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心のヒストリー【現在推敲中】  作者: 西影
第5章 寂しがり屋な小石
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069 優しい男の子

《宮野 奏視点》


 五月三日。それはわたしが家を飛び出した日だ。


 その日の夜は雨が降っており、傘を持っていなかったわたしは雨に打たれ続けていた。そんなわたしに……彼が来てくれた。


 ――これは……わたしと彼の物語。




「―― えっと……貴方誰? どうして(うち)に?」


 わたしのお母さんが放った一言。その一言を聞くと同時にわたしは家を飛び出していた。


 わたしも少し変だと感じることがあった。佐々木さんはいつも通り接してくれていたけど、いきなり望月さんが話しに来てくれないようになったのだ。


 それに最近は涼とも話してない。最近は二人とも忙しいだけだと思ってた……けど実際は……。


 わたしのことが見えていない?


 いや、それはありえない。流石に見えているはずだ。だってそれならお母さんもわたしを見えないし、望月さんとも何回か目が合ったことはある。


 だからわたしのことは見えているはずだ。


 ――だったら……。


「わたしをわたしだと認識していない?」


 我ながら馬鹿げたことを言っているのは自覚している。でも、それには聞き覚えがあった。


 忘れもしないオリエンテーション最終日。その日わたしは涼に告白されたのだ。正直に言って嬉しかった。だけどわたしはその場を逃げ出したのだ。


 本当は返事をした方が良かったと思う。「涼とは付き合えない」って。そうすれば意思だって強くなっただろう。


 でもわたしは返事をせずに逃げた。


 だって怖いから。わたしと一緒にいると涼も涼真くんと同じように死んでしまうかもしれないから。


 ……それにわたしは独りがいいのだ。独りが一番悲しむことがなくて誰にも心配をかけないから。


 それから一人でマンションに帰ったわたしは自分の部屋に入り、ご飯も食べないまま寝てしまった。……そして夢を見たのだ。


 わたしがこんなふうになったのは多分その夢が原因だろう。


 そこは全体的に水色で構成された世界で、下には白い物体が動いていた。衝撃的すぎる世界。


 そんな世界でわたしが呆然としていると目の前に現れたのだ。神様……創造神が。


 彼はわたしを見て言った。


「今の君が本当に心から望んでいるものを僕は知っている。それに舞台も完璧に揃った。だから君に能力を与えよう。この能力、[小石](ストーン)は自分が認識されにくくなる。これを機に望んでいるものを手にしてね」


 そこまでしかわたしは覚えていない。しかし、創造神の夢を見てから、毎日のようにあったお母さんからの「帰りが遅くなる」という電話が来なくなった。


 涼も毎日わたしを迎えに来てくれていたけど突然来なくなった。今思えばその日からわたしは変になっていたのだ。


 でも望んでいるものは貰えたはずだ。


「わたしは穏やかに生きたい。まるで道端に落ちてある小石やそこら辺にある空気のように……あまり多くの人に意識されずに……か」


 ある日、望月さんに言ったことを復唱する。


 そうだ。わたしの望みは誰にも意識されないこと。意識されなければ人と関わることもない。人と関わらなければ大切な人も生まれない。


 大切な人が生まれなければその人が死んで悲しむこともない。涼真くんのように……。


 マンションから出ると雨避けになっているところで止まる。現在所持しているのはいつも持ち歩いている(うち)の鍵のみ。


 傘は玄関にあるので取りに帰れない。なら、わたしに出来るのは……前に進むことだけだ。


 ザーザーと降る雨の中、わたしは歩き出す。雨は容赦なくわたしに降り注いだ。


 雨に当たるとさっきまで付着していた悲しい気持ちを洗い流してくれたりしないかな?


 歩きながら変なことを考える。もちろん雨にはそんな効果はない。


 だけど仕方ない。だってそんなことを考えないと今の現実に直面してしまうから。


 ――これからわたしはどうやって生きていけばいいのだろう。


 行き先を考えずに歩いていると家の近くの公園に辿り着いた。ここに来るのも久しぶりだ。最後に来たのは去年のクリスマス・イヴ。


 ここでわたしは涼真くんに告白されて……やめよう。


 あの頃を思い出しても意味がない。ただただ虚しいだけだ。


 わたしは公園に設置されているベンチに座る。すると考えたくないのに昔の記憶が頭の中で流れてきた。


 そこで雨とは別にわたしの頬を濡らす何かに気付く。目頭が熱く感じる。


 もしかしてわたし……泣いてるの?


 顔を上に向けて目元を隠すように右腕を置く。雨が涙と混ざりわたしの顔を濡らす。久々に涙を流した気がした。


 少しその余韻に(ひた)っていると顔に雨が降り注がなくなる。代わりにポタポタと違うものが雨に当たってる音が聞こえてきた。


 この音は……傘?


 目を開けて状況を確認する。どうやらわたしに傘を差してくれているようだ。


 ――でも、誰が? 答えを確認する為に前を向くと同時に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あの……どうかしたんですか?」


 思わず目を見開いてしまう。だってその声は今まで当たり前のように近くにいてくれた人の声だから。すぐに顔を確認してしまう。


 やっぱり涼だった。涼はまじまじと顔を見るわたしに少し困惑している様子だ。

 

「えっと……俺の顔に何か付いてる?」

「あ、いや、違うの。それで……これはどういうこと?」

「偶然ここを通りかかってさ。そこで貴方を見つけたんだ。このままじゃ貴方が風邪引いてしまうかなって思ったから」


 貴方……その言葉がわたしに突き刺さった。胸が痛い。


 まるで心が抉られるような気分になる。そしてそこには揺るがない事実があった。


 ――やっぱりわたしをわたしと認識していない。わたしのことを忘れている。


 お母さんも涼もわたしを忘れている。だって悪戯にしては質が悪すぎるし、涼は優しいからこういう悪戯は出来ないから。


 だからわたしは涼に初対面の人を相手にするように演じた。


「君には関係ないでしょ。わたしのことなんて知らない癖に」

「うん、確かに僕は貴方を知らない」


 また胸が痛くなる。しかし「でも」と涼は言葉を続けた。


「貴方を見ているとなんて言うか……懐かしい? 感じがするんですよ。おかしな話ですよね」


 そう言って笑いかけてくれる涼。わたしはハハハと乾いた笑いを返した。


「それで……懐かしく感じるから何? わたしに何か用なの?」

「えっと、失礼かもしれませんが見てる感じ家出中……ですよね」

「まあ……」

「なら俺の家に来ませんか?」

「え?」


 思わず間抜けた声が零れてしまった。


 今、家に招待された?


「何を馬鹿なことを……見ず知らずの他人を家に入れようとするなんて……」

「もう会ってるので見ず知らずじゃありません」

「よくもまぁ、そんな屁理屈を……もしかして体目的か何か?」

「そんなわけないですよ⁉ それに俺ってどう見ても高校生ぐらいでしょ。貴方もどうせ俺と似た歳じゃないんですか?」

「同じぐらいの歳だから……でしょ。それこそ危険に感じるわ」

「えぇ……じゃあ……」


 そこで何か考える涼。わたしはそんな涼に笑みを浮かべながら「でも」と言葉を紡ぐ。


「言いわ。君の家に行ってあげる」

「――そうですか! なら行きましょう。ほら、見えますか? あそこに住んでるんですよ」


 そう言って指差したのは……わたしの家でもあるマンション。


「それにしても親はいないの? いきなり女子を連れ込むなんて迷惑もいいとこよ」

「それに関しては気にしなくていいです。今、親は旅行に行ってますので」

「やっぱり体……」

「違いますから!」

「はいはい。分かったわ」


 そこでクスッと笑う。あぁ、久々に普通に喋ってる。いつも望月さんや佐々木さんと喋る時は丁寧語で喋ってたからね。


 わたしたちは肩を並べて歩きだす。涼が傘を持って二人ともその中に入っている。所謂(いわゆる)相合傘というやつだ。


 相合傘を涼としている……そのことに少し嬉しく思うわたしがいた。




「お邪魔します」

「いらっしゃい。取り敢えず玄関で待っといて。タオル持ってくるから」


 そう言って涼は自分の部屋に向かった。わたしは言われた通り玄関で立ったまま涼を待つ。


 それにしても久々に涼の家に入ったなぁ。今も昔も全然変わってないんだ。


 昔はよく家で遊びに来てたけど最近は一緒に遊ぶことはなかった。わたしがずっと距離を置いてるからなんだけど。


 別に涼が嫌いという訳じゃない。あまり親しい人とは一緒にいたくないのだ。


「おまたせ。これで体拭いて。拭き終わったらお風呂入ってね」


 そう言ってわたしにタオルを差し出してくれる。わたしはそれで体を拭きながら言った。


「ありがと。でもお風呂は後でいいよ。君も濡れてるんだし」


 涼もわたしに傘を差したせいで体が濡れている。それにここは涼の家だ。なら先に涼が入るのが普通……それなのに。


「俺はあまり濡れてないから平気。それにレディーファーストだ」


 少し笑いながら自分の部屋に入る涼。わたしも少し笑みを浮かべて部屋に入る涼に手を振った。


「あぁ言ってたし、先に入ろうかな」


 わたしは脱衣所に入るとバスタオルを探す。昔、何回もこの家に泊まっていたから、捨てられてない限り自分のバスタオルもあるはずだ。


 少し探すと見つかったので服を脱いでいく。


 服を脱ぎ、ズボンも脱いで洗濯機の上に畳んで置く。そして下着に手をかけたところで――ガシャリと横にドアがスライドした音が聞こえた。


 手を静止してドアの方を向く。


 そこには涼の姿があった。涼は顔を真っ赤にしてすぐにドアを閉める。


「――ご、ごめんなさい! えっと、覗くつもりはなかったんです。ただ、君のことを忘れ……じゃなく、バスタオルの場所を教えてないと思ったので」

「……そう、悪気がないならそれでいいよ。バスタオルなら見つかったから気にしないで。それにわたしの責任だから……」

「本当にすみませんでした!」


 そして遠ざかって行く足音。私は一つため息をついて下着を脱ぐと風呂場に入り体を洗った。


 ……見られちゃったなぁ。昔は一緒に入ってたのに、今は凄く恥ずかしかったよ。身体が成長したからかな?


 体を洗い終わり、湯船に浸かる。


 わたしは涼が好きだ。特に優しいところが。いつもわたしを気にかけてくれて、涼真くんが亡くなっておかしくなったわたしを助けてくれた。


 それに家出中のわたしを家に招いてくれた。


 でも、今のわたしには[小石](ストーン)がある。それはつまりわたしを『宮野 奏』と思ってないことで……。


 涼は見ず知らずの『わたし』に優しくしてくれている。涼の優しさは他人にも向けられていると知って少し心がズキズキしたけど、もっと好きになった。


 ――だからこそ、わたしは涼から離れないといけないんだ。独りになって、これ以上の悲しみを受けない為に。


「あの、すみません」


 そんなことを考えていると涼の声が聞こえてきた。わたしはすぐに返事をする。


「はい! 何ですか?」

「えっと、着替える服がないと思ったので、俺のですけど一応持ってきました」

「ありがとう、下着は自分のを乾かして使うから服とズボンだけ貸してもらうね」

「はい。洗濯機の上に置いておきますね」


 わたしは湯船から上がるとバスタオルで体に付いてる水を拭き取る。


 そしてバスタオルを体に巻くとドライヤーで髪を乾かした。ついでに下着も乾かして服を着る。


 涼はまだわたしのことを覚えていた。でもわたしのことは『宮野 奏』として見てないだろう。それが少し悲しかった。


 わたしはこれ以上大切な人から『他人』のように振る舞ってほしくない。そんなのもう耐えられない。


 だから――明日になったら家を出よう。




 涼真くんの部屋に案内され、わたしはハンガーに自分の服とズボンをかける。そして地面に寝転がった。


 ベッドもあったがそこで寝れる気がしない。そこで寝たらあの時のことが夢に出てきそうで怖かったから。


 寝転んで今更ながら服に違和感を覚えた。服はぶかぶかでいつもと全然違う。昔は涼の服も普通に着れてたのに……。


 今と昔が違うことを思い知らされる。昔はわたしの方が背は高かったのに、今は涼の方が圧倒的に高い。この服を着ているとまるで涼に包まれているような錯覚を覚えた。


 少し匂いを嗅いでみる。ちゃんと洗濯をしていると思うので無臭だったが、匂いを嗅いだという事実がわたしの頬を紅潮した。


 わたしったら何やってるのよぉーー!!


 その後はあまり眠れなく、寝落ちという形で朝を迎えた。


 乾いた自分の服に着替えて時刻を確認する。時刻は一二時を少し過ぎた辺り。お母さんはすでに仕事で家を出てる時間だ。


 借りてた涼の服を畳み、自分の服に着替えてから涼の部屋の前に置いて外へ出る。そして鍵を使って隣にあるわたしの(うち)に入った。


 当然中はシンと静かで暗い。わたしは電気を点けると自分の部屋に入って支度をする。そして充電中だったスマホを手に取り佐々木さんに電話をかけた。


 佐々木さんはオリエンテーションが終わってからもわたしを宮野 奏として認識していた。もしかしたらわたしのことをまだ覚えているかもしれない。


 その予想は当たり、わたしは用意した荷物を持って佐々木さんの家に向かった。




 ……これでわたしの話は終わり。それからは色々なことがあり、なぜかわたしの[小石](ストーン)の効果も消えた。いや、消えたというよりは制御出来るようになった。


 でも、この能力のおかげでわたしは本当の自分を知ることができた。それだけはこの能力にも感謝している。

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