出会いの法則
”出会いの法則ってなんだろう?”
ふと、そんなことを思うようになったのは電車の広告がきっかけだった。朝、満員で犇いた車内の中で見たその広告はえらくファンシーで桃色に色取られた背景の中男女が仲睦まじく身を寄せ合って『出会いの法則を知りたいのなら占いの館へ』と嘘くさく微笑んでいる。彼氏もいない、四捨五入して三十路の女の自分はおじさん臭に囲まれた車内で朝から揉まれているというのに、蝶でも飛んでいそうなお幸せな広告である。だがそれが、この空間から浮いていているものだからやけに目に焼きついて離れなかったのだ。
「それで? 気になって占いに行ってみたと」
「お恥ずかしながら……」
あのあと、どうしても衝動を抑えきれなくなって広告に流されるまま会社の昼休みには巷で人気だと言う占いへ予約をしてその日の夜には向かってしまったのだった。元来、気になると止まらない性格で髪を切るのもふらっと目についた美容室で切ってしまうような性格である。(得に年齢を重ねるにつれレベルが上がっている気がする。)その性格を知っている友人は、今目の前で呆れたような慣れたような顔つきでハイボールを片手にこちらを見ていた。左手に光る指輪がグラスに反射して目を掠める。
「別に占いに行くことが恥ずかしいとは思わないわよ。私だって吉野は幸せになってほしいもの。でも、あなた占いに行ってもその捻くれた性格で素直に他人の言葉受け入れるの?」
さすが、高校からの付き合いの彼女は腐れ縁である吉野のことはお見通しである。その通りで、実際あのあと占いをしてもらったもののいまいち腑に落ちなくて素直に受け入れることができなかったのだ。吉野が納得のいく答えが出るまでタロットを延々と引いていた占い師のことを思い出して、なんだか申し訳なさが出てくる。
「結局”出会いの法則 ”がなんなのか、わからないままだったわよ」
ため息をつきながら自分のビールを飲み干していく。下に沈殿したビールを残したままテーブルに置くと、すぐさま気が付いた店員がジョッキを下げて注文を聞いて下がっていった。店員の後ろ姿を見ながら「まるで私はのみ残されたビールのようだ」と独り言を言えば目の前に座った幼馴染は引きつったように笑う。
「出会いの法則ね〜……そんなもの本当にあるのかしら?」
「というと?」
「だって、私だって旦那と出会ったのは出会い系アプリだし」
親には今だに旦那との出会いのきっかけを誤魔化してるわ、と続ける。
「全然自慢できる出会い方してないわよ。これ、法則って言えるの?」
「確かに」
出会いの法則、正しい出会い方——尚のことわからなくなって、何杯目かのビールが喉を通っていく。頬がだんだんと熱くなってきたのを感じる。吉野の目の前に座る友人を見れば写し鏡のようにほんのり頬が染まっているのを確認できた。
最後の恋愛はいつだったか、とジョッキを傾けながら思い出す。恋愛って、どこから恋愛なのか? とりあえず付き合ってみる、とかそう言うのも恋愛なのか? 涙を流すような感動的な紆余曲折を経ないと恋愛と言ってはいけないような気もする。学生の頃本気で好きになって涙を流した記憶はあっても社会人になると恋愛関係で泣くのは画面の演者達の恋愛でだ。自分の気持ちなんて忘れてしまったし、隣の国の流行りのドラマなんか見て擬似的に恋愛していると言ってもいいのではないのだろうか? こうやって色々考えるから哲学的で面倒臭いとよく周りから言われるのだ。
「でも、思うのはね。出会いって待ってるだけでは絶対だめなのよ。有名な言葉で恋は雷に打たれるようなものって言うじゃない? 外に出ないと雨にも打たれないし雷に打たれる確率なんて家の避雷針が綺麗に弾いて0パーセントよ。」
つまり、と幼馴染は続ける。
「出会いを探しに行かないと、恋なんてできないのよ」
当たり前のことを難しくそれらしく言われたような気がしないでもない。だが、適度にアルコールが入った体には捻くれ者の吉野にもその言葉はすんなり入ってくるものがあった。
「なるほど、わかった」
「よかった」
机に突っ伏したまま、一度も光らなかったかわいそうなブラックライトの携帯画面を操作する。幼馴染が会計を頼んでいる横で、携帯を見ながら今日一番満足そうな顔をして。
『アプリをインストールしました』
終わる。