妹、ゲームの仕様に疑念を覚える。
日間VRゲームランキング(18/12/10 11時~12時更新)にて48位になっていました。
皆様のおかげです。ありがとうございます。
「レンティア」から「如月ひのき」に作者名を変更しました。
詳しくは活動報告にて書いております。
「どうかされたのですか?」
「あー、いやね。そういえば数日前に変な奴等が居たなーって、思い出したのよ。
もしかしたら、あいつらが<星の旅人>って奴等だったのかしらね」
マリアさんが言うには数日前、冒険者ギルドにこの辺りで見かけない人達が、大勢やってきたそうです。その人達は何故かギルドの中に入ろうとせず、入口まで近付いて覗きこんでは離れる、という行為を繰り返していただけで、実際にはやってきたとも言えないみたいですが、とにかく変な集団だったとか。
「一体何がしたかったのかしらね」
マリアさんは眉根を寄せているようですが、私には大体のオチが読めました。
ぐるりと周囲を見渡します。探索から帰ってきたのでしょう。昼間に来た時にはいなかった冒険者の人達がパーティーごとにテーブルに付いてお酒と料理を楽しんでいます。魔物や野盗相手に武器を振るい、日常的に命のやりとりをする冒険者達。彼らが放つ荒々しい雰囲気は『表の世界』で、特に平和な日本という国で暮らしているβプレイヤーには恐ろしいものに見えたことでしょう。
「単に命のやりとりをする人達の中に入るのが怖かっただけでしょう。
冒険者になりたい。でも中に入るのが怖い。
そんなジレンマが起こした行動でしょうね」
「はぁ? 何よ。それ。何処まで根性ないのかしら」
「根性がないというか、慣れていないのですよ」
『裏の世界』の住人である私みたいなのはともかく、普通に平和な日本で暮らしていた人達が、この荒くれ者の集団の中に入っていくのは難しいでしょう。
じゃれあいのような言い争いで殺気が飛んでいたり、流石に武器は持っていないようですが、殴り合いが始まったり、そこかしこでヒャハっているようです。
血の気が多いのでしょうね。私にその余った血を少しわけてくれればいいのに。
「随分と平和な世界なのね。地球って所は」
「地球自体は平和じゃないですけどね。単に私達が住んでいた国が平和なだけで。
この世界も安全な所とそうでない所があるでしょう?」
「確かに、そうね……小さい村とかだと冒険者ギルドや騎士団ギルドみたいな戦闘系の職業ギルドがない場合もあるから。そういう所は日々魔物の脅威に怯えて暮らしているわ。
そういう所から冒険者ギルドに討伐依頼が来ることもあるから、もしそういう依頼を受けることになったら……お願いね。新人冒険者さん」
マリアさんがじっと見つめてきます。
「お願いね」というさりげない、なんの変哲もない一言。
そこには色々な想いが込められている。なんとなくですが、そう感じました。
私は大きく頷くことにします。
「お任せください。自分に出来る限りのことはやらせて頂きます」
「期待しているわよ。あんたは根性なし連中とは違うみたいだからね。
っと、そういえば――あんたの他にも根性のあるのが一人いたわね」
「その方ってもしかして……<星の旅人>ですか?」
第一βテスター発見でしょうか。
期待に胸を膨らませながら、マリアさんに話の続きを促します。
「たぶん…ただ、あまり自信がないのよね。
ギルドの入り口で右往左往していた連中は何処か作り物っぽい雰囲気だったけど、その人はそんな感じがしなかったし、ああいうのが<星の旅人>の特徴なら、違う気も……あー、でもシャーリィ。あんたも作り物っぽい感じはしないわね」
作り物っぽいというのはプレイヤーが本当の姿ではなく、アバターを弄った姿だから、そういう印象が生まれたでしょう。それがわかるのはマリアさんがギルドの受付嬢という職業に付いているからでしょうね。私とその人に作り物っぽい感じがしないのは、おそらく現実のままの姿でいるからでしょう。そのことを伝えるとマリアさんは大きく嘆息をしました。
「親から貰った姿を変えて何が楽しいのかしらね」
「あっちの世界では色々あるのですよ」
具体的に言えばリアバレ防止とかですね。
「私はお母様譲りのこの白金の髪を変えたくなかったですし、自分の容姿に満足しているので変えていません。
作り物っぽい感じがしないのはその為でしょう」
「……あー、それだけ綺麗だったら姿を変えられると言われても変えないわね。
私があんたと同じ立場でも変えないわ。むしろその胸を半分よこせ」
「お断りします」
姉に勝利している貴重な部位ですからね。譲るわけには行きません。
そもそも誰かに譲れるようなものではありませんが。
「その人の特徴とかはわかりますか?」
「特徴ね……確か、貴女と同じくらいの年齢の、木の短剣を腰に差した森精種族の少女だったわね。
そうそう、妖精種族の女の子を肩に、頭に白い花のコサージュ乗せていたわ」
妖精種族の女の子を連れた森精種族の少女ですか。
公式サイトの情報によれば、妖精種族は人間種族と同じく最初に創造された種族で、森精種族や地精種族の親に当たるような存在になります。より正確に言えば、妖精種族の進化体である精霊種族のうち、森の精霊を元に『生命樹』が森精種族を、地の精霊を元に『緋々色金』が地精種族を創造したそうです。妖精種族は人見知りが多く、人前にあまり姿を見せないと言われているそうですが、βテスターらしき人が連れているとなると、何かのイベントが進行中とかでしょうか。
それにしても白い花のコサージュを付けた少女ですか。現実世界の友人を想起しますね。
彼女の頭に咲く花はコサージュ等ではなく、『本物』ですが――
まさかとは思いますが、彼女の母親は姉の信奉者の一人です。
姉に命じられて、彼女の母親が直接彼女にIDを渡した可能性もありますし、もしかすると、というのはありそうです。
「ありがとうございます。名前とかは――」
「流石にそこまで教えるのは、ね。一応これでも冒険者ギルドの受付嬢だから」
守秘義務なら仕方ないですね。名前を聞けば、と思いましたが、よくよく考えれば、名前を大きく変えている可能性もありますし、意味がないので素直に引きます。種族と妖精種族を連れていたという特徴を教えてくれただけでもかなりのサービスをしてくれた方でしょう。
今度ギルドに来た時に伝言をしてくれるようにお願いをして、ギルドを出ようとするとマリアさんがじっと見つめてきました。マリアさん、二杯目は奢りじゃないと……仕方ないですね。情報料ですよ。
「初期金額が3000Gで、冒険者ギルドの登録に1000G、【種族共通言語】のスキル書が500G、コンビニで購入した『血液パック』が10G、マリアさんに奢ったエールで5Gを二回、吸血種族用のお酒の『ブラッディムーン』が200G、ここの宿代が120Gで残金が1160G――」
おおう。一日で初期金の3分の2以上を使うとか、少し使い過ぎですね。
吸血種族ご用達の<月の恩寵亭>という宿を見つけたので、今日の寝床はそこにします。すごいですよ。<月の恩寵亭>。なんと部屋に窓とベッドがありません。窓がないのは日光対策でしょう。ベッドがないのは吸血種族は自分専用の棺桶を携帯しているからでしょうね。
床の一部に棺桶を乗せるのに丁度いい大きさの長方形のカーペットが敷かれている場所があります。この上に棺桶を乗せろということでしょう。
棺桶をカーペットの上に乗せた私はその上に座って残金とにらめっこをしています。ギルドの登録費とかは必要経費なので仕方ないとして、200Gのお酒は奮発し過ぎました。リアルの金額で言えば2万円のお酒です。
いやぁ、ノリと勢いって怖いですね。もう半分くらいしか残っていませんが、残りは大事に飲むとしましょう。
「姉は一体何を目的としてこのVRゲームを作ったのでしょうか」
所持金の確認を終えた私は棺桶の中に寝転がりながら、ひとりごちます。
現実の肉体を生体データに変換することで、肉体ごとゲーム世界に入り込めるという仕様。
本当に生きているとしか思えない反応をするNPC達。
痛みすら正確に再現する、五感総てを刺激してくる現実感――
あまりにもこの世界は現実的過ぎます。
正直、ただのゲームとしては『やり過ぎ』と言えるでしょう。
「……ログアウトに関する問題もありますね」
<星の扉>を抜けてやってきたという設定で誤魔化されていますが、特定の場所からしかログアウトできない。<星の鍵>というアイテムがなければログアウトできないというのは聊か問題がある気がします。
<星の扉>が破壊されてしまったら、<星の鍵>を奪われてしまったら、なくしてしまったら、プレイヤーは現実世界に戻ることが出来なくなってしまいます。
天上界の神々として、この世界の住人に認識されているプレイヤー達。
NPC達――この世界の人々にとってはカモが葱を背負ってきたようなものです。
私がこの世界の住人なら、天上界の神々という看板を利用し尽くします。
もし、私が教会関係者なら新しい神の神官として権威を得ることを狙います。
もし、私が王侯貴族ならば、天上界の神々の血を入れることで、家格に拍を付けます。
現地人との子作りが出来るかどうかは不明ですが、この様子だとおそらく出来るでしょうね。
あ、単純に捕まえて檻とかに入れて見世物にするとかもあるかも知れません。。
特定の場所に行かなければ、天上界に、現実世界に逃げることがないのなら、捕まえられる手段があれば、後はどうとでも出来ると考える人は必ず出るでしょう。
やはり、このゲームのログアウト仕様は、あまりにも危険過ぎる仕様です。
あの姉の事ですから、予想をしていないことも。意味もなくこういう仕様にするはずもありません。
こういう仕様にすること自体、それそのものに何か意味があるのでしょう。
姉の『実験』に巻き込まれることになるβテスターの人達は大変ですね。
私は身内ですし、姉から逃げるつもりもないので構わないですが、あまり他人に迷惑を掛けないようにして貰いたいものです。
そう。この世界はおそらく姉の創造した巨大な実験場。
たくさんの人間を巻き込んで、世界を一つ創り出してまで。
あの姉は一体何を企んでいるのでしょうか――
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