032 イジメ
私は息を切らしながら校舎裏に辿り着く。目的地に着いたせいか足の力が抜けてしまった。膝が地面に付いて四つん這いになる。
下に向けていた顔を上げると呆然としている藤原先生がいた。足元には倒れている男子生徒が複数人見える。その中には翔の姿もあった。
「しょーーう‼」
まだ息は荒れているが無理やり体を起こして翔に近寄り、抱きしめた。
露出している首や腕は赤くなっており、少し痣ができている。その姿を見ていると涙が頬を伝ってきた。
もう一度強く抱きしめる。すると藤原先生が私の肩に手を置いた。
「大丈夫、全員骨に異常はなさそうだ。それに救急車も一応呼んだ。だけど如月の痣が酷い。他のやつは痣がないし、誰がどう見ても被害者は一目瞭然だろう。だけど、どうして全員が気を失っているんだ?」
確かに変だ。ここで喧嘩をしていたのなら勝者は立っているだろう。
もしかして仲間ごと置いて逃げた? それとも物語のように共倒れ? 第三者の存在?
考えるが一向に答えが出てこない。そういえば橘先輩は校舎裏に一度行っている。もしかしたら橘先輩なら分かるかもしれない。
私は一度思考を放棄して翔の頭を撫でる。
数分後、救急車のサイレンが聞こえてきた。校舎裏に救急隊員が来て、倒れている男子生徒を運んでいく。
「先生、翔はどこの病院に連れて行かれるんですか?」
「何とも言えないな。だけど予想にはなるが木下病院とかだと思う。ここから近いしな。まぁ、人が多くて入れない場合もあるが……。そんなこと聞いてどうするんだ?」
「今から向かいます」
私はすぐに走り出した。学校からなら家に戻って自転車で行くより、直接木下病院まで走った方が早い……はず。
走っている最中で、サイレンを出しながら救急車が二台ほど私を追い抜いた。どうやら藤原先生の予想は当たったようだ。
疲れた私は歩き出す。その時間すらもったいないと感じると、翔のお父さんに電話をかけた。数コールして通話が繋がる。
「もしもし、如月です。結月ちゃんどうしたの?」
「はぁ、はぁ……翔が、救急車で……運ばれました」
「翔が⁉ 無事なのか?」
「はい、見た感じでは……骨とかに異常はなかったです。ひびとかは、知りませんが。今は木下病院に搬送されていると思います」
「分かった。すぐに向かう」
そこで通話は途切れた。数分歩いたことで、体力が戻った私は走り出す。何度も歩き、走りを繰り返して木下病院に辿り着いた。
病院の扉の前には翔のお父さんが立っていた。私は走って近づく。
「翔のお父さん!」
「結月ちゃん⁉ わざわざ走ったのかい?」
「翔が心配で……。迷惑でしたか?」
「いやいや、いてくれた方が翔だって嬉しいと思うよ」
私たちは受付で事情を説明すると待合室に案内される。そこで一言も交わさずに報告を待った。
何分……もしかしたら何十分も経ったのかもしれない。待合室のドアが開き、中から看護師が入ってきた。
「如月さんはいらっしゃいますか?」
「はい」
「付いてきてください」
「結月ちゃんも一緒に行くよ」
「いいんですか?」
「そりゃもちろん」
「分かりました。私も行きます」
こうして私も翔の様子を聞きに行くことになった。
私と翔のお父さんは看護師に導かれて一つの診察室に入る。そこには一人の病院の先生がいた。翔のお父さんが口を開ける。
「あの、翔は大丈夫なんですか?」
「一番痣の多い子かな。それなら何も心配いりません。骨にも異常はないので、起き次第帰れると思いますよ。他の人たちはどこも怪我していません」
「そうですか……」
翔のお父さんは安心したような顔になる。私も安心してホッと息を零した。
私たちは先生に礼をして診察室を後にする。翔のお父さんに先に帰るように言われたので帰ることにした。
次の日。今日は土曜日なので久々の午前授業だ。
インターホンが鳴り、私は外に出る。そこにはニヤニヤとしている佐々木さんがいた。
「おっは〜望月さん。昨日はどうだったかな?」
昨日は翔が入院した日。まさかもう佐々木さんの耳に入ってきたのだろうか?
でもこの顔は多分知らない。だから少しぶっきらぼうに答えた。
「別に。何もないよ」
「そんなわけないじゃん。如月くんが部室を出た数分後に望月さんは急いで追いかけたでしょ? あたしとのオセロ対決を置いといてさぁ」
私は佐々木さんの言葉を無視して如月家のインターホンを押す。待っていると出てきたのは翔……ではなく翔のお父さんだった。
「ごめんね、翔はもう一日入院することになったんだ」
「分かりました」
翔のお父さんとの会話を終えると通学路を歩こうとする。そんな私を佐々木さんが止めた。
「――ちょっと! 如月くんが入院ってどういうこと⁉ 驚かないの⁉」
翔のお父さんの言葉を聞いて佐々木さんは驚いたようだ。真剣な眼差しを私に向けてくる。
「少しは驚いたけど……多分大丈夫でしょ」
「でも、入院でしょ? やっぱりヤバそうだよ」
「病院の先生はそんな感じのこと言ってなかったよ」
「ならいいけど……」
一応昨日のことは内緒にしておく。その方が翔も嬉しいだろうし。
神崎くんと合流するけど、翔のことは聞いてこなかった。多分翔からある程度聞いているんだろう。
私たちは下駄箱に着くと靴を履きかけて階段を上る。
廊下には何やら人だかりができていた。確かあそこには学校掲示板があるはずだ。
学校掲示板には新聞部が書いた学校新聞や教員たちが作ったテストの範囲などが貼られるらしい。
なので時期的にも中間テストの範囲が書かれているのだろう。
私たちは学校掲示板に近づく。そこには私が予想していた通り中間テストの各科目の範囲が書かれた紙が貼られていた。
しかしそれだけではない。新聞部が作った学校新聞も貼られているのだ。
『四月十九日の放課後。校舎裏に救急隊員が入ってきた。内容は男子生徒八人の搬送らしい。今日、四月二十日の朝にそのことを本人たちに聞いてみると次のようなことを言われた。
「一年の如月に呼ばれて校舎裏に行くと少しトラブルが発生してしまった。そこからはあまり覚えていない。気付けば病院のベッドにいた」』
「なに……これ?」
思わずそんな声が零れてしまう。
そこに書いている内容では翔が完全に悪者だった。翔はどちらかといえば被害者だし、今も病院に入院している筈なのに……。
一組に入ると東くんの席の周りに人が集まっていた。気になった私と佐々木さんは東くんの席に向かう。そこには東くんと仲が良い二人もいた。
三人の手には包帯を巻いている。
昨日、病院の先生はどこも怪我してないって言ってたのに……。
ならどうして包帯を巻いているのか。そしてあの変な新聞。何が起きているのか一つしか思い浮かばなかった。
――翔を対象にしたイジメだ。




