妹、古い洋館を探索する。 その5
お待たせして申し訳ありませんでした。更新を再開します。
今後の更新頻度ですが、一週間に一話か二話ペースで行ければと考えております。
「ユピテル」
「ああ。わかっておるよ」
「離せ! 離すのです。ユピテル! 私が彼よりも早く部屋に入れば……!」
私とユピテルさんにとっては二度目の来訪。<拒絶の記憶のクコロ>がいる部屋の前に戻ってきました。先程と違う所と言えば人数が増えたことくらいでしょうか。私の姉、水城リアー―アリアの指示でユピテルさんがノドンスさんを羽交い絞めにしています。ノドンスさん、どうしてあんなに必死に一番に部屋に入ろうとしているのでしょう?
「ここで大事なのは<説得の記憶のオク>を最初に部屋に入れることだ。
違う人物が最初に踏み入ると<拒絶の記憶のクコロ>との戦闘になる」
「戦闘になれば、怪我をします。そうすれば、治療を……癒しを……!」
「あー……なるほど……」
姉の言葉でノドンスさんの奇行の理由が判明しましたね。
なんというかノドンスさんが末期の麻薬中毒者に見えてきました。この場合は癒し中毒者でしょうか。癒したくて、治したくて、もう我慢出来ないという顔をしています。その表情はまるでお預けをされている犬のようです。
「首輪とか付けたくなりますね」
「駄目だ。あれは私のものだ。
首輪を付けたいなら【紫皇神獣】を持っている四条織莉恵にしてやるといい。
獣人種族の方が龍人種族よりも首輪が似合うだろう」
確かに。首輪付き狼耳メイド姿のシオリを想像して私は頷きます。
「お主ら……なんだかんだ姉妹というものは似るものなのかのぅ……」
ユピテルさんが半眼を向けてきますが、スルーします。狼耳メイド服姿のシオリに首輪が似合うのは事実ですし、それよりも姉が気になることを言いましたので。
「たつびとしゅぞく…ですか?」
ノドンスさんの種族は『竜人種族』だと予想しましたが、違うのでしょうか?
「……ん、ああ。『龍人種族』は限定特典の【藍海神玉】によって解放されるユニーク種族だ。スキルの【竜変化】が【龍変化】になり、変化後の姿が巨大な羽根の生えた蜥蜴のような姿から、巨大な細長い蛇のような姿に変化している」
つまり、龍人種族は東洋風ドラゴンということですか。
運営側がユニーク種族を確保しているのはどうかと思いますが、この姉に突っ込むのは今更ですね。妹とその友人達に限定スキルという名目で『七虹神姫』という役割を与え、【虹の祝福】という洗脳紛いのスキルでアストルフォさんに本人の意思を無視して惚れさせるイベントを仕込む姉です。実の妹ですらこうなのですから、赤の他人の一般プレイヤーのことは欠片も気にしていないのでしょう。
というかノドンスさん、限定特典の【藍海神玉】持ちということは、『七虹神姫』の一人ですよね。ノドンスさんが『七虹神姫』だとするなら、一緒にいる姉とユピテルさんもそうである可能性が高まります。安直ですが、やはり見た目からして『橙』と『青』でしょうか。
仮に姉とユピテルさんも限定特典持ち――『七虹神姫』として、そうなると【虹の祝福】の影響を受けることになります。
姉なら普通にレジストしそうですが……何か嫌な予感がします。
「あの……姉――」
「おお。始まるようじゃ!」
私がその懸念を口にする直前、ユピテルさんの言葉が周囲に響き渡りました。
ユピテルさんの様子からして、わざとではないみたいですが、タイミングを外されましたね。発言しかけていた口を噤み、意識をそちらに向けます。
姉と話している間にも周囲の状況は進行していたようです。
<説得の記憶のオク>が<拒絶の記憶のクコロ>がいる部屋の扉を潜っていました。簀巻きにされているノドンスさんと、やり遂げた表情のユピテルさんが見えます。ユピテルさん、おつかれさまです。
<説得の記憶のオク>が扉を潜ったことで、イベントフラグが立ったのでしょう。
刹那の暗転。気が付けば視界だけが部屋の中に飛んでいました。
視界だけが部屋の中に浮いている感覚。アバターを作成した時と同じですね。
始まったのは臨場感のある立体映画のようなムービーシーンでした。
<説得の記憶のオク>が<拒絶の記憶のクコロ>を懸命に説得しています。
投げつけられる調度品を避けもせず、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ、真摯に説得するその姿は、まさしく紳士、英雄の名に相応しい堂々としたものでした。
説得が終わったことで同時にムービーシーンも終わったようです。
視界と肉体の感覚が戻り、元の場所に帰ってきました。
扉は開け放たれており、部屋の中の様子を見ることが出来ますが、部屋の中にいるはずの<説得の記憶のオク>と<拒絶の記憶のクコロ>が見当たりません。
「二人は何処に行ったのですか?」
疑問を口にして姉の方を見れば、姉はそれには答えず部屋の中に入っていきました。部屋の中央――<説得の記憶のオク>と<拒絶の記憶のクコロ>が居た場所まで歩いていった姉は屈んで、そこにあった何かを拾い上げます。
「それは……?」
「……これこそがこの空間を形成している核だ。
<説得の記憶のオク>と<拒絶の記憶のクコロ>はこれが生み出していたのだよ」
姉が見せてきた物は一冊の古ぼけた日記帳でした。
姉妹が部屋に入ってあれこれしている間にも、ノドンスさんは簀巻きにされたままです。
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