001 心の末路
《望月 結月視点》
私こと望月 結月は自室のベッドに座っていた。電気を点けず、カーテンも閉めているので部屋は暗い。
――なんでなの? どうして私がこんな目に……。
私が何か悪いことをしたのだろうか。
いや、どうしてなんて分かってる。私がこんな《能力》を持ってしまったせいだ。
「本当に、変わっちゃった」
能力が発現したときはあんなにも嬉しかったのに今ではこんなに苦しんでいる。楽しかったあの日常はもう戻ってこない。
これから待っている未来のことを考えると体が震えてしまう。
「助けて、翔……」
そこで手に持っていたスマホが震えた。暗い部屋にスマホの光だけが輝く。
翔だと思いスマホを見るが、それは18時を知らせてくれるアラームだった。
――もう、こんな時間か。『あの人たち』が来る前に早くいかないと。
お母さんに気付かれないように外へ出る。そして自転車に乗り心峰高校に向かった。
いつもは徒歩で登校する距離なので10分もかけずに高校の駐輪場に着く。
この駐輪場は高校側が許可した自転車以外を置くことは禁止されているが、今の私には関係ない。
私は校舎に足を進める。その途中で何人かの生徒が前にいるのを確認した。
その生徒たちは校門の方……つまり私の方に向かっている。部活の帰りだろうか。
私は下を向いて歩き続ける。ケラケラと聞こえてくる笑い声。一種の恐怖のせいか、その会話は全然聞こえてこない。
だけど当然のように生徒たちからは――嫌な視線を感じた。
怖い。怖いのに……いや、怖いからこそ気になってしまい、思わず生徒たちを視界に入れてしまう。
”うわぁ、バケモノじゃん”
”まだ死んでなかったんだぁ”
”生きてて恥ずかしくないのかな”
”夏休みにも会うとか最悪”
脳に直接届くように聞こえる彼女たちの声。
気付いたら走り始めていた。
私は無意味と分かっていても耳を塞ぐ。もちろん、声はそのまま私の頭に響く。
走って、走って、声が聞こえなくなっても走って……逃げるように校舎へ入った。
「はぁ、はぁ、はぁ…………なんで視界に入れちゃうかなぁ……」
こうなることなんて分かっていたのに止められない。人の顔色を伺う私の癖はそう簡単に変えれるものじゃなかった。
自分の行動に嫌気が指して盛大なため息をつく。私は靴を履き替えずに階段に向かった。
最終下校時刻が近いせいか、校舎内は人の気配が感じられない。まるで私だけの世界のようだ。
コツ、コツと私の足音だけが木霊する。
私は階段を上り続け、やがて最上階――屋上へ続くドアの前まで辿り着いた。
ドアノブを捻ろうとするが鍵が掛かっているのか動かない。だけどそれは当たり前のことだ。逆に夏休みに開いていた方がおかしい。
だから近くの掃除用具入れから箒を取り出すと、思い切り振りかぶり……ドアの上部に付いてる窓に一撃を叩き込んだ。
――パリーン!!
非力な私の力でも情けない音を立ててガラス破片が散らばる。まだ枠に残っているガラスも丁寧に撤去すると屋上に侵入した。
屋上は私の腰程度のフェンスで囲まれており、その内側には複数のベンチが設置されている。
私はドアから一番離れたベンチに近寄ると、背もたれに手を置いた。
「華とはよくここで食べてたな……」
久々に来た屋上で感慨に浸る。そんな華が不登校になってからも、私は自分のカバンごとお弁当を持ってきて翔とお昼休みを過ごしてたっけ。
瞼を閉じてあの頃の記憶を思い返す。私と翔と華しかいない屋上……。どうでもいいことを楽しそうに話していた時間。あの日常が学校では一番楽しかった。
でも、そんな日常は崩れ去った……。翔にも華にも、私は迷惑をたくさんかけた。
――そんな私は何も恩返しできていない。逆に恩を仇で返している。
……だって私と関わっているせいで二人ともクラスからハブられてしまったのだから。
「ハハハ、私って彼女失格だよね」
消え入りそうな声で呟いてしまう。自分の無力さを嫌というほど感じた。
周りからバケモノ扱いされてるのに、彼氏も親友も守れないなんて……。逆に二人は私を守ってくれて。
……何一つ相談されなかった。二人とも私を頼ってくれなかった。
私がバケモノだから……なのかな。
悲しい気持ちをぶつけるようにフェンスを掴む。
オレンジ色に光る夕日が私を照らす。少し眩しいが自然と夕日に瞳が吸い込まれた。
キレイ……。
夕焼けなんて今まで何度も見てきたはずなのに今までにないほど美しく感じた。地平線の果てから世界こ終わりが近づいてるような錯覚すら覚える。
そよ風が吹き、蒸し暑い夏の夕方が心地いい。さっきまで考えていたことが嘘のように心が軽い。
このまま時間が止まってほしいとすら思える。だってこの後私は……。
考えるだけで足が震えてくる。
いくら前から考えていたことでも、いざ実行しようとするにはとてつもない勇気が必要だった。
ここから落ちれば私はどうなるんだろう。ちゃんと死ねるのかな。変に生き残ってもがき苦しんだりしないよね。
怖い……とても怖い……けど。
私はしなければならない理由があるんだ。
未練を残さないためにポケットからスマホを取り出すと電話をかける。耳から呼出音。しかしそれも一瞬で終わった。
「もしもし、どうしたんだ?」
スマホから私の大好きな声が聞こえてくる。落ち着いたその声を聞くだけで、不思議と恐怖心がなくなっていった。
フェンスから手を離し、夕日を背を向けて上に座る。
「翔の声が聞きたくなったんだ。迷惑……だったかな?」
「迷惑なわけないだろ! 俺は結月が好きだし、いつでも力になりたいと思ってる」
「本当に翔は優しいね。私、翔のそういうところ大好きだよ」
「ありがと、でも何かあるから電話してきたんだろ。何があったんだ?」
優しい声で私に聞いてくる翔。少し胸が痛くなる。
できるだけ自然に振る舞えるように足をぶらぶらと振った。
「……実は言いたいことがあるんだ」
「おう、なんでも言ってみろ」
「今日までいつも迷惑ばかりかけてごめんね……」
「なんだよいきなり。変な結月だな。俺は別に迷わ……。――待て! 今どこにいる?」
翔は私の発言に違和感を感じたのか、いつも通りの声から真剣な声に変わった。
翔は頭の回転が早いから、さっきの言葉だけで私が何をするのか見当がついたのだろう。
「今はね、心峰高校の屋上にいるんだ。綺麗な、本当に綺麗な夕焼けが見えるんだよ」
上体を少し捻って後ろにある夕日を見つめる。夕日は変わらず私を照らし続けていた。
「屋上!? 分かった、そっち行くから絶対に動くなよ!」
「ねぇ、翔」
「……どうした?」
私は一息つくと落ち着いて、今までずっと言おうとしていた言葉を声に出した。
「大好きだよ。そして――さよなら」
翔の返答を聞こえないように通話を切る。
スマホで見た時刻は最終下校時刻を過ぎているので、校内には教員と私しかいないだろう。
瞳を閉じると一度深呼吸を行った。
「すぅ……はぁー……よし」
私は覚悟を決めるとゆっくりと体を後ろに倒す。後ろには体を支えてくれるものは何も無く――私はフェンスから落ちた。
瞬間――体が浮遊感に包まれる。頭が下になり、耳元ではビュービューと風の音が聞こえてきた。
そんな中、恐る恐る目を開ける。瞼の隙間からオレンジ色の光が入り込み……目の前にはあの夕焼けが映し出された。
本当に、キレイな夕焼けだ。
思わず夕日に向かって右手を伸ばす。だが当然届かない。届くはずがなかった。
私は行き場を失った右手を固く握りしめる。
これで私の人生は幕を閉じる。きっと私は生きる世界を間違えたんだ。次はもっと生きやすい世界に生まれたいな。
……さようなら、私の大嫌いな世界。
――翔、幸せに生きてね。
私の体はどんどん加速していき、地面へ激突する前に意識を失った。
最後まで見てくださりありがとうございました。
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