063 能力の影響
荒川くんが見つからず土曜日になった。流石にこれ以上会えないのは困るらしいので少し無茶な作戦に出てみる。
それは、一時限目をサボって荒川くんが来るのを待つというものだ。サボりなんて初めてだけど、左目のことを隠すなら少しでも協力しないとね。
荒川くんはちゃんと登校して、授業も聞いているらしい。なのでこうすればやっと出会えるはずだ。
私と華は一応三組に荒川くんが来ているか見に行く。予想通り来ていないことを確認してから一階にある一年三組の靴箱付近で待機した。
……予鈴が鳴っても彼は現れない。何度も一組に戻りたくなったがその気持ちを必死に抑えて待ち続けた。
予鈴が鳴って二分ぐらい経ち――ようやく荒川くんらしき人が姿を現した。写真で見た時よりも高いと思う。多分翔よりも高いだろう。
彼の目には生気が宿っていなかった。無気力という感じで、歩くたびに腕がなんの抵抗もなくブラブラと動いている。
そんな彼の前に華が立ち塞がった。
「貴方が荒川 涼晴くんで合ってる?」
「……何ですか? どうして初対面の相手のはずなのに名前を?」
「まぁまぁ、そんなことは気にしないでいいよ。とりあえず今から屋上行かない? 少し話があるんだ」
「そんないきなり……それに今からって……。授業サボる気なのか? 馬鹿馬鹿しい。なんで見ず知らずの女の言うことを……」
「貴方が探しているものの正体を教えるわ」
「――な⁉」
「だから……ね?」
「……分かった」
荒川くんは上靴に履き替えると私たちのところに来る。それを確認した華は歩き出した。
今の荒川くんの目はさっきよりも輝いているように見える。その目はまるで希望を見つけたような目だった。
時刻は八時五〇分。本来なら席に座って一時限目を受けているはずの時間に私、華、荒川くんは屋上にいた。理由は荒川くんと話す為。
今更ながら本当に馬鹿なことをしていると思う。生まれて初めて授業をサボったせいか、変な緊張感に襲われた。
そんな真面目な学生なら戸惑ってしまうこの空間で、華はまるで休み時間に話しているように荒川くんに聞く。
「さて、それじゃあ先に質問しようかな。荒川くんは本当に探しているものが分からないの?」
「分かってたら苦労なんてしてないさ」
「じゃあなんで探してるの?」
「……分からない。だけどそれは凄く俺にとって大事っていうか……なんていうか探さないといけないって思っているんだ」
「ふぅ〜ん。じゃあオリテ解散後、あなたは何をした?」
「何ってそりぁ…………あれ? 思い出せない?」
荒川くんは頭を抱えて下を向く。瞬間、荒川くんの頭上に今まで見たことがないほどの文字が浮かび上がってきた。
きっと集中して思い出そうとしているのだろう。初めて見た現象に目を丸くしてしまう。
しかし荒川くんは答えに辿り着くことができなかったようだ。顔を上げると私たちの目を真っ直ぐ見て言う。
「教えてくれ、どうしてなんだ。どうして思い出せないんだ?」
「まだまだ時間はある。だからヒントを上げるよ。貴方はオリテ解散後に告白をしたんだよ」
「こく……はく? ――うっ……」
「どうしたの⁉」
華のヒントを聞くと荒川くんはまた頭を抱えた。しかし今度は考えているんじゃない。その答えは荒川くんの心の声で充分伝わってきた。
"痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い"
「荒川くん、しっかりして!」
「へぇ……無理矢理思い出そうとしたらこうなるのかな? じゃあゆづはどうして頭痛が……」
「なにブツブツ言ってるの! 荒川くんが大変なのに!」
「ごめんごめん。でも、これに関しては彼自身が頑張らないと。あたしたちには何もできない」
「…………」
押し黙るしかなかった。華の言うとおりだ。荒川くんが苦しんでいるのを私たちは見ることしかできない。
これはおそらく宮野さんの能力の影響だろう。無理やり思い出そうとすればこうなるのだろうか。
だけど……せめて何か心に安らぎを与えれば少しぐらいマシになるかもしれない。
綺麗事を言ってることは承知している。私たちのせいで荒川くんがこうなったんだから。でも、今の私にはそれぐらいしか思いつかなかった。
もしもこういう事態になったときに一番求めるもの。それは人肌だと思う。だから私は必死に頭を抑えている荒川くんの右手を両手で優しく包み込んだ。
小刻みに震えていた右手が静かになっていくのを感じる。そこで荒川くんと目が合った。私は優しく微笑む。すると微かに荒川くんの口が動いた。
「かな……で?」
「え?」
気を付けていなければ聞き取れないほど小さな声が私の耳に届く。
今、荒川くんが『かなで』って言った? でも宮野さんの能力のせいで宮野さんの記憶は思い出せないはず。……まさか、能力に打ち勝ったの?
「荒川くん‼ ねぇ、今なんて……」
しかし荒川くんが返事をすることはなかった。どうやら眠っているようだ。余程頭痛が酷かったのだろう。
「あの……華?」
「ん?」
「さっきね。荒川くんが『かなで』って言ったの。それって……」
「うーん……能力に勝ったとか? でも、無駄だったと思うけどね」
「どうして?」
「どうせまた忘れるでしょ。気絶したのは初めてだけど、ほとんどの人はすぐに忘れたんだし」
「それでも私は宮野さんのこと覚えてる。華もでしょ?」
「……あたしたちみたいな人が珍しいんだと思う。…………個人的にはゆづの方が珍しいと思うけど」
華は最後にブツブツと何か言ったが聞き取れなかった。だけど私のことを呼んでいたような気がする。でも小声で言うということは聞かれたくないのだろう。
なので私は聞こえていないフリをした。まぁ、ほとんど聞こえてないからフリをする意味すらないんだけどね。
「それにしても……彼をどうするかだね」
華は荒川くんを見て言う。荒川くんは別に太っているわけではない。逆に運動をしているような男らしい体つきだ。
そんな彼を背負って特別棟にある保健室に行くのは逆に危険かもしれない。私たちのせいで怪我する可能性もあるし。
それに今はもちろん授業時間中。普通は席に座って授業を受けているはずの時間。
そんな中で荒川くんを運んでいる二人の女子がいるのも変だろう。見つかった時が面倒臭そうだ。
「そんなこと言われても……」
「しょうがない。一時限目終わりに如月くんか神崎くんを呼びますかぁ。多分それが安全な解決策だと思うよ。一番はやっぱり彼が目覚めることだけど」
「そう……だね」
私は頷くと静かに座って荒川くんの顔を見る。先程よりは穏やかな顔をしていた。額に触れてみるが熱はなさそうだ。
それから一時限目終わりのチャイムが鳴っても荒川くんは目を覚まさなかった。するとチャットアプリを見たであろう翔と神崎くんが屋上にやってきた。
急いで来てくれたのか、翔の息は荒くなっていた。それに反して神崎くんは息を荒げていない。神崎くんって中学生の頃に運動部に入ってたのかな?
「はぁ、はぁ、お待たせ……」
「それで、緊急招集って何?」
「早く来てくれてありがと。疲れているところ悪いけど彼を保健室まで運んでくれない?」
二人は屋上で寝転がっている荒川くんを見つめる。そして神崎くんが軽々と荒川くんを背負った。
「なら僕が持つよ。翔はまだ疲れてるしね。……にしてもどうしてこうなったのかな?」
「それは……」
言葉が詰まってしまう。これはおそらく宮野さんの能力の影響だ。なので言っても信じてくれるかどうか……。
それに私の性格上、あまり多くの人と情報の共有をしたくない。人間不信……とまではいかないと思うがつい人を疑ってしまうのだ。
もしかしたら……と嫌な方向に。
「うーん……まぁいいか。次の授業遅れるわけには行かないしね。ほら、翔、行くよ」
「あいよ。結月と佐々木さんも早めに戻っとけよ」
「私もついていくよ」
「いや、ダメだ。結月と佐々木さんは教室に行っといて」
"俺と一緒なら結月にも被害が及ぶかもしれないしな"
「……分かった。じゃあ先に戻るよ。本当にありがとね」
私は下を向いて教室に向かう。つい翔の頭上を見てしまった。
その言葉を見て私のことを考えていると感じて嬉しく思う反面、頼ってくれていないと感じて悲しくなるのだった。




