034 代償
私、佐々木さん、橘先輩の三人で木下病院までやってきた。スムーズに受付が終わらせて、面会証を受け取る。
そして看護師に連れられて翔の病室に向かった。私はそっとドアを開けて中を見る。そこには翔以外に五人の患者がいた。
翔はドアから一番近い左側のベッドの上でイヤホンを付けながらスマホを見ている。今も夢中にスマホの画面を見ているせいか、私たちに気付いていないようだ。
私は左側から翔に近づくと翔の右肩を手で叩く。よほど集中していたのか、驚きで体を震わせてこちらに首を向けた。
「なんだ、結月か。それと佐々木さんと橘先輩。まさか見舞いに来てくれたのか?」
「うん、ちょっと心配だったから」
「じゃあデイルームにでも行くか」
翔は地面に足を着けるとスタスタと歩き始めた。私たちは翔の後ろを付いて歩く。
……うん、やっぱりどこにも異常はないみたい。普通に歩いてるし、手もさっきまでスマホを触っていた。少し心配もしたけど、杞憂のようだ。
デイルームは複数の机とイスが設置されていた。大体が四人用の席になっており、壁際に二人用の席がある。
私たちは近くにあった四人用の席に腰を下ろした。私から見て目の前に翔、左に佐々木さんが座る。橘先輩はカバンを置くと自販機に向かう。
そこで佐々木さんが話し始めた。
「いやぁ、入院って如月くんのお父さんに聞いた時はびっくりしたよ」
「俺も入院するつもりはなかったんだぞ。でも万が一とか言われてさ。仕方なく入院したんだけど……一人で帰りたくても荷物が多いから、親父の仕事終わるまで家に帰れないって……。マジで今日は暇な一日だった」
露骨にため息を吐き出す翔。それを見た佐々木さんは少し深刻そうな顔をした。
「……もしかしてお母さんはいないの?」
少し暗いトーンで佐々木さんは言う。……もしかした佐々木さんは翔のお母さんが他界したと思ってるのかな?
佐々木さんの気持ちに勘付いたのか、翔は少し笑みを見せて答える。
「心配すんな、ちゃんといるぞ。母さんは海外で何か研究をしてるから帰ってくるとしても正月ぐらい。でも最近は忙しくて二……いや三年は帰ってきてないな」
「そうなんだ。良かったぁ……如月くんってお母さんの話題出さないから、てっきり他界したのかと思っちゃった」
「家にいたら今頃帰れてるんだけどなぁ」
翔はそう言いながらイスに背中を任せ、上を見上げる。そこで橘先輩が戻ってきた。
先程の話を聞いていたのか、翔の前の机にペットボトルを置きながら会話に入る。
「それはご苦労様。ほら、これは先輩からの奢りだよ。コーラは好きかな?」
「はい、ありがとうございます」
橘先輩は翔の横に座る。そこで私は学校で起きていることを話し始めた。
橘先輩は私の話に合わせてスマホで撮った学校新聞も見せる。翔は黙ってそれを聞いていた。
全て話し終わると翔がゆっくりと口を開ける。
「なるほど。確かに嘘もあるな。まず本当のことは救急車で運ばれたこと。その八人の中には俺も入るな。次に嘘だが、俺が校舎裏に呼んだってところだ。あれは向こうが呼んだし、一昨日も俺は呼ばれた側だ」
「一昨日って……翔が旅行同好会に遅れてきた日だよね」
「あぁ、あれは東に呼ばれたんだ。確か東以外にも二人いたな。初めは話し合いだったんだが……口論になって喧嘩になった。結果から言うと俺が三人に喧嘩で勝って、それで次の日に高橋先生に呼ばれた」
「あぁ、そんなこともあったね」
佐々木さんが思い出すように上を見ながら言う。確かに朝、翔は高橋先生に呼ばれていた。それは喧嘩についての確認だったんだろう。
「とまぁ、こんな感じだ。今回はどちらとも悪かった。俺が向こうの身体に傷をつけたせいで起きたこと。だからこれが俺にとっての代償……なのかもな」
代償……入院のことだろうか。それとも一対七の喧嘩になってしまったこと。でも、そんなのあまりにも不平等に感じてしまう。
「……そういえば、アレはなんだったんだろうな」
ふと翔が呟いた。それに私が反応する。
「あれ?」
「女性の声が聞こえた……気がした。袋叩きにされてたはずが、気付けば誰も蹴らなくなって……。そこで立ち上がると後ろから言われたんだ。『眠ってもらうよ』って。多分その人があの七人の男子生徒も倒したんだと思う」
「そんなの普通無理だよ。だって翔が殴られてるのを見つけて、私と藤原先生がすぐに向かったんだよ。そんな短時間で、しかも翔含めて八人を倒すなんて……」
「そうだよな。やっぱりあれは幻聴……だよな」
「あ、そういえば橘先輩は何か見てないですか?」
「――え⁉ ワタシ?」
急に話を振られて驚く橘先輩。私はあの時のことを思い出しながら言った。
「だって、私と別れてすぐに校舎裏に向かったんですよね。その時の状況はどうだったの?」
「あ……えぇと、そう! 藤原先生と会ったんだよ。そこでワタシも事情を言ったら『女の子がそんな場所に行くんじゃない!』って怒られてね。仕方なく途中で諦めたんだよ。ごめんね」
橘先輩は両手を合わせると私に謝罪する。
「いえいえ、こちらもあの時は変なこと言ってすみませんでした。だから顔を上げてください」
あははと苦笑いを浮かべて橘先輩は顔を上げる。
にしても藤原先生がそんなことを? 私に対しては「ちゃんと来るように」って言ってた気がするんだけど……気のせいかな?
「――あ、あたしそろそろ予定あるから行かないと」
唐突に佐々木さんが声を発した。時刻を確認すると十三時になっている。私もそろそろお腹が減ってきたし、そろそろ家に帰らないと。
「ホントだ、もうこんな時間かぁ。それじゃあ私も帰るよ。またね、翔」
「如月くん、またね」
「おう」
「ワタシはもう少し残るよ。如月くんに言うことあるし」
私と佐々木さんは一緒にデイルームを出る。翔のことはまだ気になるけど、ひとまず安心できそうだ。
後は翔の学校生活……。少し不安もあるけど、何とかなる……よね?
《橘 葵視点》
ワタシは望月ちゃんたちが出ると如月くんの目の前のイスに座った。
彼は今日で退院するらしい。昨日、如月くんが搬送された後に伸二さんに聞いた時は『どこも異常はない』と言っていた。
でも、ワタシの仮説が合っていたら……。それを確かめるために如月くんに聞いてみる。
「如月くん、本当に体に異常はないの?」




