031 睡魔
《如月 翔視点》
旅行同好会の教室を少し早めに出た俺は校舎裏に来ていた。
途中、数回ほど振り返って誰にも尾行されてないか確認する。
できればあまり人に知られたくないからな。……特に結月には。
俺は校舎裏に辿り着くとすぐに声を発した。
「ちゃんと俺一人で来たぞ!」
目の前には六人の男子生徒がいる。そこには昨日俺に喧嘩で負けた三人の内二人いた。あの三人の中で東 だけが来ていないようだ。
そんなことを考えていると一人の男子生徒が前に出てきた。靴は運動靴なので学年が分からないが、体格からして運動部の先輩だろう。
「昨日は東たちが世話になったな。東に至ってはオリテでも世話になったらしいが……一つ聞く。本当に東との勝負に何度も勝ったのか?」
「バスケだよな。まぁ、確かに勝ったよ」
途端に後ろの数人がざわめく。東は強いから、無名の俺が勝ったって聞けばこんな反応されるよな。
「そうか、だからあんなにも自信喪失って感じになっていたのか……。いきなりで悪いがお前をボコさせてもらう。昨日の後輩たちの仕返しということでな」
「それはバスケでか?」
「そんなの決まっているだろ」
すると先輩は俺に向かって殴りかかってきた。俺はバックステップで距離を取るようにして攻撃を躱す。
「ほぉ、喧嘩で同年代の三人に一人に勝っただけはあるな」
「そりゃどうも」
俺は余裕そうに笑みを浮かべる。しかし内心は少し焦っていた。
俺は毎日筋トレをしているし、殺人犯の能力を見た次の日から親父に護身術を習っている。
なので拓也のようには出来ないが攻撃を躱したり、弱ければ軌道を逸らすことも出来た。
ちなみに昨日の奴らは弱い部類に入る。だからある程度対処できたけど……今日は違う。
相手が上級生ということもあり、昨日の奴らよりもスピードが段違いだ。
なので軌道を逸らすのは俺では不可能。躱すか受け止める辺りしか俺はできない。
もし隙が生まれれば俺も反撃したいのだが……今日先生に注意されたばかりだしな。
そう思っていると先輩は動き出した。もう一度先輩の攻撃に集中する。タイミング良くパンチを交わすが、今度は続けて殴りかかってきた。
俺はそれを躱し、躱せないパンチは手で受け止める。受け止めると手がヒリヒリとするのが辛い。
こうしていると拓也の凄さが嫌ほど分かった。あんなにも簡単そうに攻撃を凌ぐのだから……。
俺はたまに先輩の後ろにいる奴らを視線を向けながら攻撃を凌ぐ。すると突然先輩がニヤリと笑みを浮かべて攻撃をやめた。
「どうした? 俺の後ろをちらちらと見て。後ろの奴らがどうしたんだ?」
「別に何でもない。加わってきたら面倒だと思っただけだ」
「そうか、なら安心しな。後ろの奴らはこの喧嘩に参加しねぇから。それじゃあ、そろそろ終わらせるぞ」
すると先輩が勢い良く迫ってきた。先輩の後ろの奴らは本当に動こうとする気配すら感じられない。
なので俺は横に跳ぶようにして躱そうとする。しかし躱す数秒前に背中に衝撃が走った。何が起きたか分からずに前に倒される。
倒れた俺の背中に、何か重いものがあるせいで立ち上がれない。目の前にいる先輩は俺の目の前で立ち止まると見下してきた。
「言っただろ。後ろの奴らは参加しないってな」
俺は首を動かして後ろを振り返る。そこにいたのは東 駿だった。おそらくずっとこうする機会を伺っていたのだろう。
「おいおい、バスケでも喧嘩でも負けたからってこの仕打ちは酷すぎないか? どちらもお前の実力ってだけじゃねぇか」
「うるせぇ! お前には分からないだろうな。『バスケは授業とオリテの練習期間ぐらいしか練習してない』って言うお前には絶対に分からない気持ちだ。そんな奴に俺は負けたんだ! 俺は小学一年からちゃんと習い始めたんだぞ! 努力してここまで強くなったんだ‼」
ドン、と背中に拳が叩きつけられる。その拳には色々な気持ちが含まれているのだろう。怒り、悲しみ、嫉妬、等々。
初めてこんな風に殴られてるが、それぐらいは分かる。だけど少しは俺の頑張りも認めてほしいものだ。
「――なぁ、俺たちも混ぜてくれよ」
ふとそんな声が聞こえきた。俺は見える範囲で周囲を確認する。俺と東を囲むように男子生徒が四人立っていた。
おそらく残りの二人の生徒は俺の死角に立っているのだろう。
「そうだな。俺はずっと押さえつけとくから気分良くなるまで楽しんでいいぞ」
ここから何が始まるのかは一目瞭然だった。ただ一方的な暴力。リンチ……とでもいうのだろうか。
俺は頭を手で覆って守る。
それで少しは安全になるが痛いものは痛い。体中が悲鳴を上げているようだった。
――それでもこれより痛いものを俺は知っている。あれよりはマシ……そう考えるだけで少しは楽になった。
しかしそれは精神的な問題で、さっきから受けている暴力が弱くなるわけではない。それでも俺は必死に耐え続ける。
……何分経ったのだろうか。急に衝撃がなくなった。とうとう俺の神経が麻痺し始めたのだろうか?
俺は顔をゆっくりと上げる。そこにあったのは衝撃的な光景だった。
俺を殴っていた奴らが倒れているのだ。しかしいつの間に?
衝撃がなくなったのが合図だとしたらまだ一、二分しか経っていない。それに奴らの悲鳴も聞こえていないはずだ。じゃあなんで倒れてる?
「――まだ起きてたんだ。じゃあほんの一時間だけ眠ってもらうよ」
後ろから女性の、最近どこかで聞いたことがある声が聞こえてきた。咄嗟に後ろを振り返ろうとする。しかし力が急に入らなくなった。
立ち上がろうとしていた足は膝から崩れ、地面にまた倒れる。
――眠い。
今はそれしか考えられない。唐突に訪れた強力な睡魔。瞼が段々重たくなる。それほど俺の体は疲れていたのだろうか?
俺は強い睡魔に抗うことが出来ずに眠ってしまった。




