085 分からない
「うぅん……んん……?」
気付けば部屋が真っ暗になっていた。
あれ? 私……寝てた?
グッと体を伸ばすと手元に置いてあるスマホを見て時間を確認する。
「――って五時⁉」
思わず跳ね起きてしまった。確か昨日は疲れて値落ちして……三時より前に寝たのは中間テストの時……。
――嫌な予感がする。あの時に私の能力が変になったんだ。
私は急いで階段を降りて外に出る。寝間着のまま外に出たけど、五月に入ったおかげか肌寒くはない。何か違和感を感じながらも移動した。
しかし人に会えない。時間を考えれば仕方ないのだが、そんなことを気にする余裕は今の私にはなかった。人に会うために走って、歩いてを繰り返す。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
歩いて走り、歩いて走り……流石に限界を感じて立ち止まった。肩で息をしてブロック塀に身を預ける。
ゆっくりと息を整えていると、何やら音が聞こえてきた。
リズムよく聞こえてくる音。どうやら走っているようだ。ん? 走ってる?
私は音の聞こえる方向にすぐ振り返る。走っている音が聞こえるということは、相手は人だ。つまり、私の能力がやっと確認できる。
今のままなら構わない。だけど、また変になっていた時が問題なのだ。だからこうやって確認しないと気が済まない。
しかし、確認する相手は……今一番会いたくない人だった。
黒い髪に男子高校生の平均的な身長。よく見るその姿は見間違えるはずがない。
――翔がこっちに向かって走っているのだ。私は慌てて反対方向に体ごと向きを変える。
どうして? 何でこんな時間に翔が?
私の中で疑問は耐えることはない。だけど今の私が求めるのはたった一つ。
どうか翔に気付かれませんように……。
しかし、その考え自体が無駄なのだ。私が翔を見間違えないように、翔も私を見間違えない。それぐらい、私たちは今まで一緒にいた。
だから……私の背後で足音はピタリと止まる。
「結月……だよな。どうしてこんな時間に? まだ六時ちょっと前だぞ?」
私だと思って話しかける翔。本当は見たくない。だって翔の心の声が見えるもん。
でも……目を押さえながら見ればきっと翔に心配される。だから私は振り返りながら、いつも通り翔に接した。
「あはは、ちょっと早起きしちゃってね。外歩いてたんだ」
「そっか。俺は最近この時間ぐらいに走ってるんだ」
"何だ……そういうことか"
良かった。普通に話せてる。私はさり気なく翔から目を背けると歩き出した。
「結月? どこ行くんだ?」
「そろそろ帰るよ。もうそろそろ六時なんでしょ? それにもう疲れちゃったし」
「そっか。俺はもう少しランニングしてから帰るよ。それじゃあまたな」
「うん、またね」
無事に別れるとゆっくり歩いて帰宅する。さっきの翔に対しての反応から見て、能力は前のままのようだ。
その事に少し安心して玄関を開ける。そして自分の部屋に戻り今日の高校の用意をしていると、机の上に置いてある物に視線がいった。
カラコンケースに眼帯。いつも朝起きれば着けるようにと目立つ場所に置いてある。だけどさっきは急いで着けていなかった。
――‼
私は急いでその二つを持つと一階にある洗面台に向かう。そこの鏡に映った光景を見て、唖然としてしまった。
「左目が……隠されてない……」
思わず膝をついて項垂れてしまう。鏡には紫の目が堂々と映されていた。それはつまりどういうことか……。
「翔に……見られた?」
でもどうして? どうして翔は私の目について考えていなかったの?
そう、そこが一番の問題だ。さっきはやむを得ず、能力を使用した。その時は何も違和感を持ってるような心の声じゃなかったのに……。
見てなかった……そう願いけど、おそらく見てはいたはずだ。じゃあ何で? 私の目に違和感を感じなかった?
「翔の考えることは……分からないよ……」
私の独り言が静かに洗面所で消え入るのだった。




