088 友達の家
一度家に帰り、泊まる準備をしてきた私は華の家の前にいる……のだが……。
「こ、ここが華のマンション?」
チャットアプリで知らされた住所を思わず二度見してしまう。
私の目の前にはタワーマンションがそびえ立っていた。宮野さんと荒川くんのマンションとは高さがまるで違う。
こんなところに私が入っていいのだろうか?
思わず入口付近で上ばかり見上げてしまう。あれ? 何だかマンションが空を貫通してるように見えてきた……。
そこでスマホが鳴り、意識が戻される。私はすぐにスワイプして通話を始めた。
「もしもし……」
「もしもし、もうそろそろ着いたんじゃない?」
「あ、えぇと……着いたというか、着いてないというか……」
「ん? どっちなの?」
私は目の前にあるタワーマンションの見た目や、周りの建物を言っていく。それを華はうん、うんと頷くように声を出し……やがて告げた。
「やっぱりあたしのマンションの前だよ。今迎えに行くから待ってて」
そこで通話は途切れた。私は忙しそうにスマホを見たり、髪を触ったりして華が来るのを待つ。
……早く来ないかなぁ。
そう思っているうちにエレベーターから華が降りてきた。自動ドアが開いて、華が私の腕を掴む。
「いらっしゃい! ほら、入って入って!」
「お、お邪魔します」
ロビーが広く、キョロキョロと辺りを見渡す。イスなども置かれており、まるでホテルのように感じた。
華はボタンを押してエレベーターのドアを開けると慣れた手つきで自分の部屋のある階を押す。
するとゆっくりと上昇し始めた。それに安堵を覚え、華にいつもの調子で話す。
「どうせ部屋まで向かうんだから、わざわざ迎えに来なくて良かったのに」
「まぁまぁ、来客はそういうの気にしなくていいんだよ」
何だかいつもより華のテンションが高い気がする。それに声だっていつもより陽気だし……もしかして?
「華? もしかして楽しみにしてた?」
「ん〜……まぁね。まぁまぁ楽しみだったよ」
「まぁまぁ?」
言いながら左目に着けてある眼帯に手をかける。それを見た華は小さくため息を吐いた。
「ゆづ、それせこい」
「ねぇ、華はお泊り会楽しみにしてた?」
「……うん、結構」
「結構?」
「もぉいいじゃん! 楽しみにして何が悪いのよ!」
「あはは、ごめんごめん。つい、いつもの仕返しにね?」
手を顔の前で合わせて謝る。そこで華が笑いだした。私もつられて笑ってしまう。
「あ〜おかし……いつもはあたしがからかってるのに」
「たまには交代してもいいんじゃない?」
「まぁ、たまには……ね。っと着いた」
ちょうどエレベーターが止まり、私たちは降りる。私は華に付いていき、部屋に入った。
「ようこそ! 我がマイホームへ!」
「お邪魔しまーす」
玄関を通り、リビングに辿り着く。そこには本当にテレビがない。……がそれ以外は普通だ。少し本棚が多く感じるぐらい。
「本当にテレビないんだ」
「まぁ、今時はパソコンで色々見れるしねぇ」
華は話しながらコップを二つ机に置き、冷蔵庫からお茶を取り出す。私はイスに座ると改めてリビングを見渡した。
「にしても本当に広いね。ひとり暮らしっていうより一つの家族が住めるぐらい」
「そーなんだよね。あたしの親が結構心配性っていうか、あたしに何かあった時に一緒に住めるように……って。ほんと、お金の無駄遣いというか何というか……」
「無駄っていうわけじゃないと思うけどな。いい親じゃん。そんなに心配してくれるなんて」
「お母さんはまぁ分かるけど、お父さんが言ってると何だかキモいと言うか……分かんない?」
イスに座った華が私に問いかける。それを私は自然に答えた。
「んー……あたしお父さんいないし分かんないな」
「いないって……他界ってこと?」
申し訳なさそうに言ってくる華。あれ? まだ話してなかったっけ?
「うん。物心付く前にね。だから別に大丈夫だよ」
「そっか……なら良かった」
少し沈黙が辺りを支配する。私はこの空気が嫌いなので、早速話題を変えた。
「そういえば気になってたんだけど、アレ何?」
私が指差した方向には何やらマットと小さな車輪? みたいなものが置いてある。
それを見た華は「アレね」の言って立ち上がった。
「これは腹筋ローラーだよ。こうやって使うんだ」
華はマットにの上に立つと前屈をするようにしてローラーのグリップ部分を持って前に倒していく。そしてある程度伸ばすと元に戻った。
「とまぁ、こんな感じ。これを週三、一〇回三セットしてるんだ」
「ふうん。一〇回だけでいいんだ」
見た感じあまり辛そうに見えなかった。それで腹筋を鍛えれるなら、楽なのではないだろうか。
「一〇回だけ……ね? 分かった、それじゃああたしがやったみたいにしてみて」
「うん、分かった」
意気揚々と立ち上がると華が持っているローラーを受け取る。そして先程華がやってみせたように前へ押して、元に戻そうとする……のだが……。
「う、ぅぅぅ……」
「あれれぇ? ゆづ? 全然戻って来れてないよぉ〜?」
その場で静止するので精一杯だった。戻そうと腕に力を加えても全然戻れない。というか、段々と前に進んでるような……。
「う、うぅぅ……もう……無理……」
腕がプルプルと震え、お腹も少しずつ痛くなってきた。これだけで腹筋が鍛えられてる気がしなくもない。
そしてもう耐えられず、ローラーが前に進みバタンと倒れてしまった。
「はぁ、はぁ、シンドイ……」
「全然楽じゃないでしょ?」
「うん、でも本当に楽そうに見えたんだもん」
「そりゃああたしは筋トレを続けてるからね。腹筋以外もちゃんとしてるよ。毎朝ランニングしてるし」
「私の家に来る前に?」
「そりゃあね。まぁ旅行中は休んだけど」
華の運動神経はここから来てたのか。てっきり生まれつきだと思ってた。ちゃんとした努力家だったんだ。
「どうしたの? あたしの顔なんか見て」
「いや、何でもないよ。それより暇だけどどうしようか?」
「そうだねぇ。奏は後四〇分以上は来ないし……今のうちに夕食の買い出しに行こうか」
「分かった。ちなみに何作るの?」
「普唐揚げでも作ろうと思うよ。簡単で美味しいし」
「唐揚げかぁ。久々に食べるなぁ」
「それじゃあ行こっか。ついでにお菓子も買って帰ろ」
華はサイフとエコバッグを持つと電気を消し始める。私はサイフとスマホを持って先に玄関に向かうのだった。




