっとだ!


 しかしお前等二人がくれたものは

 寂しさと悲しさと

 虚無感と疑問

 そして最大の――身近な者の死だ


 ……忘れない

 あの日のことを

 耳に残る騒音を

 遠ざかるサイレンの音を

 虚しく響く、心肺停止を知らせるモニター音を

 薄暗い病室で私は

 大人に囲まれている小さな骸を見詰めていた事を

 医者が告げる宣告を

 この手に握った

 ――白く小さな欠片を――



 そんな思いをさせておきながら

 今になって引き取れだと!? 

 面倒を見てくれだと!?

 どうしてだ!

 自分が望んだ時には

 この手を振り放してあんた達は行ってしまったじゃないか!!

 なのにどうして平気そうな顔で

 そう頼みに来れるんだ!!

 これ以上壊さないでくれ!!


 気が狂う

 気が狂う

 いや

 もう気が狂った自分に何も求めるな

 お前等が引き止めている

 自分の道を

 将来を




  

 ――スタンド アップ――


 立てないよ……

 立てないんだよ

 長年周囲に降り積もった腐葉土に体が埋まって

 ここから抜けられない

 

 そうだな

 自分も一層このまま

 ――朽ち果ててしまおうか

 この日陰の中で

 差し込まぬ陽射しを見上げて

 その眩しさに

 目を――焦がして……


 ひっそりと

 ひっそりと

 ひっそりと――


 もう

 手遅れだ

 このヘドロに沈む我が心を

 掴み取る事が貴方には出来るか



 そうして自分は

 惨めに虚しく生きている




 虚ろなる

 時の中で


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