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三題噺

砂漠と火事

作者: てこ/ひかり

 どんなクラスにも一人か二人、『役立たず』がいるものである。


 私もそうだった。勉強ができない、運動ができない、友達ができない、彼氏彼女ができない……とにかく何かしら理由をつけては、『役立たず』は生み出される。そんな『役立たず』の生徒たちを収容……一箇所に集める『特別教室』が、ウチの学校には存在した。


『砂漠』と呼ばれる生徒がいた。彼はまだ一年生で、浅黒い肌に背が低く、可愛らしい顔をしていた。見た目には何処もおかしくはない。ただ一点、彼は砂を食べると言う、謎の習性があった。


「別に美味しいとかじゃないんだよ。砂の味で、自分の健康状態とかが分かるんだ」


 ……などと意味の分からない話をしては、彼はせっせとグラウンドの砂を口に運んでいた。それで同じクラスの生徒たちは、彼を『砂漠』と名付けた。一般的に、『周りと違う』ことは不気味なものである。彼はその一点だけで『特別教室』送りになった。この世に砂がなければ、『砂漠』も真っ当な人生を送っていたかと思うと、中々感慨深いものがある。


 他にも『炭酸』、『橋の下』、『ヨーグルト』なんて生徒たちもいた。彼らは皆『特別教室』所属だったが、当たり前のように一堂に会するなんてことはなく、大抵は欠席していた。おかげで『特別教室』はいつ行ってもがらんどうだった。これは、そんな『役立たず』達が集まった『特別教室』での物語である。


「『火事』が来るよ」


 ある日のことだ。私が『特別教室』に顔を出すと、『砂漠』が一人机に座って本を読んでいた。『サハラ』と言う題の写真集だ。私も見せてもらったが、砂漠の写真ばかりで、何が面白いのか分からない。それはさておき、彼は私の顔を見るなりそう言った。


「今日の砂は、パサパサしていたんだ」

「そう……」

 私は面食らった。「そう……」としか言いようがない話題が、この世には少なからず存在する。・

「空気も乾燥している。何処かで、『火事』が起きると思う」


『砂漠』は目をキラキラさせた。純粋な子なのである。それでそのうち彼は、『火事』を探しに行こう、と言い始めた。『特別教室』には特定の担任がおらず、自習が基本だった。不登校の生徒も通いやすいように、登校時間も下校時間も特に定められていない。よく言えば出入り自由、悪く言えば無法地帯だった。『砂漠』がやたらと腰を浮かすので、私も仕方なく付き合うことにした。街を散歩するのも悪くないと思ったのだ。


 外に出た。空は雲ひとつなく晴れ渡り、時折吹く南風が肌に心地良い。『砂漠』が向かったのは校門の外ではなく、学校の校舎裏だった。東棟の向こうに、日陰になっている小さな路地がある。数メートルの幅しかなく、フェンスの向こうには工場があり、大きな壁がそびえ立っているから圧迫感もすごい。普段はまともな生徒達は寄り付かず、時々不良の溜まり場になっているような、そんな場所だった。


「あ」


 空模様とは対照的に、じめじめとした空間に足を踏み入れた私たちは、思わず声を上げた。先客がいたのである。見たことのない、男子生徒が路地の片隅に蹲っていた。髪を真っ赤に染め、口にはシケモクを咥えている。典型的な不良生徒であった。


「『火事』」


『砂漠』が髪の赤い生徒に声をかけた。『火事』は人の名前だった。どうやら知り合いであったらしい。『火事』と呼ばれた生徒は、ジロリと私たちを睨んで、手に持っていたライターをかざした。


「やめるんだ」

「近づくんじゃねえ」


『火事』は低い声で私たちを威嚇した。


「学校を燃やしたって、どうにもならないよ。それに、砂も味が変わってしまう」

「うるせえ!」


『火事』は突然切れた。どうやらかなり短気な性格のようだ。それとも私がおかしいのかもしれない。砂の味がどうこう言われたら、普通の人は怒るものなのだろうか。『砂漠』とは浅からぬ付き合いだったから、今ではそれが私の普通になってしまった。


「私、先生呼んでこようか?」

「間に合わないかもしれない」

 

『砂漠』は少し泣きそうな声でそう囁いた。事実、『火事』はライターを振り回し足元の雑草に火を放ち始めていた。「どいつもこいつも……」とか「……ふざけやがって!」なとど喚き散らしている。このままではまずいことになる。『砂漠』は砂を手で掬い、せっせと火に向けて投げつけ始めた。私はとっさにポケットからスマホを取り出し119番通報しようとした。


「この(アマ)ァァアアッ!!」


 その光景を見た『火事』が、ライターを手にしたまま、私に向かって突進してきた。


「『暴力』っ!」


『砂漠』が叫んだ。私は……『暴力』と呼ばれるのは大変不本意だが……『火事』の顎をかち上げると、みぞおちに二、三発蹴りを入れた。『火事』は「うッ」と呻き声を上げ、そのまま地面にどさりと倒れた。どうやら気を失ったようだ。


「大丈夫? 『暴力』」

「『暴力』って呼ばないでって言ってるでしょ。『お姉様』とお呼び」

「だって同い年じゃん」


『砂漠』が駆け寄ってきて私を心配そうに見上げた。それから私たちは『火事』を職員室に突き出し、事件は無事終息した。『火事』は、もともと『特別教室』の生徒で、去年中退していたらしい。私は面識がなかったが、『砂漠』とは顔見知りだったようだ。


「明日は?」

「明日は……『雷』が来るかもしれない」


 帰り道、私は『砂漠』に尋ねた。『砂漠』はグラウンドの砂を舐めながら、不安そうに空を見上げた。空は雲ひとつなく晴れ渡っていた。

「気をつけて。『雷』は、『火事』より強いよ」

 私はそれを聞いて思わずため息を漏らした。学校中の『役立たず』たちが集められた『特別教室』の物語は、まだまだ終わりそうにない。

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