060 独りが好きだから
《宮野 奏視点》
三、四組の男子の体育の授業を眺めているとチャイムが鳴り響いた。
六時限目終わりのチャイムだ。どんどん男子生徒たちが校舎に吸い込まれるように入っていく。その光景をぼんやりと眺めていた。
わたしのクラスでもある一組は終礼を始めるのが早い。いつも通りならあと一〇分もしないうちに終礼を終わらせるだろう。
わたしがカバンを取りに行くにはその後しかない。
誰もいなくなった一組に入り、カバンを持って家に帰る。
昨日までなら佐々木さんの家に帰っていたが、あの二人から逃げた状態で佐々木さんの家に泊まるわけにはいかないだろう。
だったら家に帰って自分の部屋に閉じこもればいい。母親はきっとわたしの部屋を覗かない。そして明日になったら何事もなかったかのように授業を受けよう。
そんな決心をして近くにあるベンチに座る。ベンチに座りながら校舎の出入り口を眺めること数分。どんどん人が出てきた。
各クラスでの終礼が終わったのだろう。わたしは立ち上がって屋上のドアを開ける。するとそこにはいないはずの人物が立っていた。
思わず驚いて尻もちを付いてしまう。
だって……そこに佐々木さんがいたのだから。
佐々木さんもいきなりドアが開いて驚いていたのか、目をいつもより大きく開けていた。しかしわたしを認識すると安心したような顔になる。
「よかった……まだ学校にいたんだね」
「ど、どうしてここが……」
「奏の行動を少し考えてみたんだ。もしも学校に残るならあまり生徒も教師も立ち寄らない空間を選ぶはず。そこでパッと思いついたのがココだったんだよ」
「えっと……あの、その。……すみません!」
わたしは頭を下げて謝る。佐々木さんにとってそれは予想外の行動だったのか、慌てた口調で言った。
「ど、どうしたの? いきなり謝って。奏ってあたしに何かしたっけ?」
「昼休みに逃げ出したからです。せっかく情報を持って来てくださったのに」
「そんなことで謝らなくても……。あの情報だって使えるか分からないのに。それに謝るならゆづにしてあげて。奏がいなくなってから凄く心配してたんだよ」
「そう……なんですか?」
「うんうん。ずっと『自分のせいで宮野さんが〜』ってね」
それは簡単に想像できた。何だか望月さんって仲間想いという感じがするし。
「それは非常に失礼しました……。後で謝っておきます。望月さんはどこに?」
「ゆづはもう帰ってるよ。今日は何か用事があるって言ってた」
「そうですか。……そういえば佐々木さんはどうしてここに?」
「あ、そうだった。こんな話をしに来たんじゃないんだよ」
わたしの言葉でここに来た理由を思い出したらしく、佐々木さんはパチンと手と手を合わせる。すると佐々木さんはわたしの方を改めて見た。
その目は何一つ見える情報を見逃さないぐらいの圧力を感じる。その目から逃れたい気持ちに必死に抗いながら佐々木さんを見た。
「前にも聞いたけどもう一回聞くよ。奏ってオリテ最終日に解散した後、走っていたよね。あれはどうして?」
「そんなの、別にいいじゃないですか」
「答えて! きっと、そこに答えを導く為のヒントがあるの!」
「あ、あの日は……」
言っていいのか悩んでしまう。でも佐々木さんはわたしなんかの為に頑張って動いてくれている。
それに泊まる場所も貸してくれた。ならこれぐらい……ってことはないけど言わないといけないのかもしれない。
「あの日、わたしは告白されました」
「告白? 誰から?」
「三組の荒川 涼晴くん。わたしの幼馴染です」
「その人から告白されたから逃げたと。そんなにその人が嫌いなの?」
「違います! ――あ、えっと……ですね。前にも言いましたがわたしは独りが好きなので断ったって感じです……」
「ふぅん、そっか。じゃあ仕方ないね。それじゃ、あたしは部室に向かうよ。このことはゆづに内緒のほうがいい?」
「……はい。それでお願いします」
「またね。ちゃんとあたしの家に帰ってくるんだよ」
佐々木さんはそう言ってドアノブに手をかける。そこで急にわたしの方に振り向いて言った。
「奏はさぁ……創造神って知ってる?」
「え?」
その不意打ちにも似た予想外の言葉に思わず間抜けた声を出してしまう。どうして佐々木さんがその言葉を……。
思わず押し黙ってしまった。
「なるほど。何も答えてくれないか。まぁいいや。それじゃあ今度こそまたね」
そこで佐々木さんはドアの向こう側に消える。わたしは緊張が途切れたせいか床に座り込んでしまった。
「どうして佐々木さんさんが……」
創造神。人間に能力を与える低身長の男の子。なら佐々木さんも能力を? いや、そういう話を聞いただけという可能性もある。
考えても意味ないか。
創造神と聞いただけで「佐々木さんも能力を持っているんですか?」なんて聞いたら自分は能力を持っていると言っているようなものだ。だから考えたって意味がない。
……にしても言っちゃったなぁ。
きっと佐々木さんは明日、涼に話しかけるだろう。そしてわたしの話を聞くと思う。そしたら涼も佐々木さんと話している時だけわたしを思い出すだろう。
涼がわたしを思い出してくれるのは嬉しいけど、わたしの秘密がバレちゃうな。せっかく今まで頑張ってきたの……に?
そこで一旦思考が止まる。そしてさっき自分が思っていたことを疑問に思った。
思い出してくれるのが嬉しい? どうして? わたしは独りが好きなはずなのに。
独りだったら新しい『悲しみ』がなくなるはずなのに。それに今の現状は自分で選んだ結果なのだ。なのにどうして……。
――いや、考えない方がいい。
わたしは立ち上がると一組に向かった。まだ教室に鍵がかかっていなかったのですぐに自分の席に向かう。
机の横に掛けてあったカバンを手に取って一組から出た。
それから最近歩き慣れてきた道を歩く。今日の身体はいつもより少し重い。
今の現状を考え過ぎたからだろうか。薄暗い雲を眺めながら佐々木さんの家に向かうのだった。




