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第12話 俺のツボ・その後

 うちに帰ると、姉ちゃんがリビングのテレビの前でどたどたと足踏みをしていた。輪っか型のコントローラーを使い、全身運動をしながら遊べるフィットネスアドベンチャーゲームをプレイしているらしい。


「おか、えり、(せい)、ちゃん」

「ただいま」

「見て、これ、買った」

「おもしろいのか?」

「うん。これ、なら、つづ、け、られ、そう」


 姉ちゃんは基本ぐうたらだが、手を変え品を変え、努力すること自体はずっとつづけている。


 俺は犬飼さんの言葉を思いだした。


『しょうがないじゃん。こういうのまだ慣れてないんだし』

『だから慣れさせて』


 慣れていないなら慣れるまでつづければいい。やめてしまえばそれ以上進歩することは絶対にないのだから。


 今日、俺は犬飼さんをちゃんと褒めることができただろうか。自信はない。もっとうまくできたんじゃないかと思う。


 ならもっとうまく出来るようになるまで、図太く継続するしかない。


「クリア~……!」


 姉ちゃんはヨガマットの上に崩れ落ちた。


 ――ちょうどいい練習台もいるし。


 俺はせき払いをした。姉相手だというのに妙に緊張する。


「あ~……。姉ちゃん」

「ん~? なに?」

「なんだかんだずっと運動をつづけられてすごいな」


 姉ちゃんはへらっと口元を緩めた。


「そうだべ? やればできるのよ、姉ちゃんは」


 満面の笑みでペットボトルの水を口に含んだ。


 俺はほっとした。


 ――なんだ、褒めるのって意外と簡単だな。


 深く考えすぎただけだったのかもしれない。


 それに、やはりひとを褒めて喜んでもらえると気分がいい。


 ――俺、自分で思ってるより献身的な人間なのかもしれん。


 俺はさらに賞賛の言葉を重ねた。


「ほんとほんと。それに、ちょっとスリムになってきたし、きれいになったよな。もしかしてカレシでもできた?」


 姉ちゃんのゆるゆるだった顔から表情が消えた。ペットボトルをテーブルにとんと置く。


「あ、あれ? どうした……?」


 突如として場を満たした重苦しい空気に俺は戸惑った。


「成ちゃん」

「はい?」

「体重は増えました! くわえてお肌はぼろぼろ! 男友だちすらおりませんがなにか!?」


 姉ちゃんは床をどんと叩いた。


「皮肉か!!!!!!」

「い、いや、そんなつもりは」

「じゃあなんだっての! ああ!?」


 いまだかつてないぶち切れようだ。


 火に油を注がないよう、俺は正直に答えた。


「ほ、褒める練習だよ」

「練習?」

「俺、ひとを褒めるの下手だから。場数を踏んで、うまくなりたいって思ってさ……」

「成ちゃん……」


 姉ちゃんは言った。


「ド下手!! やめちまえ!!」

「ええ……?」


 ――頑張る弟をいたわる流れじゃないの……?


「成ちゃんがやったのは『おべっか』。褒めるのとはべつのやつ」

「加減がむずいな……」

「心にもないことを言うからそうなる」

「なるほど」

「『なるほど』? ――わたしはきれいじゃないってことか!!」

「誘導尋問でキレるなよ!」

「女なんてな、抱きしめてキスすれば喜ぶんだよ!」

「みんながみんなそうじゃないだろ!」


 姉ちゃんは急に真顔になった。


「わたしはされたいが?」

「それを聞いて、弟の俺はなにを言えばいいんだよ……」

「イケメンの友だちを紹介すると言えばいい」

「身内から犯罪者は出したくない」

「ちょっと品定めするだけだよ」

「……分かった。じゃあ呼ぶわ」


 俺はスマホを操作するふりをした。姉ちゃんは露骨に挙動不審になる。


「え、え!? い、いいいいま?」

「品定めするんだろ?」

「だっ、だって、あ、汗臭いし」

「シャワー浴びる時間くらいあるだろ」

「着る服ないし」

「自分ちなんだから部屋着でいいだろ」

「お日柄が悪いし!」

「ひとと会うのに日柄は関係ないだろ」

「立てこんでるし!」


 ヨガマットを丸めて抱え、「ああ忙しい忙しい」とつぶやきながら、どたどたと二階の自分の部屋へ退散した。


 ――成功。


 コミュ障で内弁慶な姉ちゃんのことだ。品定めなんて、粋がって言っているだけだとすぐに分かった。


 ――めちゃくちゃ慌ててたな。


 落ち着いて考えれば、俺にそんな友だちなどいるわけがないと気づくことができたものを。


「……」


 自分で言ってて空しくなってきた。今日は痛み分けといったところだろう。

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