014 A.G.S.A.T
《如月 翔視点》
「何でって仕事だよ。仕事」
親父はさぞ当然のように言う。
親父は仕事のことをあまり話さない。昔聞いた時は『警察官』と答えていたが、今の親父の服装は完全に私服だ。どこにも警察官らしき面影がない。
「先生、翔はいきなり能力者や能力の存在を知ったので、その説明をしてみては?」
「そうだな。じゃあ翔を俺らの部署に連れて行くか。翔は何か用事あるか?」
……仕事の話をあまりしない親父が俺を部署に連れて行く? これは本当に現実か?
そんなことは今まで一度もなかった。今まで知らなかった親父の仕事、しかもその部署にまで行ける。
何だかテンションが上がってきた! なので俺の答えは決まっている。
「俺は大丈夫だ。だから親父たちの部署に連れて行ってくれ」
廃ビルを出て2人の後を付いていく。2人が歩く道は、俺が使ってる商店街からの帰り道だった。しかしその道には交番や警察署らしき建物は存在しない。
だから部署はどこかで曲がるか、俺の家を通り過ぎた先にあるのだろう。
だが2人は俺の見慣れた道を歩き続けている。いつ着くのかという疑問を持った時、やっと足を止めた。
「ここが俺らの部署だ」
「……親父、1つ聞いてもいいか?」
「何でも言ってくれ」
俺は紹介された建物を見る。その建物は2階建てで、そこら辺にある普通の家だった。全然警察署らしく見えない。
――だが問題はそこではない。だってその家は……。
「なんで家が部署なんだよ⁉」
「部署って言えばここは部署なんだ!」
「でも、家で仕事の資料とかを見たことないぞ!」
「細かいことは気にするな。それに俺はちゃんと1つ答えた。ほら、中に入れよ」
親父は俺の言葉を受け流すと、俺の肩を持ってドアの前に立たせる。そして家の壁に背中を預けると俺をジッと眺めてきた。
絶対にここは親父の部署ではない。俺は仕事仲間が家を出入りする様子を見たことないし、親父はほぼ毎日仕事をしに出かけるのだ。
家が部署ならわざわざ外に出かける必要はない。つまり親父は嘘を付いている。
……まぁ、本当の部署に一般人である俺を連れていくはずないよな。
親父と拓也の発言やさっきの出来事から、能力関係の仕事なのは予測できる。
だから俺みたいな一般人には部署を教えられないのだろう。
俺はため息を零す。廃ビルで感じた胸の高鳴りを返してくれ……。
ドアを開けて足を踏み入れる。そこにはいつも通りの玄関がある……はずだった。
俺は信じられない光景を目にして唖然とする。
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。俺が目にしたのは床や壁が白と黒の市松模様になっている大きめの部屋だった。
中央には楕円形の机があり、その周りにパイプ椅子が置かれている。ただ言えることがあるとすれば――ここは家の玄関ではないということだ。
「……失礼しました」
俺は謝るとぎこちない動きでドアを閉める。そして半歩下がると自分が入ってしまった家を見上げた。
――だがその家は間違いなく家だった。
外見は家で中は違うってことか?
俺は答えを求めるように後ろを振り返る。そこには壁に凭れたまま笑いを堪えている親父と、その親父を見て呆れている拓也の姿があった。俺は親父を鋭く睨みつける。
「おい親父! これはどういうことだ⁉」
「なんか今日の翔は怖いぞ、何で怒ってるんだ?」
ワザと意味が分からないという風に言う親父。それにイラつきを覚える。
「これって絶対に親父たちの仕業だろ‼ 中の家具とかはどうした⁉」
「まぁまぁ、落ち着けって。そこら辺の話は中でするから、取り敢えず入ろうぜ」
そう言って親父は中に入っていく。それに続いて拓也も入った。独り残された俺は慌ててドアを開ける。
2人が躊躇なく入るってことは俺も入っても問題ないはずだ。
中に入るとさっき見た光景と一緒だった。机の近くにある椅子に2人は座っている。親父はダランと体の力を抜いていた。
俺はそれに構わず早速本題に入る。
「なぁ、ここで色々と説明してくれるんだよな」
「するぜ、神崎がな」
「何で僕なんですか⁉」
「だって俺はまだ仕事が残ってるから」
「仕事って……まだ残ってるんですか?」
「残ってるよ。まだアイツが現場に残っているしな」
その言葉で俺は思い出す。そういえばあの殺人犯を廃ビルに置いてきたままだ! いくら手錠? のような物を嵌めているとは言え、放置はヤバイ。
しかし親父は急ぐことなく、欠伸をしながら歩いてドアノブに手をかける。
「そんじゃ、行ってくるわ」
「はい。お気を付けて」
親父を見送った拓也はため息を吐くとホワイトボードを持ってくる。
「まずはこの部屋の説明だよね。この部屋は実在する場所でちゃんとした部署だよ。僕たちは如月家の玄関からここに移動したんだ」
「いきなり違うところに移動って瞬間移動系の能力か?」
「うーん……そんな感じかな。これは翔の父親である如月 伸二先生の能力、[橋]こと『空間を操る程度の能力』だよ」
拓也は言いながら俺に分かりやすいように、ホワイトボードに書きながら説明する。
「空間を操るってことは俺の家のドアとこの空間を繋げたってことでいいよな?」
「それで合ってるよ。だけど[橋]にはもう1つの使い方があるんだ。それは空間を切り裂くこと」
「――そうだな、ほらよっと」
いきなり背後から声が聞こえたかと思うと、机が一瞬で消え去った。置いてあったホワイトボードは支えてくれる物が無くなり床に落ちる。
「……とまぁ、こんな感じの能力が如月先生の能力だ。ちなみに机は能力が解除されると元の場所に戻るよ」
拓也は落ちたホワイトボードを拾いながら言う。それを確認した親父が指を鳴らすと机が戻ってきた。
「本当に何でもありだな。それにしても仕事早すぎだろ。ここから商店街まで結構距離あるのに」
「空間を繋げたからな」
なるほど。確かに拓也に聞かされた親父の能力なら、一瞬でここから廃ビルまで移動できるだろう。学校に行く時とか便利そうだ。
……ん? 待てよ……。
「なぁ、ここに来る時さ……廃ビルの入り口からここに繋げても良かったんじゃないか?」
「まぁな。というか繋げればここに来れるから、どこでも良かった。家まで歩いた理由はただ単純に翔の驚く顔を見たかっただけだよ」
「……マジで面倒くせぇ親父だ」
さっきから水が宙に浮いたり、変な紫色の壁みたいなものが生成されたり、空間を繋げたり切り裂いたり。まるで異世界やラノベの中にいるみたいだ。
あまりに非現実的でため息が零れる。今までも何回も能力者を探したことがあったが、まさかこんなに身近にあるとは思いもしなかった。
できる事ならずっと前の俺にこのことを伝えてやりたい。
「そうそう、あとは僕たちの仕事も教えないとね。僕たちは能力者対策本部、対能力者特殊強襲部隊、英語でこう書くことからよくA.G.S.A.Tって呼ばれてるよ。仕事内容は主に能力者やテロ組織の無力化かな」
「『ぎふてっど』って能力者のことか? 俺の知識が正しければ天才とかに使われる言葉だった気がするんだけど」
「その知識は合ってるよ。でも能力が確認されてからは能力者を指す言葉になったんだ。『神からのギフト』を能力と捉えてね。あと、僕たちは能力のことを能力って呼んでるから今からはそう呼ぶよ。他に質問はある?」
質問、質問かぁ……。これは尋ねて言いものか。
……いや、悩むな。これは重要なことなんだ。
俺は1つ深呼吸を行う。
「もし、能力で苦しんでいる能力者がいたら、どうするんだ?」
「能力で苦しんでる人……ね」
拓也は思案するように顎に手を付ける。多分、前例がなかったんだろう。
そこで拓也の視線が親父に向かう。親父はため息を吐いた。
「それぐらい自分で考えろって」
「すみません」
「でもまぁ、臨機応変にとしか言えねぇな。でも、大体は保護と観察かな」
「具体的には?」
「A.G,S,A,T関連者の寮があるからそこに預けるか、事態が深刻ならA.G.S.A.Tのメンバーの家に匿うとかだろうな」
「そうか……」
思ってたより良い対処法がないようだ。それは残念だ。
「とりあえず今日のところはここで終わりにするか。翔、今日のことは内緒にしておけよ」
「あぁ、こういうのは世間には秘密にしないといけねぇもんな」
「まぁ、喋ったところで記憶を消して終わりなんだが」
「記憶消せるのかよ」
本当に何でもアリだな。
苦笑を漏らし、席を立つと外に出る。そこはいつも通りの玄関だった。後ろを振り返り、もう一度ドアを開けるがそこはもう部署に繋がっていない。
俺は靴を脱ぐと自分の部屋に入るとベッドに飛び込んだ。今日の出来事を思い返し、自分の額に手の甲を置いて呟く。
「――やっぱり俺たち以外にも能力者はいたんだな……」




